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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第一章 †夜に昇る宴†

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誰もが、その場を動けなかった。

カステルは、その姿に沈黙した。
モロゾナ兵は、その得も言われぬ迫力に圧倒され、無意識に体が震え、身動き一つとる事が出来なかった。
フィルも始めて見るその存在に、息苦しさを覚えるほどの緊張を覚えた。
バドルは、欠落した右腕を振るわせながら、それ以上どうする事もできなかった。


そして、誰よりもティナ・クリスティーンその人は、初めて味わう恐怖に完全に閉口した。
――間違えもしない、ソルディスだ。ソルディスが、ここに居る。
しかし今そこに居る彼は、ティナが知る今朝までの彼と違った。

バドルから逸らそうとしない視線は殺意そのものだ。

彼と目が合った者は確実に死ぬ――誰もが本心でそう感じた。

人間と同じ姿形をしていても、そこに立つ彼は確実に“魔”であったのだ。



ソルディスは静かに動いた。
握っていた刃を、長剣ごと兵士から掴み取ると床に投げ捨てる。
掌から流れる血を気にする事無く、バドルの目の前へ歩み寄った。

「――ふざけた男だ」

声は、周囲の全てを侮蔑するかの様だった。
バドルは荒い息をし顔を歪めながら辛うじて視線をあげる。
見下ろされる双眸は、闇だった。ただ、恐ろしかった。

――魔族は存在する。

それはバドルにとって残酷な事実であった。
そして、それを後悔するには、時は確実に遅かった。

「誰に向かって、不具と?」

落ちたバドルの腕を、穢れ物の様に踏み潰す。

「不具は貴様の方だ」

ソルディスはバドルに向かって手を伸ばした。
バドルは恐怖を上回る恐怖に何も出来ない。
辛うじて、助けを求める様に、不肖と罵った息子に視線を送った。
しかしフィルもまた何も出来ない。人形の様に、一歩としてその場を動けなかった。

「バドル・リノマン。お前はティナを侮辱した」

それは死刑の宣告だ。

「よって、俺を侮辱したに等しい」

ティナは目を見張った。
バドルの頭部に向かって翳されたソルディスの手は、徐々に藍色の靄を湛える。
靄は直にバドルの頭部を包み――やがて、体が軋むような鈍い音がする。

「……や、……め……っ……」

体を襲う異変に気が狂う寸前のバドルは、咽喉から声を絞り出す。
だが既に為す術は無し。
ソルディスの手が捻られる様に動けば、彼の頭も、徐々に歪みを増していき、それはそれは奇妙に気味悪く、軟体の肉体の様に――
(――潰れる!)

「――ぐぁ゛ぁ゛っ――!」


それが、最後の断末魔。想像を絶する苦痛の末の、絶命の叫び。
グシャリと鈍い破壊音と共に、一瞬でバドルは四散した。

ティナは、全てから目を逸らす事が出来なかった。
これまでになく凄惨で、残酷で、血生臭い光景だったにも関わらず目を瞑れなかった。
四散しただの血と肉の破片へ化したバドルを見ても、それでも何も出来ない。

何故ここに居るのか、どうしてここへ来たのか。
ソルディスに聞くべき事は沢山あるけれど、言葉は咽喉の奥へ貼りついたままだ。


跳ねた血と闇色を、体中に纏ったソルディスがティナを見た。
壁に寄りかかり固まったティナを見下ろす彼の目から、殺意の色は既に消えつつある。

その緩められた雰囲気を感じたティナは、少しだけ深呼吸をした。

――と、足の力がふっと抜ける。
途端に体が萎れた様にしゃがみこんだ。意識とは関係無く竦んだ足腰にティナは戸惑う。
恥ずかしくて慌ててソルディスを見上げると、案の定冷たい視線で見下ろされているのに気付いた。

「――二回目だ」

呆れた声でソルディスは言った。
昨晩ティナが腰を抜かした時の様に――しかし今度は優しく抱き上げる。
血の匂いが色濃いソルディスに一瞬戸惑ったが、ティナは大人しく彼に体を預けた。

話は後だ、そう言ってソルディスはティナを抱えたまま振り返る。
後ろで安心したように溜息をつくカステルは、しかしながら怒った様に顔を顰めている。
彼も怪我は無かった様で、ティナの無事を確認すると困った様にソルディスを見た。

