22話 先達の陰謀
22話
先達の陰謀
「ああ、こちらも聞きたいことはあと一つだけだ。
お前らはエルフを買ったり、尾行したり、なにがしたいんだ。
主人公とやらのイベントを利用したいのか? そんな簡単に奴らを手中に収められると思っているのか?」
そう、元々気になっていたのはこれなのだ。
「そうだね、簡単なこととは思っていない。
一度顔も武装も変えた状態で、物盗りに見せ掛けて襲ってみたことがある。
驚いたね、相手はよくても30~40代レベルでこちらは平均80レベルなのに、倒しきれなかった。
こちらの不意打ち、必殺の一撃は常になんらかのイレギュラーで阻害され、あちらの一か八かの特攻は常に成功する。
何かに、ファンタジー風に言うなら、世界にでも守られているかのようだね」
「…………」
「しかしこれは不可能ではないと思っている。
……なぜなら、僕たちは現に手に入れているじゃあないか、あのエルフを」
口元を醜悪に歪め、欲望に染まり切った顔つきをしている。
ああ、知っている。
この顔は優越感に浸り切った顔だ。
「ああ、その通りだな……。
そして彼らを奴隷に、支配下に置くことができれば、罠に嵌めて奴隷に落としたという汚名を軽く雪げるほどの力が手に入るだろう」
さらに口が軽くなるように、合いの手をいれてやる。
……この様子だと別に煽てるまでも無く勝手にしゃべりそうではあるが。
きっと誰かに、外部の人間に誇り偉ぶりたかったのだろう。
そして俺は、"補正"についてわかる現代人であり、現時点でこいつらに対抗できるだけの力など有していない。
「ふ、っあはは、あっはっははは! そう! そうだよ!
考えても見てご覧よ! この世界の英雄になれる可能性を持つような存在が、僕の命令に従う様を!
命令を与えて適当に迷宮に放り込めば、勝手に強くなってアイテムもごっそりと持ってくるだろうね。
奴らが積極的に戦おうとしなくても関係ない、奴らには、勝手に強敵が群がるんだから!」
「…………」
「後はレベルが上がった彼らを使って僕たちもレベルを上げればいい。
わざわざ最前線に飛びこむまでも無い……。
イレギュラーが起きてもなんとかなる、完全に安全マージンがとれる狩り場なら、死ぬことも無いだろう。
一度奴隷階級に堕ちれば、ご主人様が解除しない限り、奴らはその所有者が変わるだけで、ずっと奴隷のまま!
僕が死んでも所有者が変わるだけ……。
意地でも僕たちを排除しなくてはいけないような真似をしなければ、安易に僕たちが死ぬなんてイベントが起きることもあるまい!」
ユージは笑いを堪えきれないのであろう、終始口角を釣り上げたまま、興奮気味に捲し立てた。
その姿を見て、ただ滑稽だと笑うことはできなかった。
結局、俺もこいつも臆病者だということだろう。
虚勢で己を隠し、本来勝てない相手に駆け引きで勝ろうとする。
俺の方がポーカーフェイスが上手いだけで、精神的に摩耗するのは俺もこいつも同じだ。
確かに、俺も"補正持ち"を利用することは考えた。
"補正持ち"というものを嗅ぎ取ることのできる力……生憎俺だけの力などではなかったが。
これを如何に利用し、この争いの絶えない世界でのし上がり、贅を尽くした生活を送るか。
いやもっと単純な話、"力"を手に入れる、この全能感をどれだけ得られるか、人間の際限ない欲望をどれだけ満たせるか……。
"力"の象徴たる彼らを手中に収めれば、と。
――しかし本当にそうなのだろうか、俺は何も確信を得られる情報など得ていない。
まず"補正"というものは御し得るものなのか。
逆に、そんなに"補正"というものは強力なのか。
ユージ……先行組の話を聞くことで、「外部から操作を受けている可能性」を知ってから、今までの曖昧な基準が信じられなくなっていた。
そもそも、俺は"主人公補正"を持った人間の『圧倒的な力』という物を見たことが無い。
勝手に絶対的強者として見ていたが、その確信を得るだけの出来事があったわけではないのだ。
確かに俺の心の中には、彼ら"補正持ち"は非常に強力であり、容易く人の心を動かす――愛憎は問わず――力があるということは、人間に三大欲求があるということと同じ程度に近い確信がある。
彼ら、"補正持ち"のことを考えるだけで、燃え滾るような感情のうねりに捕われそうになる半身。
しかしこれは明らかに与えられたもの、否、押しつけられた考えだ、理性的に理論的に考えろと、俺の冷静な半身が囁く。
俺の頭の中にある"補正"とは、人の手に負えないものだとは思えないが、そう簡単に下せるものとは思えない。
今は冷静に様子を見るべきだ、目の前に丁度いいテストケースがいるではないか。
後手を取ることにはなるが、相手(補正)の戦力分析、明確な情報を知ることを今はなにより優先すべきだ。
「……聞きたいことは終わりかい?そろそろ行かせてもらうよ。
わかっているとは思うけど、手出しは無用だ。
君の保有する戦力は把握した上で、下手に探られてオリシュ達に感づかれるの避けるためにこうして接触し、色々喋ってあげたということを忘れないようにね。
――まあ、何もしないのは歯痒いだろうし我慢もできないだろう?
