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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第2章 技国内乱編

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第二章のスタートです
「……平和っていいな」

 朝の日課、『ふわふわブロワール』に向かう途中。
 僕は地下水路の闇を進みながら、そんなことを思った。

 あの凄惨な戦いを終えて思う。「平和が一番」だと。

 先日行われた演習は、アクシデントがあったものの、そのまま続行された。
 陰月の路では、月魔獣の被害を想定している。

 暗殺者の襲撃があったからといって、竜操者が逃げ帰っては国民を守ることができない。

「……という建前なんだよな」

 実際は、口裏合わせの時間稼ぎだったりするのだが。

 竜操者にひとりの犠牲も出なかったこともある。
 襲撃の事実を隠せない以上、外交の切り札として使うことになる。

 死んだ者たちには、国が正式に哀悼の意をささげ、そのまま魔国を糾弾する材料にする。
 彼らの犠牲を無駄にしないためにも、しっかりと公表して竜国の利益に結びつける必要がある。

 それゆえの時間稼ぎ。
 王宮と操竜会の間で、話のすり合わせが行われた。

 そこで作られたシナリオはこうである。

 魔国からの襲撃者たちは宿泊施設の壁を乗り越え、今回臨時で集められた使用人たちを襲った。
 狙いは竜操者の暗殺だったが、暗かったので間違えて使用人たちを襲われた。

 異変に気づいた兵たちが暗殺者と戦闘し、彼らの活躍で事なきを得た。

 このシナリオを聞いて、兵たちは狐につままれた顔をしたが、彼らもまた臨時で集められた者たちである。
 自分以外の誰かが活躍したのだと納得することになった。

 暗殺者を撃退した褒美は、「闇夜の中の出来事だったので把握困難」とひと言添えられ、兵たち全員に配られた。
 自分たちの中でだれが戦ったのかと、藪をつつく者はいなかった。

 戦闘に加わった〈右手〉だが、黒い霧に飲まれた四名が死んだ。
 他に五名が戦いの中で命を落とし、合計で九名もの犠牲者が出た。

 帰還できたのは〈右手〉十二名中、三名である。
 少なくない被害だと思う。

 犠牲になった者を追悼したあとで演習は続けられたが、今年はどうも当たり年だったらしく、月魔獣との戦闘が頻繁にあった。

 魔国からの襲撃者と月魔獣の出現双方を無事に乗り切り、今年度の竜操者は名を上げたらしい。
 もちろん、そんなことは演習に出ている僕らはまったく知らなかったのだが。


「おっ、来たな」
「お早うございます、ロブさん。また今日からよろしくお願いします」

「おう、おはよう。よく無事に戻ってきたな。ミラもクシーノも心配してたぞ」
「襲撃の件ですよね。僕らは寝ている間に始まって終わったので、まったく気づかなかったんですよ」

「そうか。それでもよく無事だったよ。王宮の件はもう聞いただろ? あっちもひどいことになったとかで、最近の話題はそれ一色だぜ」

 王都の民は噂好き……いや、情報通が多いらしく、新しい話題、だれもまだ知らないような情報が町中で飛び交うらしい。

「そういえば、学院に帰るときに、また通行止めがしてありましたね」
 入学式のときのように、王都に入ってから学院までの道々に兵が立っていた。

「そりゃ……みんな新しい情報に飢えているからな。さすがに王宮の中の情報は降りてこねえが、学院生たちだったらポロッと情報を漏らすこともあるだろ? 演習の日程は分かっているんだから、帰りを待ってたんだろうな」

「情報収集する暇な人たちもアレですけど、それを警備する兵が大変ですね」

「まあ、それだけ注目されたってことだろうな。もう二回生は竜を得ちまったが、一回生はこれからだ。魔国の襲撃から生き延びた学院生の肩書きがつくんじゃ、今後の争奪戦が激しくなるんじゃないか?」

「それは勘弁してほしいですね。……そういえば、今日から学院は長期休みなんです」
「おう、知ってるぞ」

「今日は午前中いっぱいまで手伝っていいですか?」
「おう、それはいいけどよ……帰ってきたばかりだってのに、お前、本当に変わってるな」

 そうだろうか。僕としては普通なのだけど。
 意味が分からない顔をしていたら、肩を叩かれた。
 なぜか温かい目で見られている気がする。

「じゃ、はじめましょうか」
「……そうだな」

 僕はロブさんに続いて作業部屋に入った。
 久しぶりの仕込みだ。


「……長かった」
 どれだけこの日を待ち望んだか。なにしろ、演習でストレスが溜まりまくった。

 連日竜に乗せられて移動して、月魔獣との戦闘を見守る。
 夜は哨戒に立ち、翌朝移動する。そんな生活を延々と続けた。
 ストレスくらい溜まろうというものである。

 久しぶりにね作業から入ったが、身体がしっかりと覚えていた。
 だんだんと周囲の雑音が聞こえなくなる。

 今日から学院が三十日間の休みに入った。
 二回生は竜の世話があり、休み中も忙しいらしいが、一回生のほとんどは実家に帰る。

 僕の場合、姉さんとの約束があるのでいつかは帰らなければならないが、往復の十日間があれば、どれだけパンを焼けるかと考えると、帰るのが面倒になってくる。

「いっそ、女王陛下にお願いして竜で送ってもらおうかな……」
 いや、いくら全赦を賜ったからと言って、それは無理だろう。
 しかたがないので、満足いくまでパン作りをしたら、急いで帰ることにしよう。

 ……満足いくまで? いつまでだ?


「ずいぶんと精が出るな」

 一心不乱に仕込みをしていると、ロブさんにそんなことを言われた。
 気がついたら、僕がする分がすべて終わっていた。いつのまに!?

「演習は殺伐さつばつとしていましたからね。無心に生地をねていると、面倒なことも嫌なこともみんな忘れさせてくれるんですよ」

「なんだそれは。疲れきった中年みたいな言い草だな」
 ロブさんは笑った。
 でも本当だ。演習では体力面よりも精神的に疲れた気がする。

 亡くなった〈右手〉が帰還しなかったことで、宿泊施設では少なからず騒動が持ち上がった。
 名目上、使用人として雇い入れていたので、その扱いは通常の死と同じになる。

 宿泊施設の管理は操竜会らしいので、上層部の人がやってきて色々手配していた。
 それを見ていた僕ら学院生の重苦しい雰囲気は忘れられそうにない。

「これだけ死者が出たんじゃ、来年から使用人の追加募集はできないな」
 上層部はそういう判断を下したため、今年行われた試みは来年に引き継がれないことに相成った。

 今まで仲間というものを持ってこなかったので、味方の死に触れたのが初めてだったことに気づいた。
 そのせいもあるのだろう。僕もまた、同級生たちと同じように陰鬱な気分になったのだ。

 焼いたパンを並べていると、ミラが起きてきた。
 僕を見つけて走り寄ってくる。

「あなたねえ、無事なら無事とすぐに知らせなさいよ!」
 両手で胸ぐらを掴むなり、盛大に文句を言ってきたのだが、それって僕が悪いのだろうか。

 演習場から手紙を出すことはできないのだけど……という言葉を僕は飲み込んだ。

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