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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第2章 技国内乱編

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 本殿への侵入も二回目となれば楽である。

 どこにどんな罠があるのか覚えている。
 それを避けながら、昨日の半分以下の時間で辿り着いた。

「……さて、こっちへ行ってみるか」
 今日は使用人が暮らす建物に向かった。三階建てだ。

 小さな建物だが、人の気配が多い。ひとつの部屋にいるのは十人くらいだろう。
 氏族の住居に比べて、扱いが悪そうだ。

 使用人の建物は思ったより暗闇が少ない。多少遠回りしつつも、一階から順に各部屋を覗いていく。
 ここは変な魔道結界もなければ、機械式の罠もない。
 常に使用人が出入りする建物なので、設置できないのだろう。

「とくに変なところはなかったな」

 彼らの行動はさまざまだ。
 休憩している者、次の仕事の準備や、趣味の時間に充てている者、寝ている者もいる。
 外では、洗濯をしている者もいた。

 なんの収穫もなく使用人の建物をあとにする。

「あとは、倉庫ばかりだな」

 本殿の敷地は無駄な建物はあまり多くない。
 死角を作らないように、それぞれが離されて建っているせいだろうか。

 庭園もあるが、とりたてて不審なところもない。
 結局、敷地すべてを見て回ったが、誰かが捕まっているとか、監禁されているようなものは見つけられなかった。

「怪しそうな人物はいたが、アンさんはここにいないな」

 潜入できなかった場所もあるが、建物の構造から考えて、そこは研究・開発のための施設だろう。
 金になる発明などは、あり得ないほど厳重に守られていると聞いたことがある。

 それ以外の場所にいないとなると、本殿とその周辺にはいないことになる。
 僕は気落ちする心をおさえて、静かに脱出した。



 翌朝、パン職人の免状を受け取りに、昨日の会場に足を運んだ。 

 早朝ということで、中はまだ閑散としていた。
「若いのに一発で合格するなんて、いい職人になるわよ。がんばってね」
 受付のお姉さんに祝福された。

「ありがとうございます。本当になれたらいいですね……」

 僕はパン屋になれるのだろうか。無理かな。でも諦めたくないな。

「この上の免状を狙っているの?」
 僕が困った顔をしているのを勘違いしたのか、そんなことを言われた。

「いえ、色々とありまして」
「二級の免状は、今回以上に味や形、焼色などが審査されて、それに加えて創造性が求められるわね。半分はオリジナルのパンを提出するのよ」

 今回の試験だと、規定のパンが八種類と合否に直接関係しないという名目でオリジナルパンの提出があった。

 お姉さんの話だと、規定のパンとオリジナルのパンが半分ずつ。
 さすがに技国の審査は厳しいな。

「二級でそれなら、一級だとどうなるんですか?」
「技能は二級でおしまい。一級は後世に残るようなものを作った場合に贈られるの。……だって、審査する人でさえ二級しか持ってないんですもの」

「そういうことですか……って、後世に残るパン?」
 驚きだ。一体どんな人が受かるんだろう。

「いま技国式のパンで売りだされているものは二百数十種類はあるわ。一般の人で区別がつくのは、そのうち四十種類くらいかしら」
「そのくらいでしょうね。僕だってその倍くらいしか見たことないですけど」

「町のパン屋ならそうなるわね。氏族しか食さないものや、特別な儀式のときだけ使うパンもあるし、あまりに手順が複雑すぎて再現できる人がほとんどいないパンもあるのね。……でも、それらはみんな、だれかが考えて、レシピが残されているわ。百年前に発明されたパンでも、そのレシピ通りに作れば」

「まったく同じものができる?」
「そう。これは無形の財産ね。だから、後世にレシピを残せるようなものを開発した人に一級のパン職人の免状が与えられるの。……道は遠いかしら」

