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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第2章 技国内乱編

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 アンさんはよほど驚いたのか、目と口を大きく開いて固まった。

「どういうことですの?」
「長期休みに入ったので、パン職人の修行に来たんです」

「えっ? パン職人? ……そ、そういえば、レオンくんのアルバイトしているパン屋って」

「やっぱり一度は、技国式の本場で修行したいですから、知り合いのツテをたどって、なんとか紹介してもらえることになったんです」

「そ、そう……ですの?」

 半信半疑かな。こんなところで出会ったのだから、作為を疑ってもしょうがないか。

「それよりも、アンさんはこの都市の出身だったんですね。というか、どうしたんですか? 鍵の閉まった扉なんかに。あれ? ちょっとやつれました?」

 僕が畳み掛けると、アンさんはてきめんに狼狽えた。
 話せることと話せないことがあるのだろう。どう答えようか悩んでいる感じだ。

「わたくしは兎の氏族の……えと、兎の氏族が治める領地に住んでおりますの」

「では鴎のこの都市へは観光ですか? そういえば、この家の人はどこへ行ったんでしょうね」
「レオンくんはどうしてここに?」

「いまお世話になっている方が酒場を経営していて、そこで貸し出している酒樽の回収です」

「こんな夜更けにですか?」
「裏の勝手口に出しておくことになっているみたいですね。この家は見当たらなかったんですが勝手口が開いていて、覗いたらすぐに空樽を見つけたんです」

「そうだったんですか」
 食堂の裏口は開けておいたので、アンさんはそれを信じたようだ。

「ひ、ひとつ教えてほしいのですけど、レオンくんは本当にパン職人の修行のためにこの都市に来られたのですか?」

「そうですよ。ほら、これを見てください」

 懐からパン職人の免状を取り出した。
 三級の免状はどの都市でも同じように使える。アンさんも見たことあるだろう。
 発行の日付は昨日になっているので、疑いようもない。

「ほ、本当だったのですね。少しだけ疑いました。申し訳ありません。そもそもレオンくんは竜の学院に通う生徒でしたが……?」

 だれかの策略と思っているのかな。まだ警戒が解けていない感じだ。
 こんな偶然の出会いだし、違和感があるのだろう。

「そうですね。僕は学院生だけど、パン屋でアルバイトしていますし、こうして資格を取るために外国まで来るくらいパン作りが好きなんです」

 その言葉に偽りはない。悲痛な叫びに聞こえたのかもしれない。
 アンさんはそこでやっとホッとした表情を浮かべた。

「僕はさっき言った酒場の二階に住んでいるんです。昼はこの近くのパン屋で働いて、夜はそっちに戻る感じですけど、アンさんはここに泊まっているのですか?」

「いえ、わたくしは……あ、あの、レオンくん。もしよければ、その酒場で待たしてもらってもよろしいでしょうか。こ、ここはちょっと……それに、折り入ってお願いしたいことがありますし」

