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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第2章 技国内乱編

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 昨晩、本殿へ侵入したが、アンさんの行方が分かるような手がかりは何も見つからなかった。
「探して見つからなければ、大山猫の氏族領へ行くしかないか」

 なぜアンさんが誘拐されたのか。
 居場所もそうだが、そうなる原因があるはずなのだ。

 それだけでも見つかればいいのだけど……。

 翌朝、僕は三級の技能試験を受けるために、職人技能試験場へ足を運んだ。
 潜入の続きは今日の夜にやるとして、いまは気分を変えていこう。

 技能試験の会場は、いろんな人でごった返している。
 この日、パン職人の試験を受けるのは、僕を入れて六人だった。

 ひとつのテーブルにふたりずつ配置された。
 三つのテーブルに別れて、向かい合わせに立つ。

「同じテーブルですね。よろしくお願いします」
 僕がそう言うと、対面に立った女性は、「今日は若い子と一緒だわね」と微笑んだ。

「レオンです。16歳になります」
「わたしはヘレンよ。ちょっと歳は言えないわね。ほほほほっ」

 見たところ、母さんと同年代だろうか。

「今日がはじめての受験なので、まだ勝手が分からないんです」
「あらそうなの? でも大丈夫よ。いつもの通りにすればいいのだから。審査は厳しいけどね」

 ヘレンさんは、今日が今年の最終日だとか。
 試験を受けられるのは、年に三回という決まりがある。

 これに落ちたら来年まで待たなければならないが、年齢的にそろそろ限界らしい。

「むかし、わたしの両親がこの都市でパン屋を営んでいてね。小さい頃はここで育ったのよ」
「そうだったんですか。本拠地の職人なら、さぞ優秀だったんでしょうね」

「そうね。自慢の両親だわ。わたしもいつかここで暮らせるようにって思ったんだけど、無理そうね」
 成人する前に三級の技能を持たない住民は、成人後に都市から出されてしまう。

 ヘレンさんは別の町へ働き、その町で結婚したが、いつかこの町へ戻ってくると誓って、今日まで腕を磨いてきたらしい。

「夫婦どちらかが技能を持っていれば、家族で移り住めるのよ。だから夢を捨てられないんだけど、そろそろ限界かしら」

 旅費も滞在費もばかにならないし、なにより気力が続かないようだ。

「受かるといいですね」
 他人事ながら、そう思ってしまう。

「ありがとう。そうそう、この試験だけど、経験者からアドバイスさせてもらえるかしら」
「はい、お願いします」

「素直なのはいいことね。……それで、複数のパンを制限時間内に作らなきゃいけないでしょ。手順が大事なの。どうしても窯に入れるパンの数には制限があるから、仕込みだけ先にやったり、大きいパンばかり先に作ってしまうと、焼きが間に合わないのよ」

