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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第二章 †蒼き闇の双星†

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夜闇が辺りを支配している。 星星の瞬きのみが目に映り、獣の遠吠えが耳に届く。

城の庭園で、立ち尽くす少女が居た。
体を冷やさないよう外着を羽織りながら、彼女は天を仰ぎ見る。

「ティナ」

後ろから聞こえた優しい声に少女は振り向いた。
芝生を踏みしめて近寄ってきたのは彼女の義姉。
深夜城外で星を眺めたいというティナの提案に付き合って、義妹を可愛がるニルは、共に夜風に当たっていた。
だが、もうじき体が冷えてくる時間である。
ティナの頭を優しく撫でると、彼女は風邪を引かないうちに城へ戻るよう促した。

「ニル姉、あれは何?」

手を引いて戻ろうとした義妹は虚空を指差した。
その小さな指の先にあるのは、眩い星星だけ。

「どの星かしら」
「あの星。あの星の隣にもう一つ星があるように見えるのは気のせい?」

その言葉に、ティナに気が付かれないようニルは息を呑んだ。

見上げれば、月と大分離れつつも、明るく光を放つ蒼い星。
そしてそれに寄り添うように、もう一つ薄暗い星がぼやけて見える。
薄暗い片割れは、蒼く輝くそれに押し消されるようひっそりと天に居た。

無邪気に新しい物を発見したように指差すティナから顔を背け、ニルは再び優しく手を引く。

「あれは、……双星よ」
「双星?」
「そうよ。あの星は双子なの」

その言葉に、ティナはもう一度星を仰ぎ見た。
寄り添うように輝く星。
だがティナの目には、お世辞にも双星とは言いがたくそれは映った。
片方の照る星に隠れるように、そしてその存在を消すように――
目を凝らさなければ見えない星。片方に隠れるように浮かぶ星。

儚くも美しく光る星々を天に構えて、ニルは帰りを急くようにティナの手を強く握る。

柔らかな夜風が吹く。
まだここに居たい、そう思いながらもティナは顔を天から背けた。
ニルの手のひらを握り返しながら、就寝前の温かいミルクを飲むために足取り早く城に戻る。











+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




「――っくしゅ」

小さなくしゃみを恥ずかしげにして、ティナは口元を押さえる。
赤らんだ鼻を隠しながらちらりと上を見やる。と、案の定呆れた視線が降って落とされた。

「お前は馬鹿か」
「……ごめんなさい」
「俺に謝っても意味は無い」

だって、そんな風に言われたら……と熱っぽい瞳を向けるが彼の夫はそんな事はお構いなし。ティナは言葉の続きを失い、ふかふかのベッドに潜り込んだ。

昨晩の天体観測を兼ねた散歩が、ティナの体を完全に冷やしてしまっていたらしい。
朝ロドメの声で起きてみたら、体が少しだるくクシャミが止まらない。
よって、強制的にベッドから出ることを禁止された訳である。

「ニルもニルだ。あれ程言って聞かせた割に――」
「ニル姉は悪くないの。私が部屋に帰った後も、窓開けて星見てただけ」
「真性の阿呆だな」

ソルディスはティナの額に手をやった。

「熱もある。全く、お前は何をしている」
「だから、ごめんなさい……」
「一日寝ていろ。それでも悪化するようならロドメに言え。ルークを呼んでやる」
「……ソルディスは?」
「城下に用がある。夕刻まで戻らない」

感情の篭らないその言葉に、ティナは無意識に表情を曇らせた。
そう、と呟きながら布団をすっぽり被る。
流石にソルディスは顔を顰めた。

「夕刻には帰ると言っているんだ。寝ていればすぐ夕刻になる」
「……はぁい……」

やはり返事は晴れない。
風邪で体調が悪いせいで、気も滅入っているようだ。
喧嘩をする気力すら無く、黙り込んで眠りに着こうとするティナに、ソルディスはそれ以上かける言葉も無い。それほど時間に余裕がある訳でも無いので、彼は外出のため自身の身形を整える仕度を始めた。

ティナは温かい布団の中で、気だるい頭を再び睡眠に落とそうと息を静めた。
食欲が無い。このまま昼間で眠って、体の疲れをとってしまいたかった。

夕刻になればソルディスが帰ってくる。
日の変わらぬうちに帰るとは告げられたものの、具合の悪さも手伝い、それを待つのは辛く思えた。
部屋が隣、という事もあり、居れば緊張したり気を使ったりで疲れるものの、居なければ居ないで物寂しい。複雑な感情だが、そうとしか言いようが無いのが現実だった。

