9話 サウスタウン、開幕
9話
サウスタウン、開幕
案の定、広場では予測していた通りの展開が繰り広げられていた。
領土拡大の侵攻戦、その最前線。
人と物が最も集うその地は、栄光を目指す者にとって光りに満ち溢れた場所だ。
――煌びやかな剣を携え、磨き抜かれた鎧を纏った騎士。
――無骨ながらも、実戦を幾多も乗り越えた鈍い光を放つ装備を身につけ、強烈な存在感を放つ歴戦の戦士。
行き交う目を引く人間の姿は、少年少女達が思い描いた夢物語の姿そのものだ。
惹きつけるような魅力を持った魔法装飾品や、希少な鉱石製の武器。
そして武器を使いこなすだけの技量が無いと本来の力を発揮できない、持ち主を選ぶ魔法武器が、この迷宮都市から続々と発掘され各地に送り出される。
物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回し、好奇心に目をキラキラさせている、今だ新米未満の冒険者達にはここは宝島のように感じられているのだろう。
そしてそんな無邪気な――無防備な――彼らは、周りからさぞ格好の鴨に見えていることだろう。
「へい、兄ちゃん達強そうだな!だが装備がいけねえ、サウスで実力者必需品の魔法武器!安くしとくよ!」
「おおう、見どころのありそうな連中だな! 俺達のクランに入らないか? 経験値稼ぎにいい所で育成の手伝いしてやるぜ!」
「おう見てけよ、貴重なクスリがたっぷりあるぜえ」
「おいてめえどこ見て歩いてんだあああ?鎧が汚れちまったじゃねえか木っ端共がぁ!弁償だ!金だしな!」
「装備するだけでステータスが上がる魔法装飾品はいらないか!センターなんかにゃ売ってねえ高品質だぞ!」
この一角だけ一段と活気に溢れている。
(……暑苦しい)
ただでさえ少ない蓄えでさえ掠め取ろうとする人間が無駄に放つエネルギーに辟易としてしまう。
ここいらで見られるのは、せいぜい質の悪いチンピラの手口程度か。
賢い奴らや、事前調査をしっかりとしている孤児達はさっさとこの場を退散している。
絡まれたり、露店で詐欺紛いの交渉や値段をふっかけられているのは、どんくさい連中か空気に流されたバカだけだ。
チンピラの因縁の付け方は見ていてもしょうがない。
露店での言葉巧みな売りつけ方に耳を傾けながら、注意すべき人物の目星をつける。
同じように辺りを窺っていたのであろう、こちらに気付いたヘネークが寄って来た。
「やあ……偽装装備だとは思っていたけど、随分豪華な装備だね」
まあ当然だろう。
中級の、そこそこの冒険者レベルの装備は揃えているからな。
少なくとも孤児出身でいきなりこんな武装が、普通のやり方で手に入るわけがない。
「おう、ヘネークか。お前の武器もなかなかいいものじゃないか」
ヘネークもなかなかいい装備をしている。
この装備を揃えるのに、犯罪を一つも犯さなかったとは言わせない。
……というか、孤児出身で綺麗な経歴な奴なんて数えるほどしかいないだろうが。
「……色々言いたいことはあるけど、まあいいか。
それよりあれ、群がりっぷりが凄いね」
そういって、香ばしい匂いのする串焼きを差しだしてくる。
ほんとに要領のいい奴だ。
情報料が食べ物に偏っている気はするが、急いで来たので丁度腹が減っている。
「ああ、それだけじゃない。きょろきょろすんなよ、目立たないように広場の外周を見てみろ」
「……ん?あの分厚い外套でこそこそしてるのは、兵士?」
「それとその一周り遠巻きに、観察してるやつや、メモをとってる奴らがいるだろう」
「ああ、あれは……情報屋、かな?」
「そうだ。
……鴨になる方も鴨になるほうだが、さっそくこの広場で騒ぎを起こしているチンピラ共は気付いていないようだな。
自分たちの特徴と人相書きを、兵士達が遠巻きに記録してリストに加えていっていることを。
ああいった浅慮な輩は普段からすぐに騒ぎを起こすから、普段から目をつけておくためにああしてるんだ」
「なるほどね……ということは、今小銭を巻き上げているチンピラは情報収集の面でも経験の面でも雑魚ってことか」
「そういうことだ。ただまあ、商人の方は別だな。特になにも悪いことはやっちゃいない。
それと、新人を観察している奴らはなにも情報屋だけじゃない。
目端の利く奴やタチの悪いはみ出し者も、新人の人相や装備から割れる経済状況だけをメモしている。
目ぼしいやつに目をつけておいて損はないし、狩ってうまそうなのは後々巻き上げるってわけだ。」
「なるほどね、そして君は、その目端の利く奴らや情報屋を把握しているってわけか」
