17話 罪人、罪人を嘲笑う
17話
罪人、罪人を嘲笑う
迷宮ギルドの扉を勢いよく開く。
壁にぶつかり、予想以上の音を立ててしまった。
「建付け悪いなこの扉、騒がせて申し訳ない」
「しょうがないでしょう、丁度今のあなたみたいに乱暴に扱ってくれちゃう荒くれ者ばっかりなんだもの。
いちいち替えてたらいくらお金があっても足りないわ」
アッシュブロンドの長髪の、切れ長な目をした女が不満そうな目付きでこちらを睨んでくる。
この人が噂に聞く、美人ギルド長ってやつだろう。
「おお、スティルおせえぞ!
貰った金分もう飲んじまった!がっはっは……は? なんだそのフン縛った奴ら」
「あら、あんたが噂のオクラのご主人様?
オクラが自発的に動くなんてどんないかついおっさんかと思ったら、随分かわいい子じゃない」
流石に冒険者の中でもとびきり荒くれ者の多い、迷宮ギルドの経営を任されているだけある。
表情一つ変えないどころか、反応すらせずこちらからの報告を待っている。
「1階層で待ち伏せされていたらしく、襲われたから叩きのめしてやったんだ。
はい、全員分のギルドカード。記憶読みとりよろしく」
「1階層でだなんて大胆だねぇ。あんたらそれだけ度胸があるなら真っ当に迷宮に潜りなさいよ」
「人間は怖いね。魔物なんかよりずうっと怖い。
……ギルド規約では、強奪、殺傷を返り討ちにして捕獲したら、相手の財産全没収に加害者を奴隷化できるんだろう?」
そう、相手が人間に害をなす存在でも、魔物と戦うこの国にとって無駄にして良い命はない。
もし被害者が加害者を返り討ちにしても、普通なら皆殺しにする。
漫画やアニメのように情けを掛けて命を助けても、後で逆襲される可能性がある、というより限り無く高いからだ。
そこで利点を設けることで、手間をかけてでもできるだけ生かしてもらおうというのだ。
「ぐ、くそっ……いやだ、奴隷はいやだ」
「………………」
「す、すまなかった、ごめんなさい、スティルさん、勘弁してください!
俺達同じ孤児仲間なんだ! 生きるのに精いっぱいで、わかるだろ!?」
「だ、だずげで……ごべんだざ……ごめんなざい……」
30階層の2人は俯き沈んでおり、同郷の2人は必死に哀願している。
「――こう言ってるみたいだけどどうするんだい?
……あっはは、その顔じゃあ聞くまでもなかったかね」
にやにやと嫌な笑顔で問いかけてくるギルド長。
「当然だろう。とっとと首輪をつけて貰っても? 雑音が耳障りだ」
「ぐは、がっはっはっはっはっ! 見たかお前ら!こいつがオレのいかしたご主人だ!」
「うははっは、おいおいまじで元孤児かよそいつ!すげえなおい!」
「いかしたガキじゃねえか!」
「最近のガキはこええなあ……」
「おいお前なんつったか……まあいい来いよ!一杯奢ってやるぜ!」
オクラが予想以上に盛り上げておいてくれたようだ。
自発的にここまでしてくれるとは、2倍の額を出してもまったく惜しくないいい買い物だった……今夜は娼婦でも呼んでやるか。
「ああ、ご相伴に預かろうかな」
◇
「――しんどい」
散々浴びる様に飲まされて、その場にいた全員が大方潰れるか解散すると、ギルド長がいるカウンターに座った。
「――で、あの奴隷はどうするつもりだい?」
「っぷあ、ああ……失礼ギルド長」
「オーサよ。スティル君。
散々飲まされていたものね……でもあんた、強烈な酔い覚まし飲んでから酒飲んでたでしょ」
「ああ、やっぱり分かる人には誤魔化せないもんだね。っていっても、あれだけ飲めば酔いも回るよ」
「ふーん、どうだか」
「まあそれはいいじゃないか。あいつらだけど、全員売るよ。手続きと仲介よろしく」
「へえ、あんたのPTって2人だろ? 使い勝手のいい奴隷を手放しちまっていいのかい?
