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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第1章 魔国蠢動編

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007

 僕はもうすぐ王都に行かねばならない。

 もう一度言う。
 ――行かねばならない。

 これは強制だ。
 しかも困ったことに、町の多くの住民が、そのことを知っている。

「……はぁ、憂鬱だ」


 ――二十七番通りにあるパン屋『ふっくらフェナード』の息子に、竜紋りゅうもんが現れた。


 この事実を知る者は多い。
 町中の噂にもなった。

 材料の買い出しに出かけた帰り道。
 突然の激痛に、僕は路上でのたうち回った。

 頭が割れるかと思った。
 全身が引き裂かれるような思いを味わった。
 ただただ、体中が痛かった。

 人の身体に竜紋が現れるとき、かつてない感覚に見舞われるらしい。

 ある者は高熱を発し、またある者は息苦しさを覚える。
 倦怠感けんたいかんや、吐き気、寒さに打ち震えることもあれば、焼けるような痛みを感じることもあるという。

 僕の場合は、全身をさいなむ痛み、痛み、痛みだった。

 運良く、寝ている間に竜紋が現れた者もいるらしいから、世の中は不公平である。

「うががががが……」
 奇声を発して路上でのたうち回る僕。

 道ゆく人が駆け寄り、僕を介抱してくれたらしい。
 よく覚えていない。

 その時、みな息を呑んで僕を見下ろしたという。
 左手の甲に現れた竜紋は、その場にいた全員の目に留まった。

「どこの子だ?」
「たしか、パン屋の?」

「パン屋? 大通りのか」
「いや、二十七番通りにある」

「ああ、あったな」
「俺も知っている」

「よし、親に知らせるぞ」
「それよりもこの子をこのままにできないだろ」

「おい、馬車が来るぞ」
「危ない。道の脇へ……いや、止めろ。馬車に乗せてもらえ。緊急事態だ!」

 という会話がなされたらしい。
 僕は気絶していたので、まったく覚えていない。

 御者ぎょしゃも驚いたことだろう。
 大勢の人が馬車を止めたのだ。

 それでも、中の人は親切だったらしく、僕を店まで運んでくれた。

 正直、助かったと思っている。
 あの場で放り出されていたら、ずっと見世物のままだ。

 それでも人の口に戸は立てられない。
 僕の左手の甲に現れた竜紋のことは、たった一日で町中に広がってしまった。



 竜国では、竜を使役し、意のままに操る者のことを竜操者りゅうそうしゃと呼ぶ。

 竜は精霊のような存在らしい。
 この世界に出てくる時に受肉するのだが、世界を渡る目印になるのが竜紋である。

 竜は竜紋に導かれて、この世界に顕現けんげんする。

「これさえ無ければなぁ……」
 くよくよしてもはじまらないが、左手の甲にあるこの竜紋さえ無ければと、つい思ってしまう。

 竜国では、竜操者は花型職業である。なろうと思ってもなれない。

 竜に選ばれなければ、どんな地位、名誉、財産を持っていたとしても不可能なのだ。

 逆に、この竜紋が現れてしまったら、竜操者になることが義務づけられてしまっている。
 拒否権はない。

 もう一度言う。
 ――拒否権はない。

 竜が勝手にやってくるのだ。
 竜紋で位置が分かるらしく、逃げられない。

「………………はぁ」

 この国にいる者なら、そんなことは誰でも知っている。
 そして僕の左手に竜紋がある。

 ため息くらい、いくらでも出ようというものだ。

               ◯

「竜の学院に行くのはいつなんだ?」

 父さんが聞いてきた。実は僕も知らない。というか、教えてもらっていない。

「迎えの馬車が到着するから、それに乗って行くらしいよ」

「その馬車は領主さまの所に着くのかな?」
「そうかな」

 王都からくる馬車が我が家を知っているとは思えない。

 竜紋が現れてから、僕は何度か領主さまの館に足を運んでいる。
 そこで竜操者になるための心得を学んでいる。

 領主様の名前はクレイアム・サージェントといって、貴族様である。
 僕はいつもクレイアム様と呼んでいる。

 髪に白いものが混じっていて高齢だが、きさくないい領主様だと思う。

 このソールの町にも竜操者が常駐しているので、わざわざ領主館に来てもらっている。
 ソールの町で竜紋が現れたのは僕だけらしいので、ずっとマンツーマンでの授業だ。

「持っていく荷物はどうした? 準備は終わっているのか?」
「寮住まいだし、ほとんど支給されるらしいから、用意するのは着替えくらいかな」

「裏の道具は?」
「手荷物検査があると困るから、向こうで揃えるか、あとで持ってきてもらおうかと」

「そうだな。なら、クリスタンに言っておく。そういえば、エイナのところには寄るのか?」
「うん。姉さんの町で一泊するし、顔を出すと思う」

 エイナ姉さんはクリスタン義兄さんと結婚して、この町を出て行った。

「なら、俺と母さんの手紙を持っていけ。エイナにはしばらく会えなくなると、ちゃんと説明しておくんだぞ」
「そうなの? 竜を得たら、ちょくちょく帰って来ようかと思っていたんだけど」

 なにしろ、竜は速い。
 馬車で数日かかる移動だって、日帰りできるほどだ。

 それに竜の学院を卒業しても、軍属になる予定はないので、自由に会えると思ったのだけど。

「卒業後は所属に関係なく陰月いんげつみちの近くで、経験を積まされると聞いたことがある」
「マジか」

 全然興味がなかったので、知らなかった。
 というか、竜操者の心得を説明してくれた人も、卒業後の話はしてくれなかったな。
 学院で学ぶことは、わざわざ教えなくてもいいということか。

「数年は戻ってこられないかもな。ヘタをすると、一生だぞ」
 数年は長いな。一生って……ああ、死んだ場合ね。

「……分かった。姉さんには、しっかり別れを告げておくよ」
 もちろん死ぬつもりはない。

「覚えとけよ。竜操者になったとしても、死ぬときは死ぬ」
「そうだね。そうならないように、気をつけるよ」

「せいぜい気をつけるんだぞ」
 それで父さんとの会話が終わった。

 準備だけど、本当にしなくていいのかなと思うが、制服から日用品に至るまで、一通り支給されるというし、学院に私物はほとんど持ち込めないから、身ひとつというのが正しい。

 心得えを説明してくれた人によると、寮でする最初の作業は、支給された持ち物すべてに名前を書くことらしい。
 学院とは言うけれど、そういうところは軍隊みたいだ。

               ◯

 数日後、僕は両親に見送られて、この町を後にした。
 これから馬車で五日間かけて、王都へ向かう。

 専用の馬車が家の前まで来てくれた。
 領主様から使いが来ると思っていたら、場所を聞いたらしく、家の前に横付けだよ。

 みんな見ている。
 お大臣さま扱いだ。

 もちろん、道中の費用は国がすべてもってくれる。

 宿泊費も食費もだ。豪気だな。
 だがそれも当たり前のことかもしれない。

 なにしろ僕は、竜操者になるのだから。

 ………………ああ、行きたくねえ。

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