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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第8章 大転移-月戦編

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 女王陛下との謁見を終えた僕は、その翌日から休息に入った。
 月戦隊の生きのこりは、操竜場に宿泊することは義務づけられたが、公的な仕事はない。

 最短で入っているのは、次のパーティである。
 それまで居場所さえ分かっていれば自由にしていいらしい。

 生き残った竜操者のほとんどはその時間を怪我の療養に充てられる。
 僕の怪我はほぼ治っている。町へ出歩いても問題ない。

「……で、なんで俺んとこに来るかねえ」
 そう嘆息したのは、王都のパン屋『ふわふわブロワール』の主人、ロブさんだ。

 休暇となったので、僕はまっさきにここへ来た。
 もちろん客としてではない。臨時従業員としてである。
 なので、裏口から回っている。

 ロブさんと一緒に仕込みを手伝い、いま僕は至福の時を味わっている。
 パン生地を丁寧に捏ねていく。

 すると、これまであった心のもやもやが、すっと消えていくのがわかる。
 ああ、僕はこの作業が大好きなんだ。

 そう思って集中すると今度は、頭の中がすっきりとしてくる。
 これが僕の日常なのだと思い知らされる。

「今日から何日か来るんだろ? 物好きだな」
「月戦隊が発表されてから忙しかったですからね。ようやくですよ。この機会を逃したくありません」

 僕がきっぱり言うと、ロブさんは「はぁ-」と大きなため息を吐いた。
「王都じゃ、今回の英雄譚が語られない日がないってくらい盛り上がっているんだけどな」

 支配種が討伐された話は、噂好きな王都の民の間でもっとも旬な話題らしい。
 月戦隊が失敗した場合、竜国どころか、この大陸が滅ぶことがほぼ確定していた。
 そのことを知らされて、竜国民が驚かないわけがない。

 これまでの大転移とは大きく違い、支配種がいるだけで人類の生存地域が狭まっていく。
 それは国が民衆にひた隠しにされていた事実であった。

 たとえ、行商人や軍人から似たような予想がもたらされていようとも、王宮からの発表がないかぎりは、噂の域がでない。事実として確定していない。

 このたび、正式に世界の危機があって、それが救われたと発表されたのである。
 それをもたらした者たちへの評判は、それはもう上がりに上がっている状態だった。

 生き残った者たちは英雄。死んだ者たちは英霊。
 かれらはみな、世界のために戦った。
 それこそ町の住民からしたら雲の上の人たちであった。

 その英雄の一人が、場末のパン屋で生地を捏ねているのである。
 ため息のひとつも吐きたくなるだろう。

「それでお前さんは、パン屋をやりたいってずっと言っていたけど、できるもんなのか?」

「そうですね、目処は立ったかなと思います。未定ですけど、赴任先も決まったので、そこでパン屋を開こうかと」

 しばらく楽園に常駐することになる。
 ゆったりとした時間が流れる場所で、アンさんと一緒にパン屋を開けたらと思うのだ。

 正式に決まったら、女王陛下にお願いしてみようかと思っている。

「本気なのか」
「そうですけど?」

「……技国のお姫さまと婚約していたよな」
「アンさんですか? アンさんもいいって言ってくれましたし」

「…………」
 今度こそロブさんは、大きく大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。


「あれ? あんた、何でここにいるの?」
 やってきたのはロブさんの長女ミラ。

「やあ、ミラ。久し振り。支配種討伐も終わって、休暇をもらったからだけど」
「…………」
 ミラはロブさんに目で問いかける。

 ロブは首を横に振った。
「……っはぁ~~~~」
 額を押さえて、ミラは壁にもたれかかった。

「どうした、ミラ。貧血か?」

「貧血じゃないわよ……あんたのせい! 世界を救った英雄がなんで我が家でパンを捏ねているのよ。友達に言っても信じない出来事がまたひとつ増えたわ」

「そういえば、ミラ。外に修業へ行くんだって?」
 パン屋を継ぐことが決まったミラは、ロブさんの元では成長しないと、他のパン屋に預けられることになった。

「もう行っているわよ。今日は手伝いに戻ってきたのだけど、あんたがいるならわたしは用なしよね」

「おう、だったら俺は焼きに回るから、一緒にやったらどうだ。久し振りだろ」
「うーん……」

「その方が早くできるしな」
「そうね……じゃあ、そうしようかしら」
 ロブさんに言われて、ミラは悩むそぶりをみせてから、僕の隣に立った。

 ミラも毎日修業を真面目にやっているらしく、手つきが段々本職みたいになっていた。
 いや、本職だが。

「あんた、本当に変わらないわね」
 ミラが僕を見て、しみじみと言う。

「そんな変化があるような日常を送っていないしね」

「あんた、それ、本気で言ってんの?」
「?」

「……まあいいわ。クシーノはいま学校だからいないけど、今日は一日いるんでしょ。後で会えると思うわよ」

「クシーノと会うのも久し振りだな。……あっ、そうそう。ロブさんに言ったけど、何日かはここに通えると思うから」

「へっ!? どうして?」
「休暇だって言っただろ。しばらくはここでパンを焼ける」

「だから休暇でしょ……あんた、王都に友達がいないの?」
「そんなことはない……けど、ここが一番落ちつくのさ」

「……まあいいわ。じゃ、明日からわたしと一緒に仕込みね」
 ミラが嬉しそうに笑った。

 その後、遅番でやってきたミランダさんと会ったり、学校から帰ってきたクシーノに抱きつかれたりと、楽しく一日を過ごすことができた。

 やはりパン屋はいい。

『ふわふわブロワール』でのお話も終わりました。
少しずつやり残したことが消化されていきます。

書籍は、ほとぼりが冷めた頃に出すのが一番なのかなと思っていたりします。
急いでイレギュラーな形で出しても、その巻だけで終わりそうな気がして……。
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