40レベル代が二人追加されたら随分稼げるだろうに」
「足手まといはいらないね」
ギラリと、オーサの目が鋭く光る。
「――ふうん、どうにかする手段があるのね。人手か、火力か」
「…………。
あそこに寝てるやつらのツケで、一杯頼むよ」
見た感じ若く見えるが、全てを見透かされているかのような、百戦錬磨の風格を感じる。
――俺程度の小物の小細工など意味をなさない、絶対的な格差。
やはり経験というものだけは誤魔化しようがなく、自らの手で積み上げるしかないのだろう。
「……はい、手続き終了。
奴隷販売の手数料に代理手続き代金を抜いて、奴隷市場で実際に売れた値段の6割か、即金がいいなら予想売り値の5割ね。
どっちがいいかしら?」
丁度いい、センタータウンの倉庫にぶち込んである、うかつな冒険者達のなれの果てから剥ぎ取った、大量の装備品をまとめて整理するいい機会だな。
大量の装備品を持っていることで目をつけられるのを避けるため、極力装備を売るのを避け隠し持っていたが、このどさくさに紛れておくか。
……しかし、普通ならはっきり言ってこんな出所の怪しい大量の装備を売ろうとすれば色んな所から難癖がつくだろう。
今回はギルドと交渉をして、気のきく相手として認識してもらういい機会だ。
そのために、儲け分の一部はギルドに流れるように譲歩した交渉を行わねばならない。
――私はギルドに利益をもたらします、というパフォーマンスの様なものだ。
「相談ごとに乗ってくれるなら、即金で5割の方でいい」
「予想売り値自体が実際より低め出し、前者から見たら累計で2~3割は損しそうだけど、いいの?」
「随分と優しいじゃないか、そんなことをわざわざ教えてくれるなんて」
「ふふ、あなた面白いんだもの……気にいったの。
そうね、正式な値段は明日にでも通知されるけど。
……私の見立てだと、40代の2人が20万と18万G、新人2人が7万と3万Gってところね。
半値で24万」
「あんたの見立てなら信用できるだろう。
それとこいつらの持ってた装備品、良質な物以外全て下取り、いくらになる?」
武器は摩耗する。良質な鋼鉄を使った武器は予備の武器として極力取って置くことにしている。
「そうねえ、割と状態はいいから、ひいふうみい、6万とちょっとってところね」
「……随分と買い叩くな。フルプレート(全身鎧)があるんだぞ」
全身を隙なく覆うことのできるフルプレートメイルは大変高価だ。
装着した際の隙の無さと、生存率を考えれば当然である。
その分非常に重いが、ステータスのあるこの世界ではその価値はより増している。
「わかって言ってるでしょ? 迷宮じゃフルプレートを着ていけるのは精々50階層までよ。
侵略戦前線なら喜んで使うでしょうけど、輸送費を考えなさい。
中古だし、これ一つで2万Gってとこね」
「原価10万以上はするんじゃねえかこの鎧……っかあ、世知辛いな。
まあいい、とりあえずはそれでいい」
「あらら、全部売っちゃうのね、豪気ねー。
自分で売りに出したら3割は増して儲かるんじゃない?」
「ふん、その分ギルドの貢献ポイントにでも入れておいてくれ。
それで相談なんだが、支部に連絡して、センタータウンの倉庫にぶち込んでる装備の査定もしてくれ……そちらの言い値で構わない」
この場合の言い値とは、先程仮売約契約を口で結んだ、4人分の装備品の値段を基準に値段を付けてくれ、ということだ。
先に取引をちらつかせたため随分と買いたたいた値段であったし、向こうも文句はないだろう。
正確に言えば、輸送費や調査費等で大分また差し引かれるだろうがそこは仕方がない。
――どう考えて後ろ暗い物がある装備品なのだし。
「あらあら、随分気前がいいと思ったら、そういうこと」
「錬鉄に質のあまりよくない鋼鉄製の武具防具ばかりだが、15人分程度の武装一式程度はある。
出所は、そうだな、俺を襲ってきた奴らが貯め込んでいた、恐らく略奪品であろう装備……ということにしておいてくれ」
「うふふ、あっはははは。どれだけ貯め込んでるのよ。
まあ、それだけ大量の中古の装備なんてなかなか捌く機会がないものね。
――いいわ、ギルドに儲け分をばら撒いてるしね。
ちゃあんと分は弁えている子は好きなの」
「……ちっ、ぼられた感が否めないが」
「ふふ、あなたかわいいし、後で個人的にご褒美をあげましょうか?」
カウンター上に置いた手に、指をからませてくる。
ぞくりとした快感に襲われ、思わず頷きそうになる顎を理性で抑え込む。
ここで頷こうものなら、一気に話を向こうのペースに持って行かれて利益を絞りとられ、ご褒美はお預けよ、なんてことになりかねん。
