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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第二章 †蒼き闇の双星†

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「ソルディスじゃ……ない?」

呆然としたティナの呟きに、目の前に立つ男はにっこりと微笑んだ。
見目形、全てがティナの夫であるソルディスと変わらない男――辛うじて違和感を覚えるのは、少しばかり高めの声と、その口調。
この男は一体何者か――
ティナは、縋る様にニルを見た。

「ニル姉、あの……」
「何だそれ。“ニル姉”なんて呼ばせてるんだ?」
「あんた達が可愛げ無い分、この子に癒されてるだけよ」

噴出した彼に顔を顰めながら、ニルは溜息をついた。
ニルはティナの傍へ寄ると、ベッド脇にしゃがみ込んだ。

「ごめんなさいね、ティナ。驚かせるつもりは無かったの」
「……?」
「もっと早く言っておくべきだったかも知れないわ」

ティナの両手を自身の両手で包むように握ったニルは、ティナから視線を外し、其処に立つ男を見る。

「この子はね、」
「クロムセリア・ジェノファリス」

男は言葉を遮った。

「君を娶った畏れ多き領主様の、双子の弟に御座います」
「……お……」

――とうとう言葉を失ったティナに、


「初めまして。お姫様」


彼は屈託無い笑顔を送った。

















「……」
「……」
「……」

(ね……寝れない……!)
ティナは未だ具合の悪い体で、居た堪れない雰囲気際骨頂に達していた。
視線をチラリと横へやると、ティナが普段座している椅子には男性が座って本を読み、侍女に持ち込ませた椅子には義姉が座り優雅に茶を啜っている。

静かな室内。一見平和な風景だがティナばかりは心が落ち着かない。
本来ならぐっすり眠りたいのだが、ソルディスが帰ってくるまで看病すると言って聞かないクロムセリアと、二人きりにするとソルディスに小言を言われるからとこれまた意地を張るニルが部屋に居座っていては、ぐっすり安眠出きる訳も無い。

ティナは重い瞼を無理に開いて、読書に勤しむ男を見つめた。

ソルディス……、である。
どこからどう見てもソルディスにしか見えない。
下ろしてある髪型も、閨へ入る前にソルディスが髪を下ろしたその時の姿と何ら変わらない。
双子と言うのはここまで似るものなのだろうか、とティナは感心すらした。
――ただし、似ているのはどう考えても外見だけだけれど。

ティナに対する物腰の柔らかさ。
病人に対する言葉の気遣い。
屈託の無い、幼さすら感じる笑顔。

どれもこれもが、ティナの配偶者であるソルディスには存在し得ないものである。
双子でありながらも、これ程までに性格が違うとは……。
育った環境自体が違うのだろうか?
貴族の子息が、長男を除いて親族の屋敷へ委託される話はよく聞く。
例え一緒に暮らしていたとしても、教育の仕方一つで性格が違える可能性は大きい。
ソルディスは長男である為、城を継ぐための教養を無理にでも注ぎ込まれなければならない身であっただろう。弟の方が自由に暮らし大らかな性格で、兄のほうは変に捻くれてしまった……と考えられなくも無い。

が、ティナが気にしているのは、そんなことより。

(……キスしちゃった……!)

その事実が何よりの衝撃だった。
確かに、誰もがティナを責める事は出来ないだろう。
見目形瓜二つで、おまけに双子の弟の存在など知らされていないティナにとって、クロムセリアは即ちソルディスそのものだったのだ。
が、ティナは後悔に後悔しきれなかった。
ある意味騙された事とはいえ、夫以外の者と口付けを交わすなど、ティナにとってはご法度中のご法度。
それも、夫の弟に舌まで入れられた。どこの三流小説だ。

「ティナ」
「は、はい」
「そんなに見つめられると照れるんだけど」

肩を竦めたクロムセリアに、ティナは唯でさえ火照った頬を更に紅く染めた。
見つめてたわけじゃありません、と言いたかったが、事実彼に視線を留めていたのはティナだ。ティナは慌てて布団を被って、明後日の方向を向いて目を閉じた。

――錯覚。
あの声で、あの顔で、穏やかな言葉をかけられるとまるでソルディスに言われていると錯覚してしまう。
馬鹿だとティナは自分で思った。
熱のせいだ。熱がまだ下がっていないのだ、きっと――だから、おかしな事にいちいち反応してしまうだけだ。

とりあえず寝るべきだと目を固く瞑るティナは、ふと疑問を浮かべる。

――どうしてソルディスは、彼の事を一言もティナに話さなかったのだろう。
確かに普段彼と雑談をすることは少ないが、それでも、弟がいるということくらい話に出ても良かったのではないか。ニルも、ソルディスも、彼――クロムセリアの名すら出した事が無かった。

兄弟揃って、仲が悪い?
いや、確かに当初は口喧嘩らしき事もしていたが、先程から途切れ途切れ彼とニルの雑談を耳にしている限り、二人の間に険悪な雰囲気はなさそうだ。
ならば、何故――