城に来て暫く経つが、ティナは未だソルディスと仲睦まじいとは言えない仲を続けている。
原因は、と聞かれても、それは単に夫であるソルディスの性分に拠るものとしか言えないのが苦しいところだろう。

気紛れ。淡白。冷淡。自己中。鬼。たまに乱暴(彼女に限っては主に閨での話である)。
彼を形容する言葉はとても一つには収まりきらず、ティナは神経を擦り減らす毎日が続く。
優しくされる事と言えば、(ごく偶に)届かない場所にある物を取ってくれたり、とか。
それは優しい以前の人として当然の行為だろうと周囲は言うかも知れないが、ティナはそれだけで涙が出そうになる程嬉しくなった。

それほどストレスが溜まるのならば、城外にでも出て娯楽に耽るのはどうか――
しかし、それは不可能に近い。
彼女自身の自由は未だ制限されている。

城下に下りたいと言っても、まだ時期ではないと止められる。
そもそもこの城中すら迷うような少女が、複雑かつ魔族の雑多する城下町へ下ればどうなるかは目に見えるとまで言われては、ティナも反論のしようが無い。従者を付ければ問題ないとは思われるのだが、過保護なのか、それとも自分に面倒が降りかかるのが鬱陶しいのか。ともあれ、新参者のティナは結局ソルディスに反論できない。

事実、ティナは未だもって自身の新婚の巣である城中を把握できないで居た。

ジェノファリス家代々に伝わり増築強化されていったこの城は、ゆうにレィセリオス王宮の倍はある。
加えて、ティナは新参者ということもあり、城中の自由な散策をあまり気兼ねなく行える立場ではない。
誰かに咎められる事は無いだろうが、ティナもそれくらいの常識はある。
あくまで今はまだ、客人としての態度を保たなくてはならない。

そんな状況に更に追い討ちをかけるよう、当の旦那様は、やれどこの部屋は入るな、どこの廊下は通るななどと平気で言ってくる。どうせ食堂と厠と書物庫くらいにしか用事は無いから、ティナは適当に承諾の頷きをしておいた。
入ってはいけない部屋もなにも、そんな部屋、お目にかけたことも気にかけたこともない。

そんな訳で、彼女は城に住み着いて一ヶ月以上経とうとしているのに未だ気苦労が耐えなかった。

救いは、数度交した親愛なる臣下カステル・ジニアやニキィとの文通と、この城の人間の温かみである。
……肝心とも言える配偶者がこの調子では、それも気休め程度にしかならなかったが。




そんな事を考えているうちに、眠気で頭がぼぅっとしてきた。
遠くで馬の嘶きが聞こえた。

きっとあの声は、夫の愛馬グロチウスのものだろうと……ぼんやりと彼女は思う。
だが、それを確かめる為に窓を覗く力もないまま、ティナは布団のなかで目を瞑った。





















――アギタを、知っているか。


城に来て暫くした頃、不意に掛けられた言葉。
そんなものは知らない聴いたことは無いと。そう言いたかった。
だが知っている。それくらい、嫌でも知っている。

全知全能の神様でしょ。新神文書に書いてある……
そう気まずそうに答えると、男は窓の外に目をやった。


――なら、魔族と人間の関係は。


続ける彼に、私は頭痛を覚える。
こんな話はしたくない。したくないのに、彼の言葉は頭にこびり付く。

苦し紛れに、兄弟みたいなものでしょうと答えたら、突然あの人は咽喉で笑う。


――そんなに、仲の良い間柄だったかな。


意地悪く問い返す彼は、私の全てを見透かすようだった。
何故。


――アギタは神として遠い彼方に居る事もあるし、そうでない事もある。


それはそれは、全知全能美しく、あの禍々しい双眸を。
幾重にも蠢く翼を、銀皮質の肌を、そして全てを天上に置きながら――

やめて。

そうは言うが、彼は私の声が聞えないかのように喋り続ける。
止めて、それ以上言わないで、お願い、貴方はどうして、


と、彼の声が止まる。全く何も聞えない。代わりに響くのは、砂嵐が舞う風の音。
彼を見るが、そこに男の姿は既に無かった。
そして突然手が震える。
私の咽喉は痛み出し、体中に亀裂が入る。
両手の先は乾燥した土塊のように、先から砂状になり風に舞う。