もう片方の手でゆっくりと拘束する指を解く。
「それとまだ用事があるんだ。いくつも済まないな」
「……はぁ、失礼しちゃうわ。
まあ、必死で動揺を隠そうとしちゃってかわいいから、許してあげる。
まったく、ギルド登録の時点でギルドに来ないで、初めてきたと思ったら一気に仕事持ってきて……」
「俺の立場を考えたら仕方ないだろう。一杯奢るから、勘弁してくれよ。
そんな手間はかからない。魔法装飾品の互換交換を頼む」
迷宮ギルドには豊富なアイテムが集まるため、ギルドに登録した冒険者は、魔法装飾品の上位互換交換を行ってくれるサービスが受けることができる。
例えば、力の指輪x3→力の指輪Ⅱ、力の指輪+魔力の指輪x2→敏捷の指輪Ⅱ。
このように低ランク装飾品なら3:1の比率で一つ上位の装飾品との交換をすることが可能だ。
迷宮ギルドはそうして得た3倍の数の装飾品を捌き、利幅で財を得ているというのが定説だが……。
現実世界での情報では、国所属の魔道師の秘術やらレアスキルやらで、装飾品の魔力を取り出す技術やらなんやらがあるという設定があったと思う。
非常に不鮮明な情報だが、まず間違いないだろうと踏んでいる。
なぜなら、下位複数→上位の変換は可能だが、上位→下位複数の取引が不可能だからだ。
ただ利益が欲しいなら、Ⅱ1つで→Ⅰ2つなどといった交換を、する人が少なかろうと形式的に作っていても損はない。
……まあ兎にも角にも、冒険者は面倒な交渉をこなすことも、騙されるリスクを冒すことも無く気軽に上位互換の交換が可能、この事実が今一番大事なことだ。
■所持装飾品
力の指輪x5[力+]
魔力の指輪[魔力+]
火のガードリング [守備力微+][器用微+][火耐性+]
毒耐性のリング[出血毒耐性+][神経毒耐性+]
回復のリング [時間回復微上昇][軽傷回復x5]
敏捷の指輪x2[敏捷+]
力の指輪Ⅱ[力++]
知力の腕輪[知力+]
敏捷の腕輪x2[敏捷+]
力の腕輪x2[力+]
敏捷の腕輪Ⅱ[敏捷++]
器用のアンクレット[器用+]
術者のアンクレットⅡ[魔力++][知力+]
敏捷のアンクレット*[敏捷+][防御微増]
隠密のアンクレット[敏捷+][足音隠蔽+]
力のアンクレットx2[力+]
敏捷のアンクレットⅡ[敏捷++]
敏捷のアンクレット[敏捷+]
「装飾品の交換も頼む、力の指輪を5、敏捷の指輪を1で魔力の指輪Ⅱを2つ。
敏捷の腕輪1と力の腕輪1と知力の腕輪1で魔力の腕輪Ⅱ。
敏捷のアンクレット、力のアンクレット、器用のアンクレットで魔力のアンクレットⅡを頼む」
これだけ揃えば、此度稼いだ大量の金と合わせて、一気に己を強化することが可能だ。
「あらら、魔力尽くし……」
「…………」
無言で睨みつけてやる。
気を許してもらえたのはプラスだが、あまり踏み込み過ぎるのは褒められた行為ではない。
俺の隠している特異性――武器スキルレベルのことは、本当にいざという時まで黙っておきたいのだ。
ネタの割れた能力など攻略されるためにあるようなものだ。
「はいはい、わかってるわよ、いいじゃない少しくらい」
「……あのな」
いい年して口を尖らせ……といっても年齢は不詳、詳しく知る者はほとんどおらず、知っていると思われる人間も決して口を割ろうとはしないらしい。
などと考えていると、絶対零度の視線を浴びせられる。
「い、いやなんでもない。俺は少しあちらで飲み直してくることにする。
て、手続きをしておいてくれ」
「……ちっ」
慌てて誤魔化しカウンターを離れる。
……危なかった。尋常じゃない圧力を感じた。
まさか自分がこてこてのコメディのような会話をするとは……。
彼女なら"補正持ち"のような特殊な人間を普通より数多く見てきているだろうし、話を聞くには打ってつけだと思ったが……話の持って行き方が難しそうだ。
◆収支
装飾品整理
魔力の指輪[魔力+]
火のガードリング [守備力微+][器用微+][火耐性+]
毒耐性のリング[出血毒耐性+][神経毒耐性+]
回復のリング [時間回復微上昇][軽傷回復x5]
敏捷の指輪[敏捷+]
力の指輪Ⅱ[力++]
New!魔力の指輪Ⅱx2
敏捷の腕輪[敏捷+]
力の腕輪[力+]
敏捷の腕輪Ⅱ[敏捷++]
New!魔力の腕輪Ⅱ
術者のアンクレットⅡ[魔力++][知力+]
敏捷のアンクレット*[敏捷+][防御微増]
隠密のアンクレット[敏捷+][足音隠蔽+]
力のアンクレット[力+]
敏捷のアンクレットⅡ[敏捷++]
New!魔力のアンクレットⅡ
+31万G
センタータウンの略奪品→15万G
薬代経費等-1万G
合計691000G