4話 下積み時代
4話
下積み時代
棍棒を大きく振りかぶり走ってくる醜い小人……ゴブリンだ。
ハナから射程内に入る気はない。ちくちくと槍で足を突く。
足を止め、棍棒を槍に向け叩きつけた所で素早く槍を引き、マクロを起動。『偽二段突き』を発動する。
(くっ……)
2度突き終わった後、両手に鈍い痛みが走る。通常発動する「二段突き」より数割増しでHPが減っているだろう。
そのまま勢いに任せて、スキル「二段突き」を発動。
また痛みとともにHPが減るが、しかし先程の痛みほどではない。
しめて「四段突き」だ。
ゴブリンは体中を貫かれて崩れ落ちた。
(ゲームではノーリスクで出せたマクロによる『偽二段突き』、現実ではむしろ割増しでHPが減ってしまう……。
まあ考えてみれば当然か。
スキルは普通は不可能な動きで動くからHPが減るって設定だし、システムアシストを通さずに強引に出せば体に負担がかかるんだろう。むしろできるだけで儲けもんだな。
ある意味俺だけにしかできないレアスキルみたいなものだし)
ゴブリンの死骸の心臓部位をえぐると『魔石』が転がり落ちてくる。
魔石は人間の生活には欠かせないエネルギー物質であり、『魔道兵器』の燃料でもある。
加工は個人には困難なので基本的に国有のギルドに売ってしまうことになる。
◇
「おう、ご苦労さん。ほれ、お給金だ。やるなあ坊主」
「ありがとうございます。また狩りがあるときは是非声をかけて下さい」
「おーおー、怪我すんなよ」
(もう慣れたものだな。慣れないと、生きていけないわけだけど)
魔物の命に手をかけるのに、馴染んでしまった。
勿論人の命は奪ったことはない。こちらの世界でも普通に犯罪だ。
賞金首になってしまう。
命の重さは、あちらと比べるまでもなく軽いものではあるのだけども。
魔物相手と言っても、最初は怖かった。
殴る蹴るなどの暴力程度なら、経験がないことはない。
ただそれは、住んでいたのはあまり治安の良い場所ではなく、通っていたのはぼっちゃんおじょうちゃんの学校でもなかった。
ただそれだけのことだった。
しかしここは違う。
相手は最初からこちらの命を狙ってくる。
肉を食らおうと、臓器を抉りだそうとしてくるのだ。
迫力が、覚悟が、気迫が、何もかも違って当然だ。
――始めは、同じように孤児出身の子供たちと並んで槍を構え、涙目になりながら動揺する心を抑えつけ、ただ前に槍を突き出し無我夢中で突きだしていた。
漫画やアニメの主人公とは違い、独りで華麗に剣を振るって敵を倒すなど出来ようはずもない。
必死に槍を前に突き出し、無我夢中にスキルを発動して気付いた。
スキルなら、システムアシストに任せて勢いで攻撃できる。
マクロでも同じだ。何も考える必要なんてない。
気付いたら叫んでいた。
「おい!スキルだ!2段突き使える奴、囲んで一斉に使え!