空気に溶けそうな自分の身体を抱きしめた途端、四肢は崩れ、体は徐々に溶けてく。



あぁ、悪夢は、未だ終っていなかったのだ――

















急激な咽喉の渇きに、ティナは目が覚めた。
重い瞼を開く。視線を窓にやると、昼過ぎといった時間だろうか。何時間も熟睡してしまったらしい。ベッド脇の棚には何度か水が汲みかえられた後があり、侍女の人たちが見舞ってくれたことが伺えた。

ティナは、重苦しい布団をゆっくりとどける。
寝汗をびっしょりかいてしまっているせいで、肌にまとわりつく服が気持ち悪かった。
布団の中に入り込む空気は新鮮で気持ち良いが、汗がひけて寒気が走る。

棚の上のコップを取り、生温い水を流し込んだ。


――嫌な夢を見た――。


ティナは額に手を当てて、熱っぽい溜息をつく。
具合悪いときには具合悪い夢を見るものなのです――ティナは昔ニキィが口走っていたその言葉を思い出した。確かにその通りだとティナは溜息を付く。いや、具合が悪いなんてもんじゃない。稀に見る悪夢だ。
寝る前よりもクシャミ等は収まっているものの、気分的には悪化している。

ティナはふらりとベッド脇の鐘を手に取り、力なく鳴らした。
食欲は無いが、何か温かい飲み物を貰いたい。
もう一眠りして、ソルディスが帰って来ても具合が治らなかったらルークやガーネットを呼んでもらおうと考えた。

暫くして侍女がやって来る。
あからさまに悪いティナの顔色を見て慌てたのか、彼女に布団を掛けなおして何とかティナを宥める様に安心させる。大丈夫ですから、とか、取り合えずベッドから起きずに、と言う彼女の言葉にティナが力なく頷くと、飲み物と着替えを運ぶため再び部屋を出て行った。


ティナはベッドに沈み込みながら窓の外を見る。
ティナは、あまり夢が好きじゃない。決まって見るのは、何か辛い夢ばかりだからだ。
それは、一人寝をしている時も、ソルディスと閨を共にしている時も変わらない。
夢の記憶が無くとも、目が覚めたとき心がぽっかり開いた空虚感がある、というのが一番多い。明瞭で鮮明な悪夢などは見ず、足跡を残さない悪戯の様な悪夢が彼女の夜を支配する。

以前夜中にそれで目を覚まし、寝るに寝られずモゾモゾと動いていたら仕事疲れのソルディスが目を覚ました(しかも寝惚けていて相当不機嫌だった)経歴がある為、ティナもあまり大きな声で彼にこの悩みを言えない。

情事がある晩にしろ無い晩にしろ、ティナがソルディスのベッドで寝る際、彼は大抵ティナを緩く抱いたり腕枕をしてやりながら寝る。そんな彼の腕の中で意図的にモゾモゾ動き回れば、目が覚めるのは当たり前である。何だかんだ言いながら日々領主としての仕事を行い疲れているであろう彼の睡眠を阻害するのは、これは新妻として何としてでも避けたかった。



……考え事をしていると、ティナは再び段々と眠くなってきた。
侍女が飲み物を持ってくるのを待ちたいが、瞼の重さはそれを許してくれそうもない。

ティナは目を瞑る。
直に睡魔は襲って来、彼女は意識を手放す寸前に至る。










「……だから、……、あぁ」


ふと耳には入ったその声に、ティナは目を瞑ったまま反応した。
意識の遠くで聞えたのは、他でも無い。ソルディスの声だった。
ティナは疑問に思う。彼自ら告げた帰城時間の夕刻まで、まだまだ時間があるからだ。
忘れ物か、仕事が早く終ったのか。

ギィ、と隣のソルディスの部屋の扉が開く音が聞える。
そして、侍女か誰かと何かを話しながら彼はティナの自室へ近付いてきた。


ゆっくり、部屋の扉が開けられる。


ティナは目を薄く開いた。
扉の所に、ソルディスが立っている。
侍女が持ってきたであろう、温かい茶が入ったカップをトレーに乗せて脇には着替えを抱えている。
仕事から帰ってきたばかりのソルディスがお茶汲み?
――そんな馬鹿な事が起こるものか。