「、……ケホッ」

頭をフルに活用するが、今のティナにとってそれは体力の消耗に繋がった。
咳き込む咽喉を押さえてティナは顔を歪める。

「大丈夫?」

ニルが後ろから声をかけてきた。

「うん、平気。有難う」
「咽喉薬でも持ってくれば」

クロムセリアは読んでいた本をパタンと閉じて、ニルに言った。

「悪化する前に、治しておかないと」
「そうね」

ニルは黒く美しい長髪を耳にかけながら頷いた。

「待っててね」、そういうと、ティナとクロムセリアを残し彼女は部屋を出て行った。

ケホ、と未だ違和感が残り咳を促がす咽喉をさすりながら上を見てみれば、柔らかい笑顔でティナを見下ろしているクロムセリアが居た。何も物言わず黙って視線を下ろす彼に居た堪れないティナは、自分から会話を切り出す。

「あ、の」
「さっきの」

被せるように語るクロムセリアは、目を細めた。
ソルディスと重なるその表情に、ティナは鼓動が早くなったのを感じる。

「さ、さっき…、って」
「何だ、もう忘れたのか?キスの事」

ティナは息が止まった。

「俺とソルディス、どっちが上手かった?」

そう言いながらベッドに腰掛ける彼に、目を見開いてティナは体を起こした。
顔を真っ赤に染めながら、上手く言葉も言えずベッドの端に避難する。

「冗談だよ。まぁ、反応が純で新鮮だ――擦れた女よりよっぽど良い」
「あ、あの、あなた……」
「クロムセリア」
「ク、クロムセリアさん、……あの、宜しければ、あの、退室していただきたいんですが…っ」
「嫌だ」

彼はあっさり拒否した。

「俺には、君の傍に居る権利がある」
「……権利?」
「そう」

思いもよらない言葉に疑問符を浮かべたティナを見つめて、言葉を続ける。

「わ、私は……」
「ソルディスのものだって?」

心境を見透かした様な黒の双眸に、ティナは飲み込まれそうだった。

「まぁ、そうかもしれない。事実ティナとソルディスは婚姻を結んでいる訳だし」
「だったらお願いですから、是非ご退室を」
「だから嫌だって」

大概君も頑固だ、と苦笑する。

「それと、クロムセリアって長いから“クロム”とかで良い。ニルも普段そう呼んでる事だし」
「……」

ティナは未だ警戒心を解かず、毛布を引き寄せる手を固く握った。

「何だ、さっきの事で警戒してるのか?」
「当たり前です……!」
「――そんなに傷ついたなら、ごめん。謝るよ」

突然の謝罪に、ティナは拍子抜けした。
悲しそうな顔をして、謝罪するクロムセリアの表情――ソルディスなら絶対見せない、見せた事の無いその表情にティナは動揺する。

「どうか、許してくれないか」
「……あの、じゃあ、一体何であんな騙すような事」
「ちょっとからかってみたくなったんだ。本当に、馬鹿にするつもりとか傷つけるつもりはなかったんだ」
「……」
「――それに言っただろう、俺は君の傍にいる権利があるって」

クロムセリアは、優しく微笑んだ。

「ティナ、知ってる?俺とソルディスは――」

言葉は其処で途切れた。
ふと彼は口を噤んで真顔になり、ティナの部屋の扉を見つめる。

既視感に、ティナは困惑した。
続けて聞えてくるのは、やはり、侍女の声と、ニルの声……それと。

ティナは息を呑んだ。

クロムセリアが身動きせず黙って見つめるその先に、足音が近付いてくる。
静かな、しかし、しっかりとした足取りにティナは覚えがある。
それもそうだ。毎日隣の部屋で聞える足音なのだから。



――扉が開く。

静かに、ゆっくりと開かれた扉の向うには、ソルディスが一人で立っていた。


「ソルディス――」

お帰りなさい、と、言おうとしたそのティナの言葉は咽喉に張り付く。
目の前に居るソルディスの様子が尋常で無かったからだ。

いや、普段どおりだと言えば確かに普段通りかもしれない。
整えた正装に頭髪、感情の読み取れない冷たい表情。
それに伴って闇を思わせる双眸。

普段見せる姿と何一つ変わりはしない。
しかし、ティナは怯えた。
身に纏う空気そのものが違う。
怖い。
ソルディスが視線を送る先――彼の分身とも言える存在、クロムセリア。

恐らく、彼に向けられている感情は、嫌悪。


「お帰り」

ティナの代わりに言ったのは、動じず笑顔を戻したクロムセリアだった。

「お帰り、ソルディス」
「――出て行け」

静かな語調は、全てを切り捨てるようで、それでもクロムセリアは怯まなかった。
慣れ。諦め。どちらとも言えない溜息をついて、彼は肩を竦める。

「何故」
「出て行け」
「……有無を言わさず、か」

仕方ない、とクロムセリアは、だるそうに腰をあげた。

「――ティナ。またね」

彼女に柔らかい言葉をかけて、クロムセリアは扉へ向かった。
ソルディスの横を通り過ぎる時、何かしらをボソリと囁く。

瞬間、ソルディスは目を細めて、通り過ぎようとするクロムセリアの腕を掴んだ。
決して乱暴な動作では無かったが、静かに掴んだにも関わらず、ティナから見ても力が込められていることは分かる。