にやりと笑う。
「そうだ、お前も顔だけでいいから覚えておけ。
奴らが後で、にこやかな顔をしながら新人に酒でも奢っていたら間違いない」
「……いや、参考になったよ。串焼きじゃ足りないくらいだ。今度飲むときは一杯奢らせてくれよ」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「参考までに聞きたいんだけど、きみはこれからどうするつもりだい?」
「随分と漠然とした聞き方だな」
「先程、さっそくビッグ1に駆け出していく冒険者たちがいたからね。
勿論それが愚かな行為だというのはわかるんだけれど、実際これからどうしたものかな、とね」
「お前、身内がいるんじゃないのか?」
「その身内は、兵役は終えてるけど、余り才能がなかったらしくてね。
知り合いづてに中規模商会の用心棒をしてるんだけど。余り腹の探り合いが得意じゃないんだ。
というかおつむは弱いと言わざるをえないね」
「なるほど、頼りにならないわけだな……まあいいだろう、これからも付き合いはありそうだしな」
正直そこまで大した内容でもないのだが、こちらが譲って置く形にしておけば貸し一つだ。
ヘネークは頭はいいが、積み上げた経験がまだまだだな。
……といっても、現実の世界で積み上げてきた経験量がある。
この世界とあちらの世界とじゃ経験の密度が違うが、さすがに生まれて15年しか経っていないヘネークに負けることはない……と信じたい。
「まず……金があるならさっさと50000Gを返済しておけ。まあきついだろうが。
それと、今から数日は迷宮に入るのはよしておけ」
「いきなりそんな金があるやつはそうそういないだろう。
……情報収集も無しにいきなり迷宮に入るのがよくないのはわかるんだけれど、これから数日かい?」
「ああ、やめておけ。
知っていると思うが、ここの『ビッグ1』の1~10階層はほとんど常に人が大量にいる。
少しでも手間取っていると、完全に邪魔もの扱いだ。速攻で目を付けられる。
序盤で怖いのは魔物よりも冒険者同士のトラブルだ」
「トラブルね……確かに怖そうだ」
「10階層までを専門にしている掃除人を敵に回したら本当に厄介だからな」
「スイーパー?10階層までしかいけない冒険者なんて、正直弱いんじゃ?」
「それは間違ったとらえ方だ。その場の地形、罠の配置の傾向、魔物の出現状況を知り尽くしているエキスパートだぞ。
自分のレベルにあった階層で魔物と戦闘していたら、魔物の大群が引っ張られてきたら?」
「うっ」
「戦闘していたらいつの間にか罠に囲まれた部屋に誘導されたら?
罠にかかっているときに魔物をすりつけられたら?
罠の解除中に横やりを入れられたら?」
「あっ、ああ……なるほどね、はめ放題ってわけね」
「その通り。真面目に戦闘しても、この時期じゃあ新人って見られるだけでちょっかいかけられるぞ。
向こうさんも狩り場荒らされてイライラしているだろうしな」
「そうだね、別に今急いで稼がないといけないわけでもない。
とりあえず街をめぐるなり、探索するなりしてみることにするよ」
「ちなみにだが、サウスタウン周辺で小迷宮を探すのもやめておけ。
同じ魂胆の新人が溢れているのは自明の理だ……トラブルにあう確率が高い」
「わかったよ。それで話は戻るけど、君はどうするつもりなんだい?」
「ああ、まずは酒でも飲むかな」
「情報収集に、知り合いでも作るのかい?」
「……ああ、その後迷宮にでも行くつもりだ」
「は?」
硬直するヘネーク。
くく、予想通りのリアクション。わかりやすいやつだな。
「いやいや、君が数日は入るなって……」
「それは10階層までの探索、狩りする場合だ。
俺は10階層まではさっさと抜けて11階層以降を見てくるつもりだからな」
「え?いや……いきなり? いや、そうか、それだけのレベルがあるってことか」
「そう思われるだろうな、いや、そう思ってもらって構わない」
武器の熟練度MAX。武器スキルレベルがall3だからな。
多少レベルが低くても問題ない。
これより上げる方法もあるようだが、隠しイベントでもあるんだろうか。
生憎ゲームで、2日でそこまでいけた人間はいなかったようだし。
「……煮え切らないなあ」
「そうだな、全部知りたいなら、1000万G持ってきな」
元の世界で1~2億円相当。
こちらの世界でなら、超高級一品物の魔法装備が買えるな。
「ふふ、底が知れないなあ君は」
「それじゃあ俺はもう行く。今度酒でも奢れよ」
「ああ、次は酒場で」