7話 補正持ちとの出会い
7話
補正持ちとの出会い
「20人乗ったな。では出発する」
その声とともに、馬車が出発した。
ひそひそ、から、ざわざわへと変わる周りの喧噪。
「めっちゃ美人」「やばい、ヒロインきたこれ」「おい誰か声掛けろよ」
「ふっ、俺のパートナーにふさわしいものがやっと現れたようだな……」「ばか、ありえねーよ」
隠せていないだけなのか、隠す気が無いのか、肩まで伸ばした金髪の美少女のこめかみにしわが寄せ口を開く。
「こそこそうるさいわね。うっとおしいんだけど」
当然好印象なわけがない。
慌てて挽回しようと、15人の中でそこそこ顔がいい男を皮きりに、続々と弁解を始めた。
「いや、申し訳ない。美人過ぎて、びっくりしたんだ」
「そうそう!噂せずにはいられないって!こっちきて、話しようぜ!」
「これ、干し肉食わない?結構いいやつだぜこれ」
それほど女性慣れしているように見受けられない面子だが……まあネットゲームをしていた種類の人間であるし。
やはり多人数ということで気が大きくなっているのだろうか。
「結構よ。ぞろぞろ群れて粋がっている人種に興味はないの」
一刀両断。
彼女、あの性格じゃ敵作りまくりだったろうに。
「は?なにいってんだお前」
「まーまー、落ちつけって。旅は道連れっていうし、皆仲良くしても、いいんじゃないかな?」
「そうそう、向こうでパーティ組むことだってできるよ!これでも腕前には自信があるやつらばっかりさ、君もどうだい?」
いらだちながらも、これ程の美少女相手だ。
プライドも何もあったものじゃないのだろう。
そんな態度が気に入られていないということに気付けないものなのだろうか。
「余計なお世話。あなた達みたいな雑魚に背中を任せられるわけがないでしょう」
「なっ」
「こいつ……」
一気に剣呑な空気になる車内。数人は剣に手をかけている。
関係のない残り3人が、こちらを見てくる。
どうやら最初の会話から、ある程度の実力者と思っているのだろう。
―――はあ、仕方ない。
「そろそろやめとけよ。飯抜き程度ならいいけど、魔物の出る地域の街道でほっぽりだされたら目も当てられないぞ」
はっとしたようにこちらを見る面々。
「ちっ」
「ふんっ」
どうやら収まったようだ。
変に目立ちたくなかったんだが……。案の定、金髪の女が近寄って来た。
「あんたは、大分マシみたいね」
「そりゃどーも」
引力のような魅力だ、今にも、媚びへつらいたくなる欲望を感じる。
同時に反発したくなる、攻撃的な感情も沸き上がってくる。
なんでもいい、なにか彼女に対して積極的にアクションを取りたいと思ってしまう。
人が寄ってくるのも、争いが起こるのも、この魅力故だろう。
彼女達"主人公補正"を持っている人間、補正持ちが行動するたびに"イベント"が起きないと話が進まないから……なのだろうか。
そして、彼ら彼女らは常に激しく動く周りの状況、事件を経験し心も体も進化していくのだろう……周りを巻き込み、踏み台にすることで。
(くそっ、くそくそくそくそくそくそ)
がちりがちりと口内の肉を噛み締める。
(食い潰れさてたまるか。踏みつぶされてたまるか。―――俺は捕食する側の人間だ。踏みつける側の人間だ)
補正持ちだ、登場人物だなどと、実際あるかどうかわからない、むしろ胡散臭い話だとも思うが……目の前で見てみると、これは普通じゃない。
そういうものがあるという前提で動かないと、足をすくわれそうな気がしていた。
「まだ名乗ってなかったわね。私はレイツェンよ。よろしく」
「スティルという。よろしく」
「あら?その毛布、凄い柔らかそうね」
「ああ、これね」
あの兵士さんから借りた毛布を、座布団代わりにしていた。
馬車ってひどく揺れ、慣れていなければ容易く尻を傷めるからだ。
