28話 一時撤退
28話
一時撤退
スティルLv84
『"人工生命体/ホムンクルス" 造られし人外。物質を取り込み適合する
体質[早熟][吸収][適合]。能力[都合の良い半身:意識を記号の半身に移すことで、都合の悪い精神異常のみを軽減させることができる]』
『"融合生命体/キメラ" 混ざりし者。他者を取り込み融合する
体質[融合][変異]。能力[体内操作:自分の体内の、血流や臓器、細胞の動きを任意で操作することができる]』
「ス、スティル……?」
振りかえると、呆然とした様子のオクラがいた。
吸収器官で歪に肥大した左胸と、腕から二本、胴から四本生えた触手を怯えるような眼で見ている。
「ああ、オクラか……脅かすなよ」
「いや、おま、人間離れしてるとはいえそれは……」
「うるさい黙れ。今は説明している時間はない」
「光が爆発したりスティルに触手が生えたりもうなんなんだよ……」
混乱しきっているオクラには気の毒だが、本当に説明している暇はない。
早くここを離れなければ。
「愚痴は後だ。
体に欠損が多すぎてうまく動けない……俺を抱えて隠れられる場所まで退け」
「あ、ああ……」
オクラが恐る恐る、触手や吸収器官に触れないように俺の体を抱える。
なんだそんなに怖いか?
体の違和感と拒絶する感じが拭えないが、生やしてみると意外と快適なんだが……。
「おっと、忘れるところだった」
しゅるりと触手を伸ばし、そばに落ちていた自分と元ユージの鞄を拾い上げる。
(これはもう必要ないが……どうせだ、置き土産にしてやろう。
彼らにより多くの試練よあれ、ってな)
「ひっ」
「騒ぐな、あっちの岩場が乱立してる辺りに……」
「ああ、マキ、マキ……」
(ほら急げ馬鹿! あいつら出てきたぞ!)
「マキ、僕は、君の死をッ…………君のしてくれたこと、君の思いを、無駄になんてしないッ!」
(お、おおう。急かすな……)
「ありがとう、本当に……君と出会えてよかった。
君の分まで、精一杯生きるよ、マキ。
そっちで待っててくれ。僕や皆が死んでそっちに行ったら、皆でまた笑おう」
オリシュのよく響く声を背に受けながら素早く移動の準備を整える。
いくら石室の入り口からは死角にある位置にいるとはいえ、いつ気まぐれに出てくるかわかったものじゃない。
オクラが俺を抱え、俺は荷物を触手に引っ掛け、なるべく音をたてないよう、死角になる岩場と岩場の間を抜けながら、オリシュから離れた位置に移動する。
からからと小石が転がるたびに、オリシュ達がこちらに気づくのではないかと冷や汗ものだ。
普通に喋っても聞こえないであろう位置になんとか逃げ遂せたものの、"補正持ち"相手に油断はできない。
(っておい、あっちはなんかヤバそうなのがいるぞ!)
オクラの目線の先に目を向けると、そこにはホーン(角)ゴブリンの頭を鷲掴みにし、精気を吸い尽くそうとしているリッチの姿があった。
リッチ固有の能力ではない吸奪能力といい、使い魔扱いのソウルイーター、ソウルシーカーといい……あのリッチは生前ドレイン系の魔術をかなり修めていたのだろう。
「にげ……いや待て、よく見ろ」
ダークネスフィールドやグラビティコントロールなどの脅威に晒されてはいるものの、リッチを目の当たりにするのは初見だ……が。
「どう見ても半死半生、瀕死だろう、あれじゃあ」
右腕は根元から、右上半身と共にまとめて欠損、頭蓋骨は四分の一が欠け、身に纏う瘴気の衣も薄れている。
(いくら瀕死っていっても、リッチだぞ! 普通にしゃべるなよ声を潜めろ!
120レベルより下ってことはまずない、気当たりと存在の呪いだけで戦闘不能だって!)
普通に声を出してしまったため、リッチがこちらに気づいた。
ミイラのように変質し、人間の表情が辛うじて窺えるその顔には、明らかな愉悦の表情が浮かんでいる。
瀕死の人間が一人に、明らかに格下の人間が一人……奴からみれば体力の回復の生贄には最適な栄養だろう。
「FUSYURRRrrrrr」
背筋が凍るような呪いの視線――力ある魔の眼――魔眼。
体に重しを乗せられたかのような濃厚な気配、存在の呪い。
種族的優位と存在の格差を武器にすれば、中級者程度の冒険者相手なら、瀕死のリッチでも容易い……。
現にオクラは膝を尽き、ガタガタと震え、今にも武器を取り落としそうである。
おそらくオリシュに撃退されたのであろうこのリッチ。
先程瀕死にされた場所から、未だ十分な距離をとったと核心に至れない距離しか離れていないため、できるだけ静かに素早く補給を済ませたいのだろう。
音もなく近づき、その黒い瘴気を放つ骨の手をこちらに伸ばす――。
「GYO,GUO」
「おっと、大声を出すなよ」
がら空きになった胴に触手を四本打ち込み、痛みか驚きから、声を上げようと開いた口内に残り二本の触手をぶち込む。
「OGU,AGAU」
喉と胴の間をふらふらと彷徨う左手を、右手に持った水属性の槍で打ち据える。
……無茶な使い方をしたせいか随分とガタがきているな。
念のため、持参していた鋼鉄製の槍に持ち替えておく。
憎悪に満ちた視線をこちらに向け威圧してくるが、口に触手を突っ込んだその姿は滑稽でしかない。
「助かったよ、近づいてきてくれて。
この足じゃ、いくら回復してもすぐ動けるようにはならなくてね」
