25話 上位の存在
25話
上位の存在
■スティル
隠れてずっと見ていたのだが、尋常じゃなかった。
何が尋常じゃなかったかというと、すべてが尋常じゃなかった。
(ユージ達のやることがダイナミックすぎる。100階層から敵を呼び込むなんて……素晴らしく斬新で狡い発想だ。
例え奴隷に堕とすのに失敗しても、殺してしまっても元は採れそうな作戦だな。
そしてなんだあの光は。"補正持ち"同士の共鳴? 目にしただけで心のざわつきが半端じゃなかった)
しかし不思議なことに、心がざわつくと同時に、もう半分の自分は明らかに冷めた目線で現状を分析し――。
それに引っ張られるように自分も落ち着くことができた。
「どういう理屈か知らないが、有り難いことだ」
そうこうしている内に味方同士で殺し合いを始めるユージ一行。
見れば、オリシュと魔物を閉じ込めていたディメンションウォールが解けている。
「……殺す……わけにはいかないか」
迂闊にも声を出してしまう。
戦闘不能にし、布を被せているユージ相手には大丈夫かもしれないが、あの錯乱しているユージの仲間の二人に気付かれるわけにはいかない。
(ユージが死ねば、彼が所有していた奴隷の所有権は遺産扱いとなり、登録している次期継承者……この場合おそらく、この場にいる同じクランの現代人に譲られるだろう。
その現代人が死んでいれば、奴隷は国保有の奴隷に戻る。普通に考えて奴隷階級に落ちた者が下剋上を狙える可能性を残すはずなどない。
この動きを"補正"が阻害するかもしれないからな)
その場合、また売りに出されることなどなく真っ先に国がその身柄を押さえ有効活用するだろう。
そうなるとオリシュ達がエルフ……キルエと言ったか、彼女を取り戻すのに苦戦する。
"補正"がその動きを阻害する可能性を考えて、念には念を入れて致死性のある攻撃を避けたのだ。
――余りにも無防備なユージに、彼の装備している煌びやかな装備品。
この手の出しようのない状況に、真っ先に逃げ出すのがベストというのはわかっていたが……思わず動きだしてしまった。
リスクはあるが、最小限のリスクでかなりのリターン(利益)を得られると判断したのだ。
この場に残って様子を見ることができれば、凄まじいメリットがありそうだ。
が、"補正持ち"に対する情報が少なすぎる現状、あまり欲を出し過ぎるのは良くないだろう。
正直この"実験"ともいえる、"補正持ち"との罠を含めた戦闘の情報、"補正持ち"の出鱈目さ……。
これが知れただけでも大きな収穫だったのだ。
なにより事態が急変し過ぎている。
正直ディメンションウォールが解けた時点で逃げなかったのも冒険だった。
(……このまま何も起きないでくれ、一分でいい!)
ユージから素早く装備を剥ぎ取る。
水属性の槍に、地属性の短刀、純銀製のナイフ数本に、何やら魔法の力の込められた30~40㎝程のバックラー(腕に装着する盾)。
アイテムが納められた袋、金品を担ぎ、いざその場を離れようと足に力を込めた瞬間。
『ダークネスフィールド(暗黒空間)』
魔物、おそらくリッチかマインドフレイアが発動した魔法で、辺り一帯が墨汁をぶちまけた様な闇に包まれる。
ステータス、称号共に優れているが、レベルが31と低いため、余りのレベル差にほぼレジスト出来ずにまともに食らったのだ。
誇張無しに目と鼻の先さえ見えない。
(なんて密度の暗黒魔法だよっ。ちぃっ、足場が)
一瞬足が止まり、全力で闇雲に逃げるか、攻撃に備えてその場に身を投げ出すか躊躇する。
――――その一瞬の躊躇が命取りとなった。
『マインドブラスト(精神爆破)』
『グラビティコントロール(重力制御)』
「くっ……はぁあ……」
マインドブラストにより、脳内を熱した鉄の棒でかき回されるような悶絶を、痛みを、苦しみを多重に味わう。
また、リッチの手元で膨大な魔力が編みこまれた、またはぶち込まれた重力制御の魔法が、驚くべき力で辺り一帯――勿論俺の体も――を引っぱり、発動者の元へ連れて行こうとする。
まだ距離が遠くてよかった、これで距離が近かったら下手すれば精神崩壊のみで死んでいたかもしれない……。
痛みを堪え、無様に手足をばたばたと振り回すが、しっかり掴まれるような突起や踏ん張りのきく壁があることもなく、容易く魔物の群れの元に引き摺られてゆく。
「が、くそっ、欲を出すべきじゃなかった……あ゛ぐっ」
自分の持っていた荷物にユージから奪い取った荷物が体に叩きつけられる。
だが今はこの荷物の重さで少しでも引き摺られる力を抑えたい……背に腹は代えられない。
そして、リッチやマインドフレイアに近づけば近づくほど悪寒がどんどん増してくる。
ディメンションウォールが解けた今、リッチやマインドフレイアが持つ"存在の呪い"を減衰させるものはない。
「まずい、まずいまずいこのままじゃまずい」
自分が装備していた槍と、ユージから剥ぎ取った槍を両手に装備しどこかにひっかからないかと振り回す。
すると、左手に持ったユージの槍に何かにうまい具合に引っ掛かった。
