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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第1章 魔国蠢動編

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闇鉤爪やみかぎづめ』が効かない時点で、僕の勝利はない。

 笛を吹いたことは正解だと思っている。
 多少、心をえぐられたが。

 異変に気づいたようで、現役竜操者の方から竜の群れがやってきた。
 すぐに退治してくれるだろう。

 学院生の野営地ではまだ、動きが見られない。
 この辺が危機意識の差なのだろう。

「やってくるのは……走竜が二頭に、飛竜が三頭か」

 竜操者が到着する前に、邪魔にならないよう大きく距離を取った。

「レオンくん、大丈夫?」

 学院生側からイリス先輩だけがやってきた。行動が早い。
 歩哨のときも、走竜のそばから動かなかったのを思い出した。

「僕は大丈夫です。怪我ひとつありません」
「急いで乗って! 離脱するわ」

「えっ?」
「早くっ!」

 考えてみれば、僕はまだ竜を得ていないただの学院生だ。

 月魔獣と戦えるわけじゃない。
 事実、倒すことはできなかったわけだし、間違っていない。

 イリス先輩が僕を逃がそうとするのも分かる。
「……大丈夫なんだけどな」

 そう言っても無駄だろう。
 僕は素直にイリス先輩の竜に足をかけて飛び乗った。

「!? レ、レオンくんは身軽ね」

「そうですか? それよりイリス先輩、このまま進むと月魔獣とぶつかりますよ」

「きゃっ、それは大変! 反転して離脱するわね。しっかり捕まってて!」

 すぐに踵を返して、イリス先輩は速度をあげる。
 イリス先輩が竜を得て半年。操竜の腕前は現役に負けていない。

 走竜は長距離移動では飛竜に負けるが、短距離なら他の追随を許さない。
 すぐにトップスピードになり、戦場から離脱した。

「きゃぁあああああ」

 と思ったら、前方でいきなり月魔獣が現れた。二体目だ。

 鋼殻こうかくのまま地上に留まっていたやつがまだいたらしい。
 周辺に月魔獣が多く落下して、いくつかがすぐに出現しなかったようだ。

 隠れ月魔獣が多いとやっかいだな。

 速度は落とせない。
 月魔獣の横を通り抜けようとしたが、運悪く尻尾を掴まれた。
 竜が前のめりになる。

「いやぁああああ」

 悲鳴を上げるイリス先輩に構わず、僕は背後を見た。
 尾を掴んでいるのは、カニのようなハサミだ。
 もう一方のハサミで攻撃されたらヤバイ。

 関節めがけてナイフを投擲したが、固い音を響かせて弾かれた。
「くっ! そこも弾くか」

 僕に打つ手はない。

 すると、逃げる走竜と押さえつける月魔獣の間で綱引きがはじまった。
 逃げきれるか、そう思ったが、軍配は月魔獣に上がった。

 竜の足を完全に止められ、僕とイリス先輩は地上に投げ出された。

「ツイてないな、これは」

 僕は空中で姿勢を制御し、受け身を取ったが、イリス先輩は背中から落下したらしく、転がっていく。
 かなり先でうめいてる。
 だが、いまは構っている暇はない。月魔獣から目を離したら終いだ。

「カニ型……かと思ったけど、口が大きいな」

 まるでワニのような長い口である。
 しかも鋭い牙が多数並んでいる。

 走竜を持ち上げた月魔獣は、大きな口をあけて食らいつこうとする。

 竜は強く、タフである。
 再生力もあるので、多少の怪我でもまったく問題ない。

 だが、あの大きな口で喉笛を噛みちぎられればどうだろうか。
 絶命しそうな気がする。
 それは避けたい。

「くらえっ!」
 僕がいまできる最大の攻撃、『闇鉤爪』を放つ。

 ――ズシャァアアアアア!

 月魔獣の身体にえぐれた傷ができる。
 先ほどとは違い、少しは効いている。
 だが、致命傷には至らない。

 月魔獣は一度だけ僕を睨んだが、すぐに暴れる走竜に視線を戻す。
「そっちを先に食うつもりか」

 実際に食べるわけではない。
 ただ、喉笛に噛みつき、生命の火が消えるまで離さないつもりだ。

 月魔獣には、どっちが脅威なのか分かっているのだろう。

 しかし参った。
 僕を助けようとしてイリス先輩が竜を失っては、寝覚めが悪い。

「こっちならどうだ」
 月魔獣本体を攻撃しても効かないので、狙いを走竜の尾に定めた。

 もう一度『闇鉤爪』を放った。今度は竜の尾を狙って。
 狙い違わず、走竜の尻尾を切断する。

 竜が悲鳴をあげてのけぞるが、拘束は解かれた。

 走竜がこちらにかけてくる。
 怒っているのか? 怒ってないよな。怒ってないって言ってくれ。

「先輩、こっちです」
 半ば気を失っている先輩を抱えあげて走竜に並走し、飛び乗った。

「レオンくん?」
 振動でイリス先輩が目を覚ました。

「いま月魔獣から逃げています。さっきのこと、覚えていますか?」

「月魔獣? 突然出てきたわ!? そうよ。どうなったの?」

「大丈夫です。無事逃げ切りました。あとは本職の人たちに頼むことにしましょう」
 竜を得てまだ数ヶ月の竜操者に討伐を任せることはしないだろう。

 僕とイリス先輩は尾を失った走竜を駆って野営地に戻った。
 あとから戻ってきた竜操者から、出現した二体が処理されたことを知った。

 今日の遭遇で怪我人は出たが、死者はなし。
 僕が出歩かなければ、遭遇することもなかっただろうか。

 いや翌朝までには出現していたと思う。
 そう思えば、人助けができたと言えるかもしれない。

               ○

「二体目の月魔獣の近くに落ちていた尻尾は、イリス二回生の竜で間違いないのだな」
「そうです」

 壮年のいかにも厳しい顔をした竜操者に、いまだ学院を卒業すらしていない若い竜操者たちは緊張の面持ちで答える。

「あまりに切断面が鋭利すぎる。なにか聞いてないか?」

「イリス二回生は、竜から投げ出されて気を失っていたようです。気づいたときには、逃げ出す直前だったと聞いておりますが」

「いまは救護員のもとで休んでいるのだったな」
「はい。……なにか、問題でも?」

「月魔獣の死骸を確認したが、両腕のハサミはつまむことはできても、切断するようにはなっていなかった。つまり、あの場で竜の尻尾を切り落とせる存在が他にいたことになる」
「…………」

 竜の尾を切り落とせる存在に、だれも心当たりがない。

「そういえば、イリス二回生と一緒に歩哨をした一回生がいたな」
「はい。その者が周囲を警戒中に月魔獣を発見しています」

「何か聞いていないか?」
「無我夢中だったので、よく覚えていないそうです。月魔獣を見たのもはじめてだと」

「そうか。念のため、もう一度聞き取り調査をしてくれ。学院の演習であるゆえ、我らがあまり出しゃばるのはよくない」
「承知しました」

 ぎこちない敬礼をして若き竜操者たちがその場を去る。

「しかし、分からんな。我らが駆けつけるまで、ほとんど時間差はなかった。他にだれかいた可能性はないが……イリスと一回生のどちらかがやったとか? いや、さすがにそれはないか」

 壮年の竜操者も、月魔獣がうつ伏せに倒れたことで、腹部にできた切り傷に気づくことはなかった。

 尾が切断された件は、偶然の結果として処理することになった。

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