元が人間であるため、というより知性の高い魔物は人間の言葉を理解する。
俺の皮肉が頭に来たのであろう……一層重圧感が増すが、能力[都合の良い半身:意識を記号の半身に移すことで、都合の悪い精神異常のみを軽減させることができる]を発動した俺にはその程度の重圧は通じない。
これが元のレベルの31であったらさすがに辛かっただろうが、今は84レベル。
機械的な、否、記号的な半身に意識を切り替えれば精神汚染を拒絶するのは容易い。
スキル『足払い』を使うまでもなく、槍で足元をすくい上げ転がし、左手と地面を槍で縫いつける。
「さあ……俺の栄養になってくれ……」
吸収器官をフルに動かしどくどくと吸い上げる経験値を、体質[吸収]でロスを減らしできるだけ身の内に取り込む。
――あまりの力の巨大さに、絶頂など霞まんばかりの愉悦感に身を震わせ、意識が飛びそうになる。
「GIGIGGIGAGAGAGAGAGAGAGA」
「おお、おおおおっ」
思わず身を乗り出し、リッチの剥き出しになった左あばら骨を踏みしめながら、左手を刺し貫いている槍をぐりぐりと捻じる捻じる捻じる捻じる。
うまい、きもちがいい。
やはり奪うのは気持ちがいい。
奪われるのは気持ちが悪い。
力を手に入れるのは気持ちがいい。
奴らだけ、"補正持ち"だけが力を手に入れるなんて不公平だ。不平等だ。
くくっふはははは、お前らみたいに全部欲しいなんて傲慢なことは言わない。
これからも少しずつすこぉしずつ、力を得る機会をわけてねぇ。
■レベルが上がった。Lv84→Lv103
「すて、すてぃる……スティルやめろ落ち着け、迂闊だ、ここは迷宮内だぞ」
「くっふはは、ふふあははは。んん゛、ああ、あああ……大丈夫だ落ち着く」
深呼吸だ。まだ事は終わっちゃいない。
クールダウンしなければ。
「ふう、はあ、ふうう、はあああああ……。
すまん気が昂った。オリシュ一行に気づかれてないか?」
「いや、あっちはそれどころじゃないみたいだぞ。
間違って魔物寄せの粉でも開けちまったのか? パラライバット(麻痺蝙蝠)が何十匹も群がってやがる」
岩場から顔だけ突き出し、様子を窺いながら小声で話すオクラ。
興奮して考えなしに動いたことで、また傷口が開きそうだ……傷薬を飲み、塗り薬を塗りたくり、軽傷治癒を連続でかけていく。
「くっくくく、ごふっ、いかん笑うと傷口が……。
さっき俺が触手を使って荷物を拾ってただろう? その時ついでに、触手で適当に投げておいたのさ」
「あっちの一行も、お前程じゃあないがぼろぼろだな。
そこにひらひらと状態異常持ちの蝙蝠がまとわりつくてえと……悲惨だなあ。
相変わらずえげつねえこと考えるぜ」
「……といっても、レベル70台の魔物を何十匹と殺したんだ。もしかすればマインドフレイアもな。
少なくともレベル60、マインドフレイアを殺したなら70になってもおかしくない。
厄介ではあるだろうが、死ぬことはまずあり得ないな」
触手の接合点と、吸収器官の埋まった左胸から、ずーんずーんと鈍い痛みが増してくる。
(そろそろ限界か……。
――まだマインドフレイアを取り込める可能性はあったが、これ以上肉体が持ちそうになかったため仕方なく諦めよう。
欲を出しすぎると失敗する……今回は酷い目にあった……。
見返りが大きすぎて、同じ轍を踏みそうで怖いな)
細胞間の反発が強く長時間の接続はできませんとかなんとか、システマチックな声が聞こえていたのを思い出す。
細胞が拒んでいる器官を強引に繋ぎとめていただけなので、縛っている感覚を緩めるだけで勝手に触手と吸収器官が体内からはじき出された。
「ぐっ、ぐふおぉ……」
はじき出された場所から血が吹き出た……なんてことはないものの、剥き出しの血管がグロテスクだ。
苦労して首を動かし左胸を見れば、大きく鼓動を繰り返す心臓が薄っすらと見えている……。
今の俺を殺すのには剣はいらない、指で強く左胸を押すだけで十分だろう。
「どうしたすてぃ……うおグロっ、どうなってんだそれ、大丈夫なのか?」
ドン引きした引き攣った表情でこちらを見るオクラ。
心配するか引くかどちらかにしろよ……。
「だ、いじょうぶだ。ん゛んっ、っ……[体内操作]」
[体内操作:自分の体内の、血流や臓器、細胞の動きを任意で操作することができる]、キメラの[変異]やホムンクルスの[適合]を使い、ソウルイーターの器官に適した肉体を、元の自分の肉体に変異させていく。
ぐちょぐちょと蠢く肉と血管、見ていて気持ちのいいものではないだろうが……。
俺はそれ所ではない。体中から力が抜け、ひきつるような痛みが走る。
「うっぷ、ぎもぢわる……ぐろすぎるだろそれ……」
「……こっちはそれどころじゃねえんだよ」
ご主人様に向かって気持ち悪いってのはどうなんだ?
互いに不服を込めた眼差しを送りあう。
「しかし、その左腕は……絶望的だな」
同情と不安の籠もった眼差しで見られる。
不安は、これから腕の欠損した俺の下でどういう扱いになるかというものだろう。
「安心しろ……どうにかなる心当たりがある。まだできるか確証はないがな」
「……もうあれだな、驚きも聞きたいことも多々あるが、どこから聞けばいいかすらわからん」
驚きや呆れを通り越し、オクラのその表情には疲れしか浮いていなかった。