「貴方も、無茶をなさる」
「怒るな。血圧が上がるぞ」
「姫様をト・ノドロから出さぬ様書簡に書いたはずですが」
「目は通した。一応は、な」

読んでも実行されなければ意味が無い、
カステルはそう思ったが無駄な詰問になると思い言葉を留めた。

「……モロゾナはどうするつもりで」
「有能なご子息が後を継げば良い」

ソルディスは顎でフィルを指した。

「あの豚よりはマシな国王になる」
「まぁ、そうでしょうが」

モロゾナの兵は、もはや誰も剣を握っていなかった。
あれだけの惨状を見せつけられればそんな気さえ起きないのも当然だ。
未だに魔族というものの存在を信じきれず飲み込めない、そんな気持ちがあるのだろうが。




――カステルはフィルに向かって、兵を撤収させ、軟禁した家臣を解放する様に言った。
フィルは黙って頷いた。
レィセリオスを制圧するのに反対だったフィルは、バドルの子息の中で最も年長であるため当然王位継承権第一位にあたる。彼はすぐさま兵士を召集し、聖レィセリオスからの撤退を決めた。
彼自身、もしかしたら父親へのクーデターを考えていたのかもしれない。
驚くほど冷静に兵を動かし、この信じ難い状況を理解していた。

「魔族に殺された、と言っても誰も信じないでしょうが」広間から立ち去る際、フィルは言った。「僕がクーデターを起こした事にすれば良いでしょう」

颯爽と、青年は大軍と共に小さな国を去って行った。

カステルと、抱えられたままのティナはその様子を窓から黙って眺めて、喧騒の終りを見届ける。




「――あの」

兵が撤退した部屋で、抱えられたティナがようやく言葉を発する。
見下ろされる瞳にまだ少し恐怖を覚えながらも、感謝の意を述べた。

「……ありがとう」
「ならそれらしい顔をしろ」
「え?」
「俺がお前に酷い事をしたようだ」

怯え強張るティナの表情に、ソルディスは不機嫌な様子だ。
そんな姫君に対する抑圧的な言葉に、カステルは眉を顰める。
この状況を見ていれば、今朝まで一体どのように二人が接していたのかは手に取るようだ。

「そう言えば、お二人は離縁をなさったと聞きましたが……」
「一方的な離縁状だ。直に燃やした」
「――燃やした!?」

ティナは驚いて思わず叫んだ。

「な、ど、どうし……」
「俺にその気は無い」

きっぱりと言われたティナは言葉を失った。
――そんな気は無い?どういう意味?
だって冷たかったじゃないですか。とか。
女は面倒だって言ったじゃないですか。とか。
侍女になりたかったらなっても良いとか、なんとかかんとか!

言いたい事がいっぱいありすぎて何も言い出せないティナを見て、カステルは頭が痛くなった。

「姫様に何か酷い事でもしたんですか貴方は……」
「何も」
「しかし、怯えていらっしゃる」
「気のせいだ」

一向に表情を変えず答えるソルディスに、カステルは益々疑問を抱く。
そんなカステルはさておき、ティナは引っ掛かる事があった。

「……お姉様は、“人間と人間の争いに口を出せない”、って」
「そうだ」
「でも――」
「これは“魔族と人間の抗争”に値する」

ソルディスの言葉が、ティナはいまいち良く分からなかった。

「どういう意味?」
「言っていなかったが、ティナ。お前は魔族だ」

ソルディスの言葉に、ティナ同様カステルまでもが驚いた。

「え?あの、……結婚したから、一族っていう意味で……?」
「違う。正確に言えば、魔族の仲間だな」
「仲間……」
「魔族は他種の生物に自らの体液を分け与えると、それを同類に引き摺りこむ事が出来る」