使えないやつはとにかく突け!おい込め!かこめええええ!」
恐慌状態の人間には、ただ指示に従うというのが楽だったのだろう。
槍を突き出したままろくに動けなかったやつらも一斉に雄叫びを上げ始めた。
突き、追い込み、2段突き、突き、突き、スキル発動のディレイ(スキル発動制限)が終わったらすぐに2段突き、突き。
――終わってみるとそこには、ぼろクズになった魔物の死骸と、息を切らした子供に、少し離れた位置から満足そうに頷くまとめ役の戦士がいた。
そして次の討伐隊から、少年兵のまとめ役として、小隊長役を押し付けられた。
もしかしたら、自分と同じようにあちらの世界からこちらの世界に来た者も、槍を振るった子供の中にいたのかもしれない。
そんなことは知ったことではなかったし、余裕なんて自分にもあちらにもなかったであろうが。
孤児院を卒院してから早二ヶ月。俺は日々の生計を立てるのに大忙しだった。
いや、食べて行くだけなら、なんとかなるのだ。
しかしどういうわけか快適な現代からこんな中世崩れなファンタジー世界に飛ばされて、現代人が満足できる水準の生活をしようとすれば……。
そして、自分は15になれば軍属となって魔物との戦闘に明け暮れるか、迷宮で名を上げねばならない立場なのだ。
俺は兵士になるつもりなど微塵も無い。
生きるか死ぬかの戦闘を、他人に完全に委ねてしまう状況になるのはごめんだった。
同じ命を賭けるなら、自分でベッドする時と状況を選びたい。
そのために、今のうちから金を貯めて装備を揃えなければならないのだ。
……正直いくら稼いでも足りないのが現状だった。
初めは、もしかしたらログアウトできるかもしれない。
目が覚めたら自宅の自分の部屋にいるかもしれない。
そう考えていたが、待てど暮らせどそんなことは起こらず。すでに諦めている。
そんなことよりも今は、いかにして生きていく糧を稼ぐか。
いずれ戦いの場に行かねばならないのだ。
どうせならその過程である程度の強さを身につけよう。それが当面の目標だった。
◇
『暗黒大陸』は、迷宮攻略と戦争の2大看板を掲げていたゲームだ。
この『暗黒大陸』というゲームの中の世界は、生きるということは戦闘行為と切っても切り離せない関係にある。
大陸の大半が危険な魔物に支配されているのだ。
実はこの暗黒大陸以外に人間の住むもっと平和な大陸が存在するであったりとか。
この大陸の人間の祖先は元々犯罪者を寄せ集めて、新地開拓という名の下で島流し(大陸流し?)という死刑と同等の扱いであるとか。
そういう隠し設定的なものも存在するのだが……この際どうでもよかった。
祖先の祖先……何百年、下手したら千年単位で昔のことであるから、今からどうこうした所で安全な大陸にいけるでもなし。
そもそも海にも危険な魔物が徘徊しており、この大陸近郊ならまだしも遠洋に船で出るなど自殺行為以外の何物でもないからだ。
人間域には5つの地域、4大都市と中央都市の5つの都市がある。国は1つしかない。国同士が争っている暇も余裕もないからだ。そんな余裕のない中争い合う人間もいるわけだが……それは置いておこう。
有体な話。この世界には複数の特色を持った都市があり、迷宮があり、戦争があり、ギルドや宗教組織が存在する。
ギルドにはランク付けがあり、クランも作られる。
異世界ゲームのテンプレートだ。
――最も安全で、富豪や成功者がこぞって集まる『センタータウン(中央都市)』。
四方を4大都市に囲まれており、散発的に魔物が発生する程度。気候も低いもののノースタウンに比べれば過ごしやすい。
4大都市で成功して隠居したものや金持ち、高位聖職者が住民権得た地域だ。
トキリス大教会という宗教家の本拠地もここにある。
孤児院はそのほとんどがセンタータウンにあり、ここで育てた子供を最前線の『サウスタウン』へ送り込む。
――ノースマウンテン大陸の北端にある山脈に接した、厳しい気候にある『北地域のノースタウン(北都市)』。
住み辛くはあるものの、4大都市の中では最も安全な地域だ。
大陸の端であるので、内陸から侵入してくる魔物の数が少なく、専らノースマウンテンから降りてくる魔物を相手取ることが大半だからだ。
ノースマウンテンの攻略が悲願だが、到底達成できそうにない。
とても住み辛いし、農作物も育ちにくいし、できれば行きたくない場所である。
――海と巨大湖に接している、水の都市『東地域のイーストタウン(東都市)』。
