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―とある姫様と領主の実記―CRAZY CONFLICT 作者:漣 出雲

第一章 †夜に昇る宴†

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神様。
神様、もしいらっしゃるのなら、貴方に1つお願いがあります。


お願いですから、どうか、どうか――この私に、お手洗いの場所を教えてください。










――事の始まりは5分前。ティナは、ベッドの中で奮闘していた。

確かに、眠り込みたい程の疲れはある。この頃緊張で碌に快眠がとれなかった上に、何時間も馬車に揺られ、とどめは冷酷領主のあの態度だ。ロドメとのギャップに過剰な緊張をした上、律儀にティナはソルディスの名前を何十回も頭の中で呼応させて暗記した。本当に、頭も心も体もどっと疲れていて、本当なら、一分一秒も早く眠りにつきたい気分なのだ。

が、それとこれとは話が別だ。人である以上、生物の根源的欲求からは、誰も逃げる事は出来まい。時と場と場合を完璧に無視して、ソレは突然やってくる。
すなわち、尿意。

疲れのあまりベッドに吸いこまれるように就寝したティナだったが、数十分たったであろう、さして熟睡もしていないうちにティナはぱっちりと目を覚ました。
物音を立てない様に体を静かに起こして、掛け時計に目をやると、成る程、確かに時間はあまり経っていない事が分かる。

「どうしよう……」

ティナは自分のお腹に手を当てる。
手を当てたからといって違和感が消えるわけじゃない。
仕方なくティナはこの未知なる城の中、深夜ではあるが手洗い場を探すことにした。
(もし彼が起きていたら場所を教えてもらえるかも)、などと無謀かつ微々たる希望を抱きながら。ティナは静かに、静かに体をベッドから下ろし、靴を履いて、静かに扉の方へ歩み寄った。絨毯が敷いてあるおかげで、足音は全くと言って良いほど立たないのは幸いだ。

壁にかかった燭台を手にし、ゆっくりと扉を開ける。
隣の部屋からの明かりはない。
つまり、彼は寝ている。
ティナは少し気を落とした。

ギィ、と軋む音がするたびティナはその手を止めるが、あまりゆっくりやっていては、最悪粗相をしかねないと思い、思い切って慎重かつ素早く扉を開けた。
体を上手く滑りこませ、婚約者ソルディスの部屋へ入る。

暗くてあまり分からないが、ベッドに人が横になっているのが分かった。
ここで自分が「お手洗いの場所を是非!」などと、はにかみ笑いで熟睡の邪魔をすれば……確実に瞬殺されるのは目に見えている。

息を潜めてこっそりと出口に向かい、扉に手をかける。
ギィ、ギィ、と小刻みにゆっくり開けて、ティナ一人分通る隙間を作った。


「……っはぁ……」

気分はまるでコソ泥。
ティナは類稀なる緊張の末、ようやく廊下へ出る事が出来た。

あとは、肝心の手洗い場探しである。ティナにとって全く右も左も分からない城ではあるけれど、何しろここは城の主、領主の部屋。領主様の部屋の傍に手洗い場が無いなんて考えられない、とティナは踏んだ。
幸い、月が出ているおかげで、廊下は燭台が無くても歩けるほどだった。ティナは2割の軽い気持ちと8割の恐怖心のまま、で廊下散策に出かけたのだった。

――が。

5分後が、この有り様である。

「……手洗い場が無いっ……」

ティナはとうとう廊下にしゃがみこんだ。手洗い場が一向に見つからないのだ。

今まで通った扉のどれかは手洗い場かもしれなかったのだが、それも確認の仕様が無い。なにせ、全ての扉に鍵がかかっていたのだ。
ティナがどんなに必死に引こうにも押そうにもビクともしない扉ばかりで、彼女は八方塞だった。
鍵付きの手洗い場なんてありえない。
ティナは肩を落としながら延々廊下を右往左往していた。

「魔族の人達はトイレを使わないとか?」

そんなわけないと一人突っ込んでみる。うん、まぁ、正直虚しい。しかしそれ以上に、ティナの体は限界が迫っていた。

「あぁ……カステル……!」

ティナは脳裏に親愛なる側近を思い浮かべた。
いつも傍に居て、困っていると必ずと言って良いほど厳しい言葉と優しい助言を与えてくれるあの臣下は今ここには居ない。
失って始めて大切さって分かるのね、とティナはしみじみ思ったが、それに気付いたのが手洗い場探しの時だとは本人に言えるわけが無い。

「もう、駄目……!……いいや、諦めちゃダメ、私、うん!」

痛々しいレィセリオス国家代表の醜態。とうとう自分で自分を励ますまでの境地に立たされたとき、ティナは突然後ろに気配を感じてとっさに立ち上がろうとした。

「っ……!……?……きゃ!」

自分で立ちあがる前に無理矢理腕を掴まれ、強引に引っ張られた。

「痛っ――」
「ここで何をしている」

声に、ティナは固まった。
床の燭台を取り損ねた右手が宙をさ迷う。視線も。口から紡ぎ出そうとする言葉も。
全てが、緊張で宙をさまよった。

ティナは自分の二の腕を掴む腕をたどり、視線を目の前に立つ人物の顔へチラリとやった。
廊下に出るためであろう羽織った黒いガウン。ティナより格段に高い身長。血色のあまり良くない肌。人を見下し突き刺すような瞳。限りなく無表情だけれど、明かに不機嫌と思われる眉の顰。

