21話 先達との会話
21話
先達との会話
「返事はどちらでもいい。君は来訪者だという前提で話を進めさせてもらうよ。
駆け引きをする時間が惜しいからね」
それは言うまでも無い……が、わざわざ確認することで底の浅さが見えてきたな。
黙っていると勝手に話を始めた。
「こちらから、先んじてレベルを上げた立場から情報を多少与えてもいいと思っている。
勿論、素直に問答に応じてくれたらと言う前提はあるがね……そちらのオクラ君は、どうする?」
随分と上から目線だな。
まあ今現在俺が下の立場にいることは明白だが。
「オクラ、少し外せ。ゲート付近にいろ」
「おい、でもお前……」
「ふん。随分と舐められているようだが、俺も軽く見られたものだ。
まあどちらにしろだ、こいつに俺への害意は無い。まああっても、即座にやられる程落ちぶれちゃいないさ」
「……わかった」
オクラが、ちらちらとこちらを気にしながらゲートへ向かって歩き出す。
即座にやられないというのは、なにも完全にブラフというわけではない。
初撃にさえ反応できれば、歩行称号と武器スキルで距離を取るくらいはできるつもりだ。
「続けろ」
「ふうん、隠し玉でもあるのかな?……まあいい。
まず始めにこれだけは聞いておかなければならない。現実にいた頃の国籍と、生業……職業はなんだった?」
その質問をした瞬間、ユージの体が緊張感で溢れたように感じた。
なんだ、こいつは何にこんなに過敏に反応している。警戒している?
「質問の意図を聞いてもいいか?」
「だめだ。先に答えて貰おう。
その後無条件にある程度まとめて話をしよう。その話にどれだけの価値があるかはわかるだろう?
だから今は素直に答えてくれ……僕たちと本格的に敵対したくなければね」
ぞわりと肌を殺気が舐める。
目が本気だ。
刺すような視線が、こちらの僅かな動きすら見逃すまいとしていた。
「……日本なら、問題ないんだろう。
職業も自衛隊などには属していなかった。一般職だ」
「そ、そうかい。……その回答に」
「嘘は無い。言いたいことはわかった。
殺人鬼だな」
ごくり、生唾を飲み込む音。
ユージは目を白黒させながら、脂汗をびっしょりとかいている。
「き、君は、どこからその話を」
「おいおい、早々に余裕の化けの皮が剥がれているぞ。
推測に推測を重ねただけだ。
特殊覚醒称号は……現代人の経験から、能力が与えられる……といったところか?」
間。
沈黙。
しかしその静寂が解答と同義だった。
「そもそも、5年前、10歳時点でサウスタウンに来た人間の数が少な過ぎると思っていた。
勿論安全策を取って軍隊に行ったものも大勢いるだろうが、それにしたって話を聞かな過ぎる。
それで警戒しながらする質問が、まず国籍。それに殺人鬼の噂を聞いていれば、頭が回る奴なら大抵気付くぞ。
……気張り過ぎだ」
「う、うるさい! 念のためだ、日本の高校生までの常識的な問題を出す。答えてくれ」
それから、有名な都道府県の県庁所在地や、独特な伝統文化の質問をいくつかされ、そつなく淡々と答える。
十数回程やり取りを繰り返すと、ほっと脱力したように気を抜いた。
「はあ、良かった、本当みたいだな」
「暗黒大陸は日本国産MMOだった筈だが……。
なんだ、軍属だったり大量殺戮犯だったら殺人鬼の称号を得るとか、そういうことでもあったのか?」
「そう、そうなんだ! 詳しい話は聞いてない……聞いた奴はいたみたいだが、死んだ。
そいつに、正気を失った殺人鬼に殺された」
「正気を失う? バーサクモードってか?」
「かもしれない……。50レベルになって、自分の称号の名前を、殺人鬼と言って、急に僕らに襲いかかりだしたから。
僕らは20人近くいて、全員で徒党を組んでレベルを上げていたんだ。
20人だぞ!? 50レベル以上は13人、その内5人は70レベル代だった……その大半を殺されながらなんとか殺した。
とどめを刺した、僕が、この手で」
「落ちつけ。深呼吸をしろ」
目をぎょろりとさせ、錯乱しているのか、吐き捨てるように喋り方だ。
そのまま錯乱気味で居てくれた方が情報を引き出せそうではあったが、この調子だと身に危険を感じる。
一旦落ち付いてもらわねば。
「だいじょうぶだ、だいじょうぶ。
……兎に角だ、50レベルに到達していない現代人で、不審な経歴な者には十分に注意が必要だ」
「そいつの、殺人鬼の経歴はどうだったんだ?」
問題はそこだ。
「アメリカから、仕事を引退して移住してきたとか言っていたのを聞いた人間がいる。
軍隊で、ミサイル発射のボタンを押したやら、戦闘機に乗っていただのぼやいていたらしい。
真偽はわからないが、関連性を鑑みるに、大量に殺したことには変わりが無さそうだろう?