魚介類がよくとれ、渡航技術がもっとも発達している。
湖と川に接していて、これ以上侵略地を増やすのは厳しい現状だ。
――山脈と森の地域『西地域のウエストタウン(西都市)』。
潤沢な木材と薬草などがとれる地域だ。
森が地域内にたくさんあるため、散発的な魔物との戦闘が多い。
天然の要塞とも言えるウエストマウンテンを含む山脈地帯と接しているため、これ以上の侵攻は非常に厳しい。
エルフなど会話の通じる亜人種が山脈に生息しているため接する機会が最も多く、貴重なアイテムを得る機会もあるだろう。
――そして最前線、激戦区であり、『暗黒大陸』のメインシナリオ攻略地域『南地域のサウスタウン(南都市)』。
両側にあるウエストタウンとイーストタウンから突出して支配地域を増やしている。
平地続きであるため、サウスタウンを切り口に西山脈と東の湖地帯を大きく囲み人間域を一回り広げようと画策している。
また、ランク10の巨大迷宮『ビッグ1』が存在している。現状完全攻略は誰も成し得ておらず、この迷宮のコアアイテムは神話級であるに違いないというのが専らな噂だ。
魔物と戦争をする過程で人間が目をつけたのが「迷宮」だ。
この世界では相手を殺すことで生命力という魂の力の一部を奪うことができる。
これが経験値であり、一定以上たまるとレベルが上がり飛躍的に強くなることができる。
その経験値が、迷宮の中での戦闘で従来の数倍の効率で貯まるのだ。
というのも、そもそも迷宮とは優れた能力を持った魔物を生みだす「蟲毒」という、魔物を殺し合わせて能力を上げ、より優れた個体を生みだすための『現象』なのだ。
迷宮の心臓部分で、コアアイテムというマジックアイテムや魔法書、魔法武器など優れたアイテムの力を増幅し魔物を生みだす。
その魔物を殺し合わせて、一定以上に進化した上位個体を迷宮の一段奥へいれ、そこでまた殺し合わせて……というループ。
迷宮を放置しておくと、迷宮はだんだんと複雑化し、階層が深くなり、魔物は強化される。
そして魔物のレベルと数が一定以上たまると放出される。放って置くと害しかない。
だがこのシステムを逆手にとれば、人間の戦力強化が可能になるのだ。
――迷宮には2種類ある。「大迷宮」と「小迷宮」だ。
ランク1~5までが「小迷宮」。腕があれば1パーティー、または優れた個人でも落とすことができる迷宮だ。
ランク6~7が「大迷宮」。これらは階層も深く、まともな個人や1パーティーでは厳しい。
発見されるとギルド単位で動いたり、下手をすれば軍隊が動く。
ランク8、9、10「巨大迷宮」と呼ばれている。
ランク8と9は過去に少数確認されており、攻略が困難と見なされたら「コアアイテム」は諦め、『魔道兵器』で焼き払われる。
ランク10は今のところ「ビッグ1」しか確認されていないため、一番でかいのでビッグ1だ。安直だな。
高ランクの迷宮は多くの魔物がいる場所に出現する傾向があるので、前線以外では低ランク迷宮が稀に出る程度だ。
沸きたての小迷宮は階層が浅く中も単純な作りなため、前線で小迷宮が沸くと皆こぞって向かう。
早ければ早いほどいいからだ。
全ての迷宮の出現地域は予測不可能。
地震が多発するなど前兆がある場合もあるし、まったく前兆が無くいきなり現れることもある。
人間域で見つけたら基本的には即座に潰すのが基本になっている。
サウスタウンにある「ビッグ1」はメインシナリオに大きく関わる迷宮で、現状攻略は不可能と言われている。
侵攻中に発見されたこの「ビッグ1」、放置しておけばどんどん高位の魔物が出現する。
しかし攻略は軍隊や魔石を利用した『魔道兵器』をもってしても不可能だった。
人間はあえてこの手に負えない大迷宮の上に都市を開くことによって、定期的に魔物を減らしレベルを上げて侵攻を進めることにしたのだ。
事実上の封殺である。
また国営で迷宮ギルドを開き、冒険者に便宜を図ることによって魔物の数を減らし、定期的に軍隊で攻め込む手間を減らした。
魔石を買いとり人間全体のレベルも上がり一石で何鳥もお得だ。
また、親を亡くした孤児や国から義援金を受け取っているものは15になるとここで一定の働きをする義務がある。
ここでレベルを上げて、迷宮攻略に勤しんだり、軍隊に入って侵攻なり防衛なりをするのだ。
おかげで「ビッグ1」は冒険者のメッカとも言われていて、ここで名を上げ騎士や将軍になった孤児までいる。
長々となにが言いたいかというと、15にはその危険な迷宮に行かねばならないということ。