「そうですね。いまの僕には果てしなく……でも、目標にしてみるのもいいですね。僕が発明したオリジナルのパンが百年後、二百年後も作られる。いいかもしれません」

「うふふ……その意気ね。がんばって、未来の一級パン職人さん」
「はい。ありがとうございます」

 事務のお姉さんから激励の言葉をもらった。

 指令で来ただけだし、免状も都市に滞在するのに必要だったから取得したが、そんな話をされるとがぜんやる気になってくる。

 パン職人として僕はまだ歩き始めたばかりだ。
 その先にはきっと、僕が求める道がある……竜操者だけど。

 現実にかえったので、僕は会場をあとにした。

 今からこの免状を持って、紹介されたパン屋に向かう。
 パン屋の主人は酒場の常連客らしく、すでに話は通っているらしい。

「えーっと、この先だったかな。……ん?」
 教えられた道を確認しながら歩いていると、見知った人がいた。ヘレンさんだ。

「あら、レオンくん。もう免状は貰ったの?」
「はい。昨日のアドバイス、ありがとうございました。とても助かりました」

「大したことじゃないわよ。改めてだけど、合格おめでとう。やっぱり若い人の方が有利よね、あの試験」
「そうですね。ちょっと時間制限が厳しすぎますね」

 ヘレンさんも気づいていたようだ。
 そうとう体力と持久力のある人でないと、時間内に完成までもっていくのは難しい。

 ただ形を作って焼けばいいのではない。
 見た目と味が評価対象なのだ。

「わたしは今日、自分の町に帰るの。家族へのおみやげを買わなきゃ」
「そうなんですか」

「大したものは買えないんだけどね。来年の技能競技会も、どうなるか分からないしね」
 兎と孔雀の同盟のことを知っているのだろうか。
「どういうことですか?」

大山猫おおやまねこの氏族とは、だいぶ不利な条件で同盟を結んだみたいでね。競技会までは良かったけど、最近は人材の移動と技術供与で、この都市はもうボロボロみたいよ。目で見える範囲じゃ内情は分からないようだけど。商人たちは離れはじめているのよね。同盟もどうなることやら」

 鴎の氏族から大山猫の氏族に、技術供与やお金の移動があったらしい。
 せっかく二位になったのに、市民には恩恵がほとんどなかったとか。

 そのため、大山猫の氏族との差は開くばかりで、次の競技会では五位以下に落ちる可能性もあるのだとか。

「そんなにですか?」

「こちらから技術を渡しても、向こうからの見返りはほとんどないのよね。だから独自の研究が進まない。ただ言われた研究をするだけ。総合的な開発ができないから、ひとつの技術の中の一部分だけを行っているのよ。これじゃあ、ただの下請けだわ」

 競技会の日程は迫っているのに、目立った発明もない。
 技術者はどんどん流出しているし、研究資金をいくらつぎ込んでも大山猫の氏族ばかりが潤う状況。

 市民の中には不安を訴える人が続出しているのだとか。
 利に聡い商人は見切りをつけはじめているという。

「それは末期ですね。なにか打開策はあるんですか?」

「さあ。氏族の方々が本来は交渉して新技術を持ってきてくれるのだけど、それもないのよ。問い合わせても返事すら帰ってこないらしいし。ほそぼそと民間が開発しているのがあるから、競技会はそれがメインになるんじゃないかしら」

 話を聞くと、思った以上にひどかった。
 ようは、大山猫の氏族にいいように搾取されているわけだ。

「それは大変ですね」
「そうなのよ。だから三級の免状は欲しかったのだけどねえ。うまくいかないものね。この都市の駆動歩兵もずいぶんと旧型なのに、入れ替えもないくらいですもの」

 駆動歩兵か。
 竜国にも何台かあるが、メンテナンスができないのと、修理部品が高価なので、稼働させていない。
 実は僕もまだ動いている駆動歩兵を見たことがないのだ。

「駆動歩兵って見ることできますかね」

「練兵場に行けばいくらでも……あっ、でもわたしがここに来た日の夜に、かなりの数が都市の北側に向かったのよね。見たいのならば、そっちに行った方がいいかもしれないわ」

「都市の北側ですか?」
「そう。北は生産試験場があるの。あんなところへ行ってもしょうがないんだけどね」

「そうですね。なんででしょうね」

 その後も、ヘレンさんから最近の都市の様子を聞いて、別れることになった。
 馬車の出発時間が迫ってきたので、慌てておみやげを買いに行った。

 僕はヘレンさんを見送ってから町を歩き、お目当てのパン屋を見つけた。

「……ここか」

 小奇麗な二階建てのパン屋だった。
 店舗が一階部分で、二階が住居になっている。

 店の名前は『焼きたてベルナー』。

「ここもかよ!」

 技国式のパン屋に、まともなネーミングセンスのある店は皆無なのだろうか。

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