「……なるほど。窯の広さと焼き時間を考えながら、時間を有効に利用するんですね」
 危なかった。言われなければ、仕込みだけ先にやるところだった。

「同じくらいの時間で焼きあがるパンで揃えるのがいいわね」
「ありがとうございます。いまの話を参考に段取りを考えてみます」

 すぐに窯の大きさを確認しにいった。
 作るパンの種類と個数を思い浮かべ、窯の広さに当てはめる。

「うまく詰めれば三回転で収まりそうだ」

 事前にアドバイスをもらって良かった。
 一回目を焼いている間に次の準備をするとして、ちょうど一回目が焼き終わる頃に成形が完了すればいいわけだな。

 段々と見えてきた。
 規定のパンを焼いたあとは、オリジナルのパンを焼く。ここが腕の見せ所だ。

 いや、オリジナルのパンは一緒に焼いてしまおう。
 とすると、少々窮屈になるが……この広さなら、なんとかいけるかな。

 いろいろ計算すると、結構ギリギリだ。
 休む暇がないが、体力勝負なら自信がある。問題は味と形か。

 窯の中に手を入れた。いい温度だ。
 温度調節は職員が担当してくれている。

 窯については、全受験者が同じ条件になっている。
 窯を受け持ってくれるのは、毎日これを使っている人たちだ。実力は確かだろう。



『それでは、時間になりましたので、はじめてください』

 全員が一斉に動き出す。
 僕もなんとか作戦が決まった。

 まずはパン生地作りだ。
 僕の場合、ねの時間は普通の人より短い。捏ね上がりの見極めはいつものことなので、完璧にできる。
 周囲がまだ捏ねているが、僕はもう最初のができあがった。

 それを寝かせている間に、もうひとつの生地を作り始める。
 試験で作るのは八種類のパン。

 それぞれに特徴があり、かかる手間も違う。
 使う生地も複数作る必要があり、気が抜けない。

 ひとつずつ丁寧に成形する。

「……よし、一回目の焼きに入るか」

 窯の中にパンを並べる。
 窯は横一列に並んでいる。焼きは僕が一番らしい。
 他の人はまだ成形の最中だ。

 一番遅い人だと、いまだ生地を捏ねている。それは遅いだろ。大丈夫だろうか。

「速いわね。わたしのアドバイスはいらなかったかしら」
「いえ、助かりました。先に教えていただいたからですよ」

 別に私語は禁止されていないので、自由に会話することができる。
 もっとも、そんな余裕のある人はなかなかいないだろうが。

 焼いている間に次の準備をはじめる。
 試験で焼くパンとは別に、オリジナルのパンをひとつ作らなければならない。
 その前準備だけでも先にやっておこう。

 オリジナルパンは、結果には影響しないと言われているが、どうなのか分からない。

「この生地の残りを使うか」

 余分に生地作りをしてあるので、それを脇に退けておく。

 そうしているうちに一回目のパンが焼き上がり、すぐに二回目を焼き始める。
 いい調子だ。出来上がったパンの形もいい。
 二、三個余分に焼いておいたので、形の悪い一個をつまんで口に入れる。

「おいしい」

 微妙な塩加減もいい感じだ。
 満足いく出来になったので、僕は気分よく三回目の仕込みに入った。
 さて、ここからはペースアップしていこう。

 二回目の焼きも成功した。
 あとは三回目、つまり最後の焼きだけである。

 三回目の焼きをする前に、オリジナルのパン作りに入る。
 課題作品は八種類だが、すでに六種類焼き上がっている。

 窯にはまだ余裕がある。
 普段、あまりぎゅうぎゅう詰めにして焼くことがなかったので心配したが、うまくいったようだ。

「えーっと、四種類の生地をこう重ねて」

 オリジナルのパンは、この前ロブさんと一緒に考えたもの。
 今まで作ったパン生地を利用すればできる。

 ドライフルーツを投入して、複数の生地を四枚生成した。
 薄く伸ばした四枚の生地は、すべて粉の配合が変えてある。
 それを八枚重ねにして成形を終える。

 一番上の生地には、粉にした茶葉を練り込んだ。その下は果物の汁で色付けした。
 これを焼くと、色とりどりの地層のようになる。

 しかも生地の配合がそれぞれ違うため、食感もまた違っている。
 実はこれ、あまった生地を重ねて焼きあげたら、意外に美味しかったのが始まりだ。

 そこから試行錯誤して、ロブさんに手伝ってもらい、最近になってようやく完成した。

「これでよし」

 名づけて『地層パン』。見た目と味はかなり自信がある。
 サクッとした食感とモチっとした食感……練り込んだドライフルーツもいいアクセントになっている。

 ただ、技国の人に受け入れられるのかが問題だが。

「完成しました」

 八種類の課題パンはすでに並んでいる。
 そのとなりに『地層パン』を置いて、僕はエプロンを外した。


 他の人は、これから最後の焼きに入るところだった。

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