それでもクロムセリアは眉一つ動かさず、何か?、とソルディスに視線を投げかけた。

「二度とこの部屋には入るな」
「それは領主としての命令?それとも、個人的な忠告?」
「どちらもだ……二度は言わせるな」

そういうと、ソルディスは静かにクロムセリアの腕を離した。
クロムセリアは、はいはいと言いながらソルディスの部屋を通って廊下へ出て行く。


「……あ、の」

ティナはようやく口を開く。
扉口に立っていたソルディスは、外套を脱ぎながらティナの部屋へ入り扉を閉めた。

「お帰りなさい」
「“お帰りなさい”、か」

嘲るように言ったソルディスに、ティナは口を閉ざす。

「具合は」
「……治りかけてるけど、あともう少し」
「まだ治っていないのに義理の兄弟と楽しくお喋りか?元気なものだな」

そう言いながら、ソルディスはベッドに近寄る。
びくりと体を強張らせるティナを見ながら、彼は躊躇う事無くベッドに腰を下ろした。
そっと、毛布を握り締めるティナの手を取る。
物静かなその動きにホッとして、ティナは難無く腕を預けた。
――が、

「あいつに何をされた」

その言葉にティナは背筋に冷たいものが走った。

「な、何……何って、」
「それを聞いている」

ティナの手首を掴む力は、強くは無いが緩くも無い。

「正直に言った方が、後の為だ」
「何も、あの、私、何も……」
「嘘はもっと上手く吐いた方が良い」

ソルディスの語調は緩まない。

「ただ、彼は、……ニル姉と一緒に、看病を」
「もう一度だけ聞く」

――駄目だ。誤魔化せない、とティナは目の前が真っ暗になる。

「あの男に、何をされた?」
「聞いたら怒る――かもしれないから、怖い」
「言わない方が不快だ」
「………………キス」

言うが早いか、ティナは無理矢理ベッドに沈まされた。
慌てて身を起こそうとするが、押し倒すソルディスの力と、怒りや侮蔑が混じったその双眸に息を呑み体が凍りついた。

「あの、ソ、ソル、」
「お前のそういう反応が、あいつは良かったらしい」

『――反応が初くて、可愛いな――』

そう囁いていったクロムセリアの声が、もう一度彼の頭に響く。
思い出して、自嘲気味に咽喉で笑った。

「俺が城外へ出ている時に何をしていた」
「だ、だって……!双子の弟が居るなんて、知らなかった!あんなにそっくりで、私――」
「騙された訳か」

そういうと、ティナの抗議を遮る様に唇を奪った。
突然の行為にティナは何も出来ず甘んじて乱暴な口付けを受け入れる。

怯えて頑なティナの下唇を緩く噛んで、開いた隙間から舌を侵入させる。
未だ慣れず無意識に逃げるティナの舌を絡めて、なぞる。

「ん……ぅ」

乱暴なのに、深く、全てを飲み込まれそうで、ティナは咽喉で声をあげる。
頭の隅で、否定しきれない気持ち良さに負けそうになりながら、彼女はさっきの言葉を思い出した。

『――俺とソルディス、どっちが上手い?』

瞬時、彼の口付けが思い出された。
静かで、優しく――ソルディスだと思ったからこそ素直に受け入れた唇の感触が脳裏に浮かぶ。

「――……っ……!」

ティナは思わず、ソルディスの唇を拒否するよう、唇を噛んだ。
しかし、ソルディスはお構い無しに彼女の口内を蹂躙し続ける。
抵抗する彼女の力が抜けるまで。ゆっくり、深く、長くティナとの口付けを続ける。


ようやく開放されたときには、ティナは息を切らしていた。
ソルディスは切れた唇の血を拭いもせず、顔を火照らせるティナを見下ろす。

「アイツには噛み付かない癖に、俺には噛み付くのか」
「……違う、の。そうじゃない……」
「なら何だ」
「……ソルディスが、いきなりしてきたから、ビックリしただけ」

成る程、と、ソルディスは呟いた。

「そんなに、あの男は優しかったか?」


ティナは自分の言葉を呪った。何を言っても逆効果、何を言ってもすれ違う。
再び貪られる羽目になった口内を快感に支配されながら、ティナは具合の悪い頭で必死にクロムセリアの跡を消そうと努めた。






++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





「……あー、糞」

廊下を歩きながら、クロムセリアは自身の右腕を見つめた。
折れる寸でのところであった。あの力は、恐らく本気であっただろう。

「痛いな。でも、自業自得ってやつか?」

誰に問う訳でもなく、彼は言って、笑った。


まぁ良いだろう。もう少しこの城に居させてもらおう。
何よりの楽しみが出来たから。



通り過ぎるロドメに挨拶をしながら、彼は今頃手篭めにされているであろうティナを思い、また笑った。




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