それで、軍隊に所属していたものには兎に角無条件に警戒をするように、場合によっては50レベルになる前に、戦闘も辞さないつもりだ」
「なるほど、な。
お前は吟遊詩人と聞いた。歌関係の仕事でもしていたのか?」
「ん、ああ、仕事ということでもないが、バンドをしていたんだ」
少し表情が明るくなった。
きっと好きだったんだろう、歌が。
「他に、旅行が趣味で、観光地や遺跡……といってもピラミッドなどだが、に行ってたやつは考古学者になっていた。
医者や看護師など、医療関係の仕事をしていた奴は、治癒師。
読書が好きな奴は賢者になっていたな。というか、特に何もしてなかった奴は大抵が賢者だった。
ああでも、本当にニートみたいなやつは一般の職業……戦士だったり、魔術師だったりしたやつもいたな」
「随分と軽い条件だな。読書好きで賢者?」
「ああ、おそらくだが、この世界からすれば現代は相当本など読みやすい環境にあるだろう?
こちらの世界基準で決まるようだ、というのが僕たちの中での定説。
知り合いの、創作料理を出していた居酒屋の料理長をしていたやつは、食の求道者という変わり種もいたな」
「……なるほど、な。それなら納得できる」
「ちなみにだが、50レベルになる前でも前兆はある。
例えば僕だが、明らかに歌が上手くなっていた。
幼いころから、といってもこちらに来てからの幼少期だが、僕の歌は魅力があったみたいでね、それで小金を稼いだこともあったな」
照れたように顔を赤らめながら、聞いてもいないことを語りだした。
「他にも、魔法書を読むのが明らかに早かったり、読むたび時間が短縮されたり……これは賢者だね。
治癒師になった人間は、元から応急手当が異常にスムーズだったり、手当てされた場所の治りが異様に早かったりね。
といっても十分常人の範疇だから余り当てにはならないけど」
二冊目の魔法書を読むスピードがいきなり上がったということは賢者だろうか。
いやそれでは魔法書を感じ取れるのは……これも賢者の効果?
「賢者と言うのは、マジックアイテムや、魔法書の判別は得意になったりするのか?」
「……ん、いや聞いたことが無いな。今のPTに賢者がいるけど、純粋に司祭の上位版といった感じだ。
特殊覚醒といっても、確かに使いようによっては強力だけど、そんなにたくさんの効果があったり、圧倒的な力があるわけではないよ。
期待させ過ぎたならすまないが」
どうやら賢者ではないらしい。
「いやいい」
「大分まとめて話したろう。そろそろこちらから聞かせて貰おうかな。
君は、今オリシュのPTにいる、クーシャとナイトの二人に接触していたね。
偶然? 故意に?
……情報屋から集めた君の情報を統括すると、どうも故意に接触、もしくは接触後はある程度の目的を持って対応をした感じがするんだよね」
表情筋が反応しないように、理性を全力で働かせる。
こちらに来てから、ポーカーフェイスが随分と上手くなった気がするな。
やはり気付いているのか、こいつも。
センタータウン出身の馬車に乗った同郷の15人も、容姿には釣られたものの、"補正持ち"と気付いた様子はなかった。
そのことが、俺の周りで完全に"補正持ち"に気付いているのは俺だけだという誤認識を生んでいたのだろう。
いつも自分に、「自分は特別ではない凡庸な存在だ、調子に乗ってはいけない」と言い聞かせていた割に、無意識に随分と特別扱いしていたようだ。
「僕たちは主人公やら、登場人物と呼んでいるんだけれどね。
明らかに不自然な、ステータスの域を越えた力を発揮する人間や、やたらと事件に巻き込まれる奴がいた。
しかし周りは特にそのこと自体に強い違和感を覚えていなかった。
それは僕たちも同じで、最初は何も感じていなかった……が、50レベルになった時点から違和感を覚え始めたんだ」
最初は、何も感じていなかった?