「GIGYAGUAAAAA」
「ち、くそったれがついてねえ!」
おそらく解放されたソウルイーターかソウルシーカー……実体があるからソウルイーターだろう、こいつに槍が刺さり引っ掛かったのだ。
視界の暗さに相手の形態すらわからない。
『ヘヴィスラスト』
右手の自前の槍をソウルイーターに引っ掛けなおし、左手の水属性の槍を使った、重く力を込めた刺突スキルがソウルイーターの胴体辺りを深く貫く。
「GUOOOOOOOOOOOOO」
鍛練で両利きにしていて良かった……というかこの世界、どちらの手でも武器を扱えない戦士の方が数少ないのだが。
左手をしっかりホールドし、リッチやマインドフレイアよりはこっちのほうがマシだとその場に留まる。
そして右手の普通の槍でソウルイーターの頭のありそうな……先ほどからでかい声が聞こえる辺りを滅多刺しにする。
このまま勢いで押し切れるか……と思った矢先、
「かっ……はぁ゛ああっ」
右腕と胴体に抉られるような激痛が走る。
体勢を立て直したソウルイーターの触手が突き刺さったのだ。
まともに体が動かせない……どころか、どんどん力が抜けていくではないか。
「ぐ、これがドレインか……」
体から精気が抜かれていく感覚……朦朧とするような速度で魂の力(経験値)を吸われる。
ソウルイーター自体が尋常じゃないほどの格上で、さらに100階層の魔物に憑依しているなど、そもそも不意打ち以外で倒せるはずがなかった。
あれだけ、油断はしないと思っていたのに、事ここに至って冷静に思考ができないとは……そもそも100階層レベルの魔物に今の段階で太刀打ちできるはずがなかったのに。
(オリシュ達"補正持ち"があまりに普通に戦うから、俺も太刀打ちできるという幻想を見てしまった!
俺なんて、ただずる賢いだけの一般人だというのに……!)
「ぐっ……あぐぉ、くそったれ……いっ、でぇ゛ええ゛えええ!」
だったらどうするのが最善だったのか、そんなこと考えている暇もない。
貫かれた右手の槍を放り捨て、右腕を無理矢理捻じ曲げなんとか触手をホールド、マクロで固定……これで、左手が使える。
その間にも、体から精気が抜かれていく、力が吸われていく、たすけ、やめ、やめろ、
「くったばおれえええ゛ぇええ゛え!!」
『五段突き』『偽五段突き』
左手の水属性の槍が数多に分かれソウルイーターを滅多刺しにする。
スキルを選んでいる余裕などない……手数で、削る、削る、削れろおおおおおおおお!
間にあった触手が数本千切れ飛び吸引の力が弱くなる。
『偽五段突き』『偽五段突き』『偽五段突き』『五段突き』
何度も何度も、例え弾かれようと強引に体勢を立て直し突きだし続ける。
「ぐ、ギ、がぐあっごアァああ゛あ゛あ」
疑似スキルの合間の、正規のスキルの間はマクロでない為普通に痛覚が反応する。
左手が焼けつくように、千切れるように痛む。
まさに筋肉の筋が千の数ほどにばらばらになるような痛み、熱い熱い熱い熱い熱い。
ばちんばちんばちんばちんと次々に鳴る何かが千切れる音。
おそらく筋肉が完全に千切れてしまったのだろう。
『偽五段突き』『偽五段突き』『偽五段突き』『五段突き』『偽五段突き』『偽五段突き』
腕が湿っている、顔にびちゃびちゃと温かい汁がかかる。
ああ血だ、血液だ。
筋肉が千切れ肉が裂け、うまく槍が固定されず穂先はぶれ放題……与ダメージはどんどん減っているだろう。
しかし関係ない、ダメージが通ればいいのだ、殺せればいいのだ、死ね、死ね、死ね死ね死ねしねしねしねしねしねしねしねしねしね。
腕が破損し過ぎて掌に力を入れることがますます不可能になり、血に濡れた手から槍がすっぽ抜ける。
……気付けば、ソウルイーターはずたぼろに穴だらけになっていた。
それでも律儀に『偽五段突き』の動きを再生するマクロを何とか思考で停止する。
「は、ははは、ふっくくく」
いつの間にかグラビティフィールドによる吸引は収まっているようだった。
途中でなにか光や戦闘音が聞こえた気もしたが、そちらに意識を向ける余裕があるはずもない。
(やった、やったやってやった……。
なんだなんなんだ、こんな化け物をさくさくと倒す40レベル代のあいつらはッ!)
怒りが沸いてくるが、今はソウルイーターを殺したことで、吸いこまれていた自分の力(経験値)が戻ってくる感覚に酔いしれる。
そして100階層のレベルが100に近い、少なくとも70レベルはあると思われる魔物を倒すことによって膨大な経験値を得、レベルが2~3一気に上がった気がする。
「ハハははははは! やってやったぞ!」
そしてなにより! 目の前にぐちゃぐちゃになったソウルイーターが……。
そう、ソウルイーター"たったの一体"の屍がそこにあった。
その周りには十数体ものソウルイーター、ソウルシーカーが蠢いていたのだ。
「あ、あは、くっふははは……だ、めだこり゛ゃ」
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スティル:Lv31→33