「懇意にしている兵士さんからの借り物なんだよ」
「いいわね、外套をクッションにするより良さそう」
凄く物欲しそうな目で見てくる金髪。
「ああ、凄く快適だよ。君もまた馬車に乗る機会があれば、用意するといい」
当然貸すなどしない。
別に尻の硬さを鍛える趣味も必要性もないし、なにより余りこの補正持ちらしき人物と交友を結ぶと、間違いなく厄介事を引き寄せそうだからだ。
「……そうね。じゃあ、また」
恋愛シュミレーションでいうなら、今好感度が1下がった、といったところだろうか。
もし好感度を上げていれば、勇者PTに参戦、ただし勇敢な犠牲者枠として。なんてフラグが立ちかねなかったわけだが。
――金髪が壁際によって外套に包まるのを確認していると、緑色の髪をした、ひょろりとした蛇のような印象をしている男が寄って来た。
先程のあからさまな現代人ではない。その他三人のうち一人だ。
「懇意にしている兵士、ねえ。失礼、ヘネークという者だ。
先程のスムーズな仲裁、感謝しているよ」
「盗み聞きとはお行儀が悪いことだな。その分だと名乗る必要はないかな」
「いやすまないね。狭い車内だ、勘弁して欲しいな」
謝っているのにその表情は全く悪びれていない。
くい、と顎で先を促す。
「その分だと、その場で兵士さんと懇意になって融通を利かせてもらっているようだけど、何かしらコネでもあったのかい?」
「さあどうだろうな」
頼みごとをしたついでさ、なんて気軽に答えてなどやらない。
ましてや、サウスタウンの兵士中隊長と偶然わたりをつけることができたなど、言ってやらない。
情報は扱う者次第で、金貨にも鉄屑にもなりうるものだ。
例え大したことない情報だからと言って不必要にばら撒くのは、持っているほかの情報の質まで下げてしまう恐れがある。
相手もそれがわかっているのだろう。
――にやりとして、抱えていたずた袋から刺激的な香りのする干し肉と果実酒を取り出した。
ぶわっ、と暴力的に食欲をくすぐる匂いが辺りに立ち込める。
「お、その肉」
「わかるかい? ロック鳥の燻製肉さ。サウスタウンまでの旅路は長い。
一人寂しくつまむより、頭のいい人間と話しながらのほうが、建設的だと思ってね」
人間おいしいものには弱いものである。交渉の鉄則だ。
成長したロック鳥は象を持ちあげることができるほどの巨大さの獰猛な鳥だ。
その肉は非常に美味。1匹からとれる量は多いが、なかなか討伐できる機会は少ない貴重品だ。
勿論その分値段は張る。
「じゃあ、是非ご相伴に預からせて貰おうかな。その分だと、懇意になるための分の肉は別口にとってあるんだろう?」
「ふふ、敵わないな。とりあえずこの場の肉は全て食べても問題ないよ。
……サウスタウンについてしまえば、僕たち孤児は格好の餌といってもいい。
サウスタウンまでの旅路の内に、下っ端以外の兵士さんと仲良くなっておきたいものなんだけど……君はどう思う?」
「実にその通りだな。俺たちは明らかに身分が低い。実力も財力もだ。
身を守るためには全力を尽くす必要があるな。
……ちなみにだけど、懇意の兵士さんは北区の中隊長らしいんだけどね」
「……っ、へえ、中隊長か、とりあえずあわよくば小隊長と、と思っていたが……。
物は相談なんだけどね」
一瞬目を見開き、すぐに平静を取り戻したヘネークは、ちゃらり、と銀貨が俺の手元に置いた。
随分と出したな。そこまで必死か。荷物を頼んだ際の銀貨はこれで取り戻せた。
「ああ、皆まで言わなくてもいい。 晩飯の時にでも話を通しに行ってこよう」
ぱっ、とヘネークの顔が明るくなる。
「いやありがたい、これからも仲良くしていきたいものだね」
「センタータウンはぬるいからな。お互い、南の先輩方に食われないよう、仲良くしようじゃないか」
『乾杯』