そのために自分を強化せねばならないのだ。
◇
最初の1カ月、街で店番や配達などの作業を繰り返し金を貯め、防具を購入した。
それからは街で募集されている定期討伐隊で槍を奮っていた。
実入りはなかなか良い。少なくとも街での小間使いに比べたら雲泥の差だ。
センタータウンでは戦闘要員は少ないため、俺のように15歳までセンタータウンに残るのを選択した孤児も仕事の機会が与えられる。
街に戻るとすぐに教会に駆け込んだ。
住人なら自由に閲覧することができる、『魔法図鑑』を見て、呪文一つ一つを間違えないようにゆっくり読み上げてその声帯と口の動作を登録する。
この『魔法図鑑』の存在は、先日討伐隊あがりの打ち上げで聞いたのだ。
この世界では呪文をいくら詠唱した所で、『魔法書』を使わなければ魔法を覚えることはできないのだが今は関係ない。
大量の呪文の詠唱をマスターすることと、ひたすら詠唱を繰り返すことで手に入る称号目当ての行動だ。
また、表記こそされないが、呪文にも熟練度に近いものがあるらしい、と前の世界のゲームのwikiで目にしていた。
きっと威力なり発動速度なりが上るのだろう。生憎と魔法など一つも身につけていないのでわかりようがないのだが。
今の努力は、これから先手に入るかもしれない『魔法書』の熟練度を先行投資で上げることにもつながる。
無駄は一つもないのだ。
「おや、今日もですか。毎日毎日感心ですね」
にこやかな笑みを浮かべる司祭。
表情こそおだやかだが、そでから除く手にはやけどの跡があり、司祭服越しにでもわかるような筋骨隆々な肉体。
この世界では聖職者さえ戦士なのだ。
「ああ、はい。どんな呪文があるのか知っておくことは無駄にはならない、ですよね?」
10歳がしゃべってもおかしくないように、話す内容には気を使っているのだが……やはり、どうもしっくりこない。
「良いことです。魔法は強力です。しかし、魔法にもそれぞれ弱点があります。
インターバルや連射性、軌道や射程など、知っておけばどんな状況でも落ちついて対応できるでしょう」
元々この司祭も、モンクとして回復役兼前衛で前線にいた人物なのだ。
今は怪我の後遺症で現役を引退しているが、今でも新人の教育をしており、聖書や前の世界の坊主の言葉なんかよりよっぽど説得力がある。
「あなたはとても利発な子だ。義務戦役を終え、何もすることが見つからなかったら私のところに来なさい。
聖職者としても、のし上がる力があると私は見ている。あなたの目は闘争に魅せられているきらいがあるが、こんな時代だ。
いきすぎなければそれはプラスにしかならないでしょう」
「はい、ありがとうございます、司祭さま」
困った時の就職先は助かるが、俺が宗教家だって……余りに柄でなく、ぶるり、と鳥肌が立った。
魔法図鑑に載せられている魔法を全て登録するまで、閉館ギリギリまで教会で過ごす日々は続いた。
◇
魔法の登録も終わり、仕事終わりは全て鍛練にあてていた。
マクロを起動し、まだゲームがゲームだったころ登録していた「最も理想的なフォームの素振り」を自動で行う。
武器の熟練度を上げるには狩り、または素振りをすれば良いのだが、ゲームのようにシステムアシストが無いため自分の力で素振りをする必要があるのだ。
その際、不格好に素振りをした場合と、気持ちのこもった綺麗な素振りをした場合、熟練度の貯まり方が雲泥の差なのだ。
まあ当然だろう。この世界はゲームかもしれないが、現実でもあるのだ。
このマクロ、速度の倍速もできるのだが、下手に倍速を上げ過ぎると体を痛めてしまう。
というか骨が折れてしまう。
体を壊さない速度で最も効率よく、武器の熟練度上げと体の鍛練を自動で行う。マクロ様様である。
さらに、マクロを起動している間は疲れを感じない。
メリットしかないように感じるが、あまり長く放置しすぎると、解除したとき地獄のような筋肉痛に襲われるので注意が必要だ。
そこに注意さえすれば、非常に優れた鍛練ツールといえる。
さらに並行して、「超高速で呪文を詠唱する」マクロを起動する。勿論これもマクロだ。
そして倍率を上げて再生しているのだ。
半日であごががたがたになってしまうがそこは我慢するしかない。
なぜ練兵場を使わないのか?
超高速で詠唱しながら異常に綺麗なフォームでまったく同じ動きの素振りをする少年、どう考えても奇異の目で見られるだろう。
これでもシャイなのだ。あまり注目されてもいいことはない。