「……ソルディス?……」

ティナは寝惚け眼で彼の名を呼ぶ。
体を起こそうとすると、あぁ、そのままで良い、と制する声が聞えた。
ティナは体をベッドに沈め、視線だけ彼に送る。
いつの間に帰ってきたのだろう。今朝出かけたときとは違う格好をしている事から、暫く前には帰ってきていたようだ。ティナは珍しく昼間から髪を下ろす彼を見て、変なの、と思った。

「具合は?」

棚にトレーを置きながら、彼は聞く。

「うん……結構辛い、けど……寝てれば大丈夫」
「そう、か」

ソルディスはベッドに腰を掛け、ティナを上から覗き込んだ。
そっと彼女の髪を撫で、ついでにゆっくりと体を屈めて汗ばんだ額にキスを落とす。
まるで母親が就寝前の赤ん坊をあやすかの様な行為。ティナはくすぐったくて目を瞑った。
抵抗しないティナを見て、ソルディスは、その唇で耳元、顎を伝った。
髪を撫で続けながら、桜色に湿ったティナの唇をも味わおうとする。

「だ、め……風邪、うつる……」
「大丈夫だ、それくらい」

緩い力で押し返すティナを無視し、彼はゆっくりティナの唇を啄ばんだ。
熱に浮かされたティナの吐息は熱い。ソルディスは、浅く、優しい口付けを何度か繰り返す。

何度行っても慣れない口付けの感触を、ティナは朦朧とした頭で受け止める。

「ティナ――」
「……ん……っ、」

緩んだ口元から舌を入れて丁寧に絡ませる彼に、ティナは息苦しさと胸を締め付けられる思いに襲われた。自分の具合が悪いからだろうか、いつもより緩やかな口付けにティナは体の力を抜く。

「――まだ、慣れてないんだな」

唇を離した彼は嬉しそうに笑った。
ティナは重い瞼を少し大きく開く。

……ソルディスが、笑っている。
いや、彼だって平生笑うことくらいはある。あるけれど、こういう風に、純粋に優しく微笑んだことは未だかつて無い。皮肉な笑いや、興味なさげにあしらう笑いはいくらでも見せてくれるが――

ティナは、ふと眉を潜めた。

「どうした……?」

その声も、途端耳に引っかかる。
ティナは、ソルディスの体を押し返して体を起こした。
火照る体にシーツを手繰り寄せながら、ティナは目の前のソルディスを見つめた。

何か?とふざけて首を傾げるソルディスを黙ってみているティナだったが、廊下が騒がしくなったのに気が付く。

何やら侍女が慌てる声と、それを叱る様な声。恐らくニルのものだ。
バン、という音と共に彼女特有の足音が、ソルディスの部屋へ踏み入れた事を物語る。

その勢いのまま、ティナの自室の扉も勢いよく開けられた。



「――っ」

ティナのベッドに腰を掛け、明らかに何かをしていたような彼の姿を見てニルは凍りついた。

「――どうした、ニル」

楽しそうな表情のソルディスは臆することなく言う。
ニルはソルディスの傍へ歩み寄ると、その腕を強引に引いて立ち上がらせた。

「何だ一体」
「アンタ、……ティナに…、」
「ティナに?何も酷い事はしてないさ」

彼はティナを見下ろすと、目を細めた。

「イイ事はしたけどね……?」

ニルは顔を強張らせた。

「分かってやってるの」
「何を」
「ソルディスが知ったら――」
「うん、そうだね。殺される?」

自分で言って、彼は顔を顰めた。

「それは嫌だな」


ティナは唖然として、傍らで繰り広げられる会話を聞いていた。
ソルディスとニルの、いつもと違い無い姉弟喧嘩。
しかし、明らかにおかしい。
ソルディスの口調は今まで聞いた事もないような、所謂軽い調子で、声もソルディスのそれよりほんの少しだけ高いような気もする。
が、目の前に立つ姿を見上げれば、明らかに彼はソルディスそのものである。
……意味が……分からない。
それがティナの本音だ。

「まぁ、言わなきゃバレない事だし」
「そういう事を言ってるんじゃないのよ。本当に、アンタ、あれ程私が言ったのにも関わらずこんな事」
「やるなって言われるとやりたくなるんだよ。性分かな?」
「……クロムセリア……!」

ニルは、思わず顔を歪める。



「……クロムセリア……?」


ティナの呟きに、彼はまた優しく微笑んだ。


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