今だ疑問符を浮かべたままのティナ。
――が、カステルはさっと顔を青ざめさせた。
鈍感なお姫様とは反対に頭の回転が速い臣下の様子に、ソルディスは咽喉で笑う。

「――まず一回。今朝の葡萄酒に、俺の血を混ぜた」
「え!?」

思っても居なかった陰謀に、ティナは目を見開きカステルは唇を震わせ始める。

「そして、だ」

ソルディスは楽しそうに口端を上げた。

「昨晩――お前が楽しみにしていた初夜とやらに」
「――!ぎゃー!!言わないで!カステルの前で何も言わないでー!」
「……ソルディス……ッ!!」

カステルは顔を真っ赤にして、ティナを抱えたままのソルディスに掴みかかった。
震える手で彼の肩を乱暴に揺さ振る。

「あ、ああああ貴方は一体何て事を!」
「何が」
「何が?ではありません!姫様が新居に慣れるまでは当分手も足も出さないと私と固く約束をしたではないか!」
「血を使うにも限度がある」
「だからと言って!ティナ様はまだ純粋で無知で男女のイロハも――」
「教えてやったんだ。有り難く思え」
「思いません!」

実際カステルが想像するほど二人の関係は進んではいないのだが――それでも、彼が彼女に手を出した事に変わりは無い。悲しい事にカステルは完全に誤解してしまったらしく、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすばかりである。


憤慨する臣下の叫びと楽しげな領主の会話を耳にしながら、ティナはずっと頭を抱えていたのだった。







+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++









「気持ち良いー……」


湯浴みは、この世の何よりも気持ちが良い。ティナは今更ながらにそう思った。

聖レィセリオス一帯は、温泉がよく涌き出る。
城下に下りれば大衆浴場が点在しているし、もちろん城内にも浴場はあった。
しかし、まさかト・ノドロも同様であるとは夢にも思っていなかったのだ!
聖レィセリオス城のものより一回り広い浴場を貸切りとは贅沢過ぎる。
たっぷりと注がれる温かい湯に身を浸け、思いっきり手足を伸ばす。


――そう。結局、ティナはト・ノドロに戻ってきていた。

本当は一日くらいレィセリオスに居ようかと思ったのだが、ソルディスは仕事の為に帰ると言い出して。(無言の圧力と共に、)何となく、聖レィセリオスに一人残る気にはならなかったのだ。

モロゾナからティナの身を守る為に、出国を早めてくれた臣下達や、軟禁で疲労していたニキィや侍女達にゆっくりと労いの言葉をかけて……今度こそ、ティナは本格的に嫁ぐ為に出国をした。



「それにしても、疲れた……」

実際、めまぐるしい2日間だった。

嫁ぎ日が早まって。
いきなり馬車でト・ノドロに来て。
ソルディスに会って。
ちょっと騒いで喧嘩して。
ニルに会って。
カステルからの書簡が来て――離婚して。

無情なバドルの罵声に息が止まりそうなほど苦しんだ。挙句の果てに、指まで切り落とされそうになった。

――でも、ソルディスが来てくれた。

それだけで、どこか救われたような気分になれる自分が居た。
自分が魔族の仲間に足を踏み入れていた事は、少しと言うかかなり驚いたけれど……
されてしまった事はしょうがないと、楽観的になるしかない。

「ああ、でも――カステルは怒ってたっけ」

あの時のカステルの憤慨を思い出し、苦笑する。

それもそうだ。
カステルが如何に大事に自分を見守ってきてくれたか、それはティナ自身が一番良く分かっている。蝶よ花よと育てた姫君が一晩にして手を出されたとあれば、ソルディスに掴みかかるのも当然だろう。
結局は、彼も泣く泣く再びティナをト・ノドロに送り出した訳だが。

しかしそれは、カステルがどこかでソルディスを信頼しているからなのだろう。
話振りを見ていると、二人はまるで以前から知り合いだったかのようだ。
カステルは、ソルディスの事をティナより良く知っているに違いない。

(……でも、私は、彼のこと全然知らない。)

ソルディスも多分、ティナの事を全部分かってはいない。
それでもこれから少しずつ会話を重ねていけば、時間がかかっても、やがては。

(――良い夫婦になれるかも!)