「ちょっと待て、最初は何も感じていなかった?」
思わず聞き返してしまう。
ユージはにやりと笑った……くそ、不用意だった。
「その様子だと、やっぱり気付いていたようだね」
「ちっ、それで、どうなんだ」
「……ああ、魅力は凄く感じていた。
僕は魅力的な人間だなと、なんとなく目が惹かれてはいた。
PTメンバーには、鼻持ちならない気にいらない、と言ってる人間もいたけどね。
それはまだ常識の範疇というか、なんとなく気になる程度でしかなかった。
だが、50レベルになって特殊覚醒称号を得てから変わったんだ。
感覚が濃くなったというか、感度が上がったというか……。とにかく、違和感があると感じるようになった」
どういうことだ?
始めから違和感を抱いていた俺はおかしい、のか?
魔法書の早期習得に、判別、そして"補正持ち"への気付きの速さ……。
だめだ、共通点が無さ過ぎる。
「だが君は、明らかに50レベルに達する前から、登場人物達に気付いて行動していたように感じた。
15歳のセンタータウンから来た孤児について、情報屋から情報を買っていたんだけど、たまたま君の状況に気がついてね。
だから詳しく調べさせていたんだよ、情報屋に。
君はまた特殊な職業なのかもしれないと思って、念のため接触を控えていたんだけど。
今日君達がついてくるのに気が付いて、どうせなら今の内に接触しておこうと思ってね。50レベルになる前に一度は接触してみようと思っていたし。
どうだい? さっきの感覚であったり、人と違うことの原因になる様な心当たりはある?」
「……なんとなく行動していたが、違和感はあった。
原因は思い当たらないな」
心当たりはなかったが、"補正持ち"についてはかなりはっきりと気付いていた。
だがそのことをわざわざ教えてやるつもりはない。
「これは確認だが、お前らが奴隷市場で孤児を良く買っていたというのは、特殊称号狙いか。
殺人鬼みたいな異質な者が怖いから、味方に引きこむようなことはせずに、奴隷としてなら……といったところか」
「確認ねえ、まあ今回はサービスってことで、それでいいよ。
概ねその通りかな。普通に味方に引き込むのはリスクが高過ぎるからね。
奴隷なら隷属の力で封じ込めることができるという話だし。
その場で殺したから詳しくはわからなかったが、殺人鬼を発動した奴は尋常じゃなかった。
動き自体はレベル相応なのに、傷口は広がるし防御を付きぬけて急所に当たるし……。
もう二度とやり合いたくないね」
「……ん? その言いぐさだと殺人鬼ってのは他にもいたのか?」
「ああ、言ってなかったっけ。特殊覚醒称号ってのは一応この世界の住人にも発生するんだよ。
ただ、尋常じゃ無い下積みと、才能……といっても何が必要なのかすらわかってないけどね。
サウスタウン最前線で有名な、『戦う料理人』は食の求道者らしいしね」
なんだその漫画に出て来そうな肩書は……。
思わずげんなりした顔をしてしまう。
「……これだけ話して確認で済まされるのも癪だけど、約束は約束だしね。
次の質問は? ちなみにこれでラストだ。
勝手で悪いけど、情提供量はこちらの方が多いんだから勘弁してよ」
「ああ、こちらも聞きたいことはあと一つだけだ。
お前らは主人公とかいう、特殊な存在と気付いた上で、エルフを買ったり、オリシュ達を尾行したり……目的はなんなんだ?
主人公とやらのイベントを利用したいのか? そんな簡単に奴らを手中に収められると思っているのか?」
そう、元々気になっていたのはこれなのだ。