覗き見るくらいは見逃してやってもいい……僕らの、栄達への第一歩をね」
「ああ、是非参考までに拝見したいものだ」
ユージは俺の言葉が終る前に、さっと身を翻してしまった。
わざわざこうしてこちらに話しかけてくるようだし、おそらく今日は様子見、もしくは作戦のチェックだろう。
念のため、ユージ一行が去った後、今日回った階層で罠が仕掛けやすそうな箇所をチェックしておくことにしよう。
膨大な敷地面積のため気休めでしかないが、しないよりはマシだろう。
……できれば決行は、新しい武器が出来上がる二日後以降が望ましいのだが、そう都合よくいくかな。
■翌日
ユージとの初接触の翌日、オリシュ一行が迷宮に向かったという報告を受け、先んじて30階層に侵入していた。
今日は狩りをするつもりはないので、荷物持ちのおっさんは置いてきている。
情報屋……と言ってもそんな本格的なものではなく、孤児や浮浪者十名程を小間使いにしている男にオリシュを見張らせていたのだ。
一端の偵察能力を持つ情報屋を長い時間拘束しておくのは金がかかるし、むしろユージが雇っているであろう情報屋とのバッティングが怖い。
ただそこにいて、詳しい情報を詮索せず――といってもする能力がないのだが――外出時の装備を報告してくれるだけの存在の方が有難いこともある。
俺が監視していることをオリシュ一行に気付かれ、それが彼らの警戒に繋がれば、ユージ一行は俺を排除することを躊躇わないだろう。
あくまで、さりげなく覗き見ることだけは黙認してやるということだけであるし、その言質もどこまであてになるかわからない。
極力どちらサイドにも気付かれないのがベストだが……まあ、来るであろうと予想しているユージを誤魔化せるとは思えないが。
「オクラ、お前は隠密が下手すぎる……というか図体がでか過ぎる」
「なんだ、じゃあ俺は待機か?」
オクラは憮然とした顔をしている。
「いや、正直何があるかわからない。昨日の調査でも特に何も分からなかったしな。
だからバックアップに入れ……『離れて潜んで様子見、もし俺が活動できない状態になったら、隙を見て俺を担いで逃げろ。その後回復だ』」
服従の首輪の効力を発揮、念のため命令にしておく。
なんとなく首の下、鎖骨付近に入れられた入れ墨を撫ぜる。
個人認証などに使うこの入れ墨だが、奴隷に対する命令権や、所有物や権利などの登録も模様や文字となって組み込まれているのだ。
奴隷に刻まれる入れ墨には、『主人の命令を聞く』という魔法という名の呪いが組み込まれている。
この技術は国が保有し厳重に保管している門外不出のもので、奴隷登録した名簿も厳密につけられている。
もし国が関与していない奴隷がもし見つかれば、おそらく国を挙げての一斉捜査が行われるだろう。
それだけの価値が、危険度がある技術だ。
この奴隷の所有権の譲渡や、奴隷化の解除自体は個人で行うことができるので、分不相応な奴隷を持つものは当然狙われる。
「おう了解だ。
任しとけ、どうせお前以外に所有されてもまともに扱われるなんて思ってねえよ。
命令を婉曲的に取ったりしねえと誓おう。その代り……な?」
相変わらず自分の欲望に忠実な奴だ。
思わず口元がにやけてしまう。
オクラが言ったように、奴隷は命令に従うようになっているのだが、その命令内容を婉曲してとって逆ったり、持ち主の意図していない行動をとることもできるのだ。
「は、ほんと正直な奴。
上手くいったら酒でも女でも買ってやるよ。まあ直接的に何か手に入るかは……正直望み薄だが」
今回のことは、稼ぎというよりも情報収集、もといこれからの方針を決めるための行動だ。
「それじゃあ、適当に散って様子見しとくぜ」
「ああ、頼んだ」
潤沢に買い込んだアイテムを分けて持ち、解散した。