「いいですよ。僕は構いません。たしかまだ部屋があったと思いますので、そこで休みますか? なんだか体調が悪そうですし」

 周囲を気にしているので、アンさんの挙動がおかしい。

「ありがとうございます、レオンくん」
「いえ、気にしないでください。では一緒に酒場に戻りましょう」

 僕はアンさんを連れて、裏口から出た。

 空樽を乗せた荷車をふたりで引きながら歩く。アンさんは何度も後ろを気にしていた。

「酒場の夫婦はもう寝ていますね。挨拶は明日にしましょう」
 思いの外、時間がかかってしまったからか、気を利かせてくれたのか、階下は静かなものだった。

「何から何までご迷惑おかけします」
「いや、いいですって。こんな離れた地で知り合いに会えたのも何かの縁でしょうし。疲れているみたいですし、ここで休んで下さい」

 あえて聞かなかったが、酒場までの道中、アンさんは端で分かるほど疲れきっていた。
「ありがとうございます。レオンくん……」

 安心したのか、横になるとスッと寝てしまった。

「……もうすぐ夜明けか。パン屋の仕込みに行くかな」

 今頃はクーデターが本殿で起こった頃だろうか。
 駆動歩兵どうしが戦っているかもしれない。

 そして逃げ出したバカ氏族が、アンさんを助ける……アテが外れてホゾを噛むことになる。
 そのバカ氏族の間抜け顔を想像して、笑みがこぼれた。



 僕は何食わぬ顔で『焼きたてベルナー』に顔を出し、仕込みを開始した。
 パンを焼いて店頭に並べ、店を開けた頃にようやく民たちが騒ぎ始めた。

「ちょっと都市の様子がおかしいんだ。客が言うには、氏族の御殿ごてんで何かあったらしい。朝になっても門が閉ざされたままだとさ」
「まあ、泥棒でも入ったのかしら」

 主人のハンスさんと奥さんのエニッタさんがそんな会話をはじめた。
 御殿というのは、本殿を含めた氏族のための町のことかな。

「いま通りを歩いていた人が話していましたけど、なんでも駆動歩兵どうしが戦ったとか」
 店先の掃除から戻った僕も話に加わる。

「なじゃそりゃ!? 戦争か?」
「でもあなた。駆動歩兵どうしってことは……」

「他の氏族が攻めてきたのか? いやそれはねえな。ひとつふたつの氏族が共謀したって、残りの氏族が黙っちゃいねえ。だとすると、同じ鴎の氏族どうしで戦ってやがるのか?」

 いい線いっている。決行まで見なかったが、実際にクーデターが起こったのだと思う。

「内紛かしらね」
「駆動歩兵どうしなんて恐ろしいことが起きたんなら、被害は相当なモンだぞ」

 竜国でいえば、竜操者どうしが戦うようなものだ。
 被害は計り知れない。

 そのせいか、今日の客足はいつもの半分以下になったようで、二回目のパンを焼くのは中止になった。
 そのため昼前に仕事がなくなり、僕は帰ることができた。

「一応、明日も店は開けるが、様子しだいだな。せっかく来てもらったんだが、都市の一大事かもしれん。通常通り店を開けられるかどうか分からん」

「分かっています。なにかが起こったことはたしかですし。そのつもりでいます」
「済まねえな」
「いえ、気にしないでください」

 予定より早く戻ると、アンさんは湯浴みを済ませて着替えていた。

「ただいま戻りました。着替えたんですね。似合っていますよ」
「レオンくん。これは、あの……その……わたくしの服が少々汚れてしまっていて」

 アンさんが着ているのは、酒場の給仕きゅうじが着る衣装だ。
 エプロンと一体になったひらひらがついている。

 顔を赤くするアンさんがすこし可愛く見えた。

「本当に似合っています。……それで僕が早く帰ってきた理由ですけど、どうやら氏族内で内紛があったようなのです。駆動歩兵どうしの戦いを見たという人もいて、いまは本殿につながるすべての門が閉ざされた状態です」

「……っえ? 鴎の氏族で内紛ですか?」
「そうみたいですね。町の噂なので、まだ詳しいことは何も分かりませんけど」

 クーデターが成功したか失敗したかも分からない。
 けれど、そういつまでも隠しておけるものではないだろう。

 そのうち、なんらかの形で発表があるはずだ。

〈右耳〉のラングさんは、気を利かせてアンさんには一切情報を与えなかったようだ。
 酒場だし、店を開ければ自然と情報が集まってくる。

 その前にアンさんと情報の共有だけでもしておきたいのだが、どうしようか。

「昨晩……いや今朝のことですが、アンさんの様子は普通じゃなかったです。あそこで何かあったんですよね」
 思い切って振ってみた。

「はい。ご迷惑になると思いますが、もう……お話しないわけにはいきません。レオンくん、聞いてください」

 そう言って、アンさんは語りはじめた。

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