――ソルディス・ジェノファリス。

つい先ほどまで見せていた悪魔のような印象を変えずにこの場に佇む彼。
ただ1つ。後ろへ撫でつけていた髪を下ろしていた彼は、ティナにとってほんの少しだけ印象が変わって見えたが……それに関して深く思慮する余裕は今のティナに無かった。

「もう一度聞く。ここで何をしている」
「お、……手、……」
「聞こえない」
「お、お手洗いを、探してました……」

ティナは恥ずかしさのあまり俯いた。
言ってしまった後に、そのみっともなさに頬を紅潮させる。

「ていうのは冗談です!……本当は咽喉が乾いて」
「手洗い場を探してうろついていたのか?」
「……ハイ」

ティナは一割でも本当のことを言うと、残りの九割を嘘で覆い隠せないタイプだった。

明かに重苦しいこの状況。笑うべきか。
しかし悲しいかな、この状況で、ティナは愛想笑いを浮かべる事が出来ない。
腹部を抑えて、目の前の婚約者に危機を伝える。

「た、助けて下さい」
「……」
「どこの扉を押しても引いてもビクともしないんです。どこにもお手洗いが無いんです」

ソルディスは全くの無言でティナの言葉を聞き終えると、返答しないまま彼女の二の腕を引いて、回れ右をし歩き出した。

「ちょ、っと、あの……!」
「深夜だ。黙っていろ」
「…………」

ティナは無言で彼の後を付いていった。付いて行く、と言っても何分足のコンパスの長さが違う。小走りをしながらソルディスに引っ張られて行った。
彼がティナを引いて行き、ようやく立ち止まったのはソルディスの自室の……1つだけ隣の扉。

「ここだ」
「え?」

ティナは思わず聞き返した。
ここ、と言われた扉は、ティナが廊下に出て初めに手をかけた扉。
あんなに押したり引いたり思考錯誤しても、ビクともしなかった扉ではないか。

「あの、鍵がかかってました」
「もう一度やれ」

答えになってませんと思いながらもティナはもう一度その扉のドアに手をかけた。
取っ手を握った右手に力を入れて引っ張る。
が、ビクともしない。
次に、押してみる。
が、やはりこれもビクともしない。

やっぱり鍵が――とティナはソルディスを見上げるが。

(………。)

……見下すわ、見下すわ。
此の世の者とは思えない、という表情で見下ろされる瞳には、馬鹿にされているという次元を超えて、最早「軽蔑」の色が含まれているとさえティナは感じた。

「レィセリオスのご令嬢は押すか引くかしか能が無いのか」
「……?」
「意味が分からないか。随分軽い脳味噌をお持ちの様だ」

ソルディスは、取っ手を握ったままのティナの手に自分の手を重ねた。
低体温の掌にティナはビクッと手を引きそうになるが、ソルディスが上から力を加えているため動かせない。

ソルディスはたじろぐティナを横目に、取っ手を押しながらぐるりと回した。

ガチャン!

「あ」

押しても駄目なら引いてみる。それでも駄目なら、ひねってみろ、という事だろうか。

「すごい!」

ティナは笑顔で振り向いた。

「複雑にひねって開けるなんて画期的ですね!レィセリオスにはこんな技術、無かったです!」
「……さっさと済ませろ」
「はい!」

ティナは何度も自分でガチャガチャひねったあと、随分と楽しそうに手洗い場へ入って行った。



















「――あぁ、本当に死ぬかと思いました!」


さっきまでの泣き言は何処へやら。
ティナは満面の笑みで胸を撫で下ろしながら廊下へ出てきた。

わざわざ取ってきてくれたのだろうか、ソルディスの手にはティナが廊下に放置したままだった燭台がしっかり握られていた。
いやはや何とも、とスッキリしたティナとは正反対に今だ冷たい空気を身に纏うソルディス。
鼻歌でも歌い出しそうなティナとは正反対に、不機嫌な表情のソルディスは、早く部屋に帰れと無言でティナを促した。

「それにしても、ソルディス、さん、丁度良いタイミングでした。貴方も丁度お目覚めだったんですか?」

婚約者の機嫌お構い無しのティナの能天気な言葉に、部屋へ戻ろうとしていたソルディスの動きが止まる。

「あ、それとも、本当は寝ているように見えて、ずっと寝てなかったとか?」

そこまで言ったティナは、ようやく自分を見下ろすソルディスの目が細められているのに気が付いた。
(あ、れ……?)
ひょっとして自分は今、開放感のあまり、とてつもなく無謀かつ無神経な発言を――

「――きゃ!」

本日三度目。
無言のまま一方的に引っ張られた体は、部屋の中へ引き摺りこまれたのが分かった。
ソルディスはティナを一気に部屋へ引き入れると、燭台を部屋の入り口の所へ掛けて彼女を壁に押し付ける。
ティナは、壁と、ソルディスとに挟まれる形となった。
つまり、逃げ場は無い。