ほんの少し生まれた希望に、ティナは微笑んだ。












「……ソルディスさん?」

湯浴み上がり、ティナはソルディスの部屋へ戻る。
部屋の中が真っ暗だったから寝てると思ったソルディスは、静かに窓際に立っていた。
どうしたのかと首を傾げると、彼は此方へ来いと手招きをする。
月明かりが蒼く部屋を照らす中、ティナは窓際へ歩み寄った。


「……わー……!」

窓からは城下町が見えた。
赤や橙の灯りが見え、まだ人々が夜を楽しんでいるのが遠目に分かる。

「綺麗……いつもこんなに明るいんですか?」
「今だけだ」
「今だけ?」
「人間が来たから、皆騒いでいる」

その言葉が、歓迎を意味するのか、それとも混乱を意味しているのか。
無に等しいソルディスの表情からは何も読み取れない。

ティナは、ただ静かに、揺らめく城下の明かりを見つめた。
まるで祭りだ。祝祭のようだ。

しかし恐ろしい。
それは同時に、新たに来た人間への業火のように思えるのだ。
聞こえないはずの、人々の声までが届くようで――ティナは思わず目を瞑った。

「……恐い」
「何が」
「よく分からないけど、何か恐い」

ソルディスはティナを見下ろした。

「度胸があるようで、可笑しな奴だ」
「ソルディスさんだって」
「その呼び方は止めろ。敬語も止めろ」
「じゃあ、何て」
「好きにしろ」
「――ソルディス……とか」

いきなり呼び捨ては不味かっただろうか、とティナはそっと顔色を覗う。
しかし、意外にも彼は癪に障っていない様子だった。

「ソルディス」
「何だ」
「ソルディスも、十分可笑しな人だと思う」
「何故」
「私の事嫌いなのかと思えば、助けてくれたり。私、ソルディスが何を考えているか分からない」

困った様に笑うティナに、ソルディスは何も答えなかった。
代わりに、そっとティナの頬へ手を添える。

屈みこむソルディスに、ティナが体を強張らせた。
何をされるのかと目を固く瞑ると、……頬に柔らかな感触が当たる。

昨夜の口付けとは打って変わって、慈しむ様に優しいその仕草にティナは内心驚いた。
意地悪で冷徹な人に思えたのに、今はまるで紳士の様だ。
(あぁ、でも、無理矢理お酒を飲ませ様としたのは……嫌がらせじゃなくて、血を――)
ティナは考えようとするが、緩やかに甘い雰囲気に頭が支配される。

頬に、瞼に、――
ゆっくりと静かに降る優しい口付けに、ティナは緊張と恥ずかしさで顔を赤くした。

「……新婚さんみたい」
「新婚だろう」

うっとりとするティナの呟きに、ソルディスは当然のように答えた。
最後に、薄桃色の唇に、啄ばむ様にキスをする。
今朝までの彼からは想像できない優しい扱いに、ティナは戸惑いを隠せない。
耳の先まで真っ赤になったティナを楽しそうに見下ろすと、ソルディスは屈めた体を起こした。

名残惜しそうに、ティナはソルディスのガウンを握る。
もしかしたら振りほどかれるかもしれない、と、おどおどしていたティナだったが、何も言わない彼に甘えて頭を彼の胸に預ける。
ありがとう、とか。嬉しかった、とか。
一杯言いたいけれど言い切れない思いをそうして表すしか無かった。


ソルディスは、気持ち良さげに黙っているティナを見下ろしていた。その視線を、ふと城下へ向ける。

街は明るい。
灯りが先程より輝いて見える。しかし、きっと気のせいだ。
それでも確かに民は混乱している。

“――再び人間がやって来た!”

不快な幻聴が聞こえた。

“――また、領主はお狂いになる!”

耳障りな誰かの叫びに、ソルディスは顔を顰めた。
幻を振り切る様に、そっと目を瞑る。




「――ソルディス」

気が付けば、不安そうに見上げるティナが居た。

「どうしたの?」
「いや……何でも無い」

彼女に思考を読み取られまいと、ソルディスはティナの気を逸らすために頭を撫でる。
飼い猫みたいに気持ちよさそうにするティナを見て、思わずソルディスは苦笑した。

「猫の様だ」
「……ニル姉は、犬みたいだって。それって二人とも誉めてるの?」
「さあな」

そっけなく言われたティナは、またも不安になる。

「――別に、私、“昨日今日あったばかりの女”だし」
「拗ねるな」
「拗ねてません」
「少なくとも誠意は尽くしているが」
「……本当かしら」
「信じてないな」

――ならば、その身体に思い知らせよう。

そう囁いて、ソルディスは静かにティナを抱き上げた。








<夜に昇る宴 fin>

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