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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第2章 技国内乱編

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 長期休みの初日。
 昼過ぎまでパン屋の仕事をして寮に帰ると、ロビーに義兄さんがいた。

「よう、いつ実家に帰るんだ?」
「……実家」

 せっかく考えないようにしていたのに、一瞬で現実に戻された。
 いつ帰省するか、それは重大な問題なのだ。簡単に結論を出せる問題じゃない。

 なにしろ往復するだけ十日間もパンを焼く日が減ってしまう!
 これはとんでもないことだ……と現実逃避させてほしい。

「おれは明日出発するんだけど、一緒に帰るか?」

「うーん、考えてみれば父さんが現役復帰したんだよね。だから邪魔しちゃ悪いんじゃないかな、とか?」
 義兄さんが苦笑した。でも、そうだと思う。

 よもや父さんが〈右手〉の仕事で遅れを取るとは思わない。つまりソールの町に僕の出る幕はない。これは帰ってもやることがないのではなかろうか? いいやない、あるはずがない。

 ここで日がな一日パンを焼いて、ときどき女王陛下から指令を受ける。
 死亡した〈右手〉の大部分は王都から連れてきたらしいし、いま王都の〈右手〉は数が少なくなっている。

 ふたつ名持ちも、『首絶ち』と『千本針』は死んだし、王宮はこのまえ襲撃されたばかり。
 王都はいま危険な状態ではないか。ここは僕が身体を張って王都にとどまる。
 うん、その方がいい気がしてきた。

「さすがにオレは帰らざるを得ないな。なんなら、帰りが遅れるって伝えておこうか?」

「あっ、うん。お願い」
 遅れる……そうだよな、遅れる。やっぱり帰るのか。

「おれがちゃんと伝えておくので、絶対に帰省しろよ」

 義兄さんは苦笑して、僕の頭を撫でて出て行った。
 これから姉さん宛のお土産でも買いに行くのだろう。

 ちなみに学院の購買だが、長期休み中は事務の人が交代で受け持つ。
 品物の入れ替えはほとんどなく、店の大部分を閉めることになるとか。

 義兄さんは絶対に帰れと言ったけど、僕が実家に帰らないんじゃないかと予想している気がする。

 父さんと母さんはいいとして、問題は姉さんか。
 今年は忙しいので帰りが遅れますと手紙を出しておこう。
 これで万一帰らなくても、「忙しかったんだな」と思ってくれるはずだ。無理かな?



 長期休みに入って二日目。

 僕は今日も一日パン屋である。至福の時間だ。
 パンが焼ける匂いが漂ってくるだけで、幸せな気分になれる。

 このままここに就職してしまおうか。
 いやミラがいるか。あいつをどこかに嫁に出してしまえば……。

「ねえ、いまから配達に行くのだけど、店番をお願いできるかしら」

 店の乗っ取り計画を考えていると、ミラがやってきた。
 最近のミラは、看板娘を自称している。

 母親のファイネさんは、めずらしく地元の会合があるらしく出てしまった。
 ロブさんはいま、パンの成形をやっている。
 なるほど、空いているのは僕だけか。

「店番ね。いいよ、ちょっと待ってて。けど、この時間に配達って珍しいね」
「八月に商業街で祭りがあるのよ。母さんはいまその打ち合わせ。……で、そこにパンの配達を頼まれたわけ」

 商業街で祭りか。八月なら学院の長期休み中だな。

「配達はいつ頃帰ってくるの?」
「次の窯が焼きあがる前には戻れると思うわ」

 一回目に焼いた分がそろそろなくなりかけている。
 次があがるのは一時間後か。

「一時間くらいだね。分かった。それまで店番しているよ」
「お願いね。じゃ、行ってくるわ」
 ミラがリアカーを引いて出て行った。その姿が様になっている。さすが自称看板娘。

「……さて、店番ね。準備しなきゃ」
 手を洗ってから、竜紋を隠すために手袋をする。

 粉まみれのエプロンをはずし、少しでも見栄みばえをよくするため、売り子用のエプロンにつけかえる。

 これからお昼までは、人が増えてくる。
 今のうちにパンの配列を少し変えて、焼き上がりのパンを並べるスペースを確保しようか。

 しばらくして、ポツリポツリとお客さんがやってきた。
 ほとんどが常連さんなので、僕も顔を覚えている人が何人かいた。

 接客は実家での経験がモノを言う。姉さんほどではないが、僕も愛想よくできるのだ。
 適度にお客さんと会話しつつ、手際よくさばいていく。

「あらっ?」

 そう声を上げたのは、上品そうな少女だった。
 仕立ての良さそうな服を着て、真っ白な帽子を被っている。
 ストレートに伸ばした長い髪と青い瞳が特徴的だ。

 服装は地味なものだが、仕立てがとても良い。
 それにこの前ミラと揉めた貴族と、同じ雰囲気を持っている。

「どうかしましたか、お客様?」

 少しだけ丁寧に話しかける。
 またどこかへパンを届けろとでも言うのだろうか。

 いや、無理難題ではないだろう。そういうタイプには見えない。
 僕が言葉を待っていると、その女性はじっと僕の顔を見る。

「レオンさまですわね」
「へっ?」

 客の前だというのに、素っ頓狂な声をあげてしまった。
 なぜ、僕の名前を知っている?

 こんな上流階級に属しそうな知り合いはいない。
 少女はじっと僕の顔を眺める。顔に穴が空きそうだ。

「やはり、間違いありません。竜の学院に入学されたレオンさまですわ。どうしてここに?」

 彼女の口から爆弾発言が飛び出した。

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