「いいか。よく聞け」

室内の明かりは入り口にかけられた燭台1つで、ソルディスの表情は一層冷酷に見えた。ティナの肩を抑えつける手。低く響く声。怒りか軽蔑か、細められた目。
ティナは唾を飲みこんで体を硬直させる。

「魔族は人間よりも耳が良い。周りの動きにも敏感だ。加えて俺は千年以上この部屋で暮らしている。夜中に他者の気配がすればすぐに気がつく」

ティナは無言のまま何度も首を縦に振った。

「仮に、だ。俺が人間だったとしても、夜中に一定感覚で扉と葛藤する音が聞こえれば、誰だって寝ていても目が覚める。違うか?」

またも無言で過剰に頷くティナ。彼女にしてみれば慎重にドアを押し引きしていたつもりだったが、室内には何者かが扉の取っ手と戦う音がしっかりと響いていたようである。

一通り文句を言い終えたのか、ソルディスはティナを壁に抑えつけていた手を緩めた。
ティナは、ほっと小さく溜息をついて体の緊張を解く。

「……睡眠のお邪魔をして、本当に申し訳御座いません、でした」
「全くだ」
「……あの、ただ……」
「ただ?」

再びソルディスの手に力が入る。
ティナの体は再び緊張するが、今度は彼の目をしっかり捕らえる。
子供であっても女であっても、人間であっても、例え人質の身であっても――彼女は、女王。レィセリオスの、れっきとした女王。
こんなにも立て続けに言われっぱなしで、ハイ分かりましたと泣き寝入り……なんて事になったら、それこそ召使や侍女と変わらない。

「わ、私も悪かったけど、ソルディスさんも悪いと思います」
「何?」
「……ほ、ほんの少しだけ……」

顰められた眉に、その場凌ぎの付け加え。
ソルディスにも非があるという意味内容は全く変わってない。
とりあえず壁に抑えつけられたこの体制を是正しようと、ティナはソルディスの腕を肩から外そうと試みた。が、逆に自身の腕の方をソルディスに掴まれ、ティナは先程より不自由になってしまう。

「どう言う意味だ」
「何時間も馬車に揺られてたなら、城に着いた後はお手洗いに行きたくなるだろうなー、とか」
「……」
「不慣れな城で場所も不案内だから、せめてお手洗いの場所くらい先に教えてあげようかなー、とか」
「……」
「思いませんか。こ、婚約者……なら」

まぁ考えてみれば正論にも聞こえるティナの反論。
ソルディスはそれを一通り聞いた後、空いた方の手をティナの顔に伸ばした。
無表情のまま、細く長く低体温の冷たい指でティナの頬をなぞる。

「……ぁ、っ……」
「婚約者なら――、か」

ソルディスは呟いた。

「なら聞こう。婚約者なら、俺がお前の到着を寝ずに待っていたせいで非常に疲れているという想像くらい出来なかったのか?」

うぐ、とティナは口篭もった。
確かに、疲れているだろう彼の睡眠を邪魔したのは自分だ。
それはとても悪かったと思う。
が、自分から言い出して、ここで負けては全く持って釈然としない。
ティナは思いつく限りの文句を口にした。

「だ、だったら!貴方も十代の女の子の気持ちというのをほんの少しでも大事にしてくれて良いんじゃないですか!」
「気持ち?」
「結婚のことです!」

意外な議題にソルディスは、微かに目を見開いた。

「“怨恨も縁婚も生涯一度”という言葉を」
「知らないな」
「ものすごい大喧嘩も、大好きな人との結婚も、一生で一度だけが良いという意味の言葉です」
「……」
「だから、私の国では結婚という儀式をすごく大事に扱います」


ティナは城下町に見物に行った、村の恋人達の結婚式を思い出した。
何度も繋いできた筈なのに、改めて頬を染めながら手と手を繋ぎ合う若者二人。
新郎は花嫁の足元に注意を払い、花嫁は新郎の優しさに目に涙する。
お互い血縁者や友人に見守られながら誓いを交し合い、頬にキスを交す。
そのあとは、二人で買ったブレスレットや指輪などを交換。
拍手と歓声に見守られながら、二人はこれから末永く暮らすであろう新居へと――

度々お呼ばれで見てきた民の結婚式。
ティナの結婚への憧れは、そこから来ていた。


「今日は別に、貴族お決まりの華やかな結婚式がしたかった訳じゃないです」
「……」
「けど、レィセリオスにいた時に……せめて結婚初日くらい夫に優しくされたいとか」
「……」
「結婚初夜くらいは、二人で仲良く話をしていたい、とか……色々考えてて、」
「――なるほど」

うっとりと自分の記憶を泳いでいたティナを現実に引き戻したのは、領主様の口元に浮かぶ嘲笑めいた笑みだった。
ソルディスは指を、彼女の唇へとなぞらせた。ティナは、脅えて体を引こうとする。
が、後ろは壁。引けるはずも無い。

「つまり――こういう事か?」

ソルディスは、ゆっくりと自分の唇をティナのそれに重ねた。



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