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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第8章 大転移-月戦編

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「このパンは良い素材を使っているな」

 ここの橋頭堡は砦を改造しただけあって、大勢が食事できるようになっている。
 調理場もしっかりしていて、パンを焼く窯も大きい。

 並んでいるのはどこの町にもある無骨なパンだが、良質な麦を使っているらしく、クセの少ないものに仕上がっている。

「こっちのパンはスープに合いそうだな」
 やや固めのパンに手を伸ばした。

 そのまま食べるには硬すぎるが、汁物に浸しても崩れない。
 実際多くの人はスープと一緒に食べている。

「これは具を乗せて食べるのか」
 最初からスライスしてあるパンもあった。これは手でちぎる必要がない。
 その分、何か具材を乗せて食べると美味しそうだ。

 テーブルを回り、めぼしいパンに目星をつけて、ひとしきり堪能していると、アンさんがやってきた。

「楽しんでいますか、レオンくん」
「ええ。アンさんも……それは?」

 手にいくつもコップを持っていた。
「中は果実の絞り汁なのですけど、みなさんが次々に持ってきてくれまして……」

 困ったようにアンさんが笑う。
 なるほど、日頃遠目にアンさんを見ていた兵たちだな。

 飲み物を持ってきて、お近づきになろうとしたらしい。
「分かりました。その人たちは全員、今夜中に処理しておきますので」

「レオンくん、冗談ですよね」
「もちろんバレないようにします」

「わたくしは何でもありませんから、レオンくんは落ちついてくださいね。酔ってませんよね」

「お酒は飲んでいません。まあ、アンさんに色目を使った者たちは今夜中にカタをつけておきますので、安心してください」

「…………」
「…………もちろん、冗談です」

 アンさんは、「驚かさないでください」と笑った。
 僕も「すみません」と軽く謝ったが、もし無礼講にかこつけて、アンさんに変なちょっかいを出す者がいたら、それ相応に思い知らせるつもりだ。

「レオンくん、外へ行きませんか?」
「はい。いいですね。行きましょう」

 宴会が行われているのは大会議室。
 中は上官たちが多いらしく、人の姿は半分ほどに減っていた。

 部屋を一歩出ると、そこかしこで羽目を外している人がかなりいた。

 彼らは堅苦しいのが苦手なのだろう。
 勝手に酒と料理を持ち出して、隅っこで酒盛りをしているのだ。

 今日はそれを注意する者はいない。
 みな、仲間と最後の別れを済ますのだ。

 僕とアンさんは、そんな酔っぱらいたちを器用に避けて、屋上に向かった。

「星が綺麗ですわね」
「ええ……シャラザードから聞いた最終決戦も、前夜はこんな感じだったのかもしれません」

 千を越える竜を引き連れて、シャラザードは支配種の討伐に向かった。
 傷つき、力尽きていく仲間たち。
 それでもシャラザードは仲間の屍を越えて立ち向かい、支配種を一体、倒している。

「その話は王宮で聞きました。天頂にあるカイダの月で行われた戦いのお話ですね」

「そうです。あの時とは状況が違うとシャラザードは言っています。カイダの月では、月魔獣の降下は何倍も多く、そして広範囲に亘っていたようです」

「それで滅んだのですか」
「徐々に居住地を追われて、最後の最後に、持てる力全てで向かっていたようですね」

 だからこことは事情が違う。
 もし、シャラザードが言うようなことがこの大陸でおきたら、僕ら人類は為す術もなく、蹂躙されていたことだろう。

 違いはおそらく、エイダノの月との距離。
 遠く離れているがゆえに、エイダノからこの地に月魔獣が降ってくることはない。

 カイダという鋼殻を中継する月がなければ、届かないのだ。
 だからこそ僕らは月魔獣に対抗し得ているし、こうして支配種を追い詰めるまでに至っている。

「レオンくん、死なないでくださいね」
「はい。死ぬつもりはありません。何しろ、この後、パン屋が待っていますので」

「そこはわたくしとの結婚が待っていると言わないと」
「そうでした」
 素で間違えた。

 頭を掻く僕に、アンさんは「わたくしたちの未来にパン屋も重要ですわね」と笑ってくれた。

「でも、多くの人が死ぬのでしょうね」
「竜操者はほとんど生き残れないと思います」

 旧魔国の首都イヴリールは、三つの城壁がある。
 一番大外は除外して、二番目の外壁の内側には多くの月魔獣がひしめいている。

 そして最も内側の城壁は、半径五キロメートルの円形になっている。

 その中のどこかに支配種がいる。

 僕ら属性竜は、支配種の元まで一直線に進む。
 その後を追うようにして多くの竜が続く。

 彼らは支配種以外を僕らに近づけさせないよう、身体を張って阻止するのだ。
 彼らの責務には、厳格な優先順位が存在している。

 月魔獣を近づけさせないこと。
 そのために、自らが犠牲となることすら容認している。

「少しずつ月魔獣を倒しながら、支配種に迫ることはできないのでしょうか」

「支配種には強力な遠距離攻撃がありますので、犠牲が大きくなりすぎますね。今回の作戦がもっとも犠牲の少ないものになると思います」

 それでも帰還できる竜操者は半分以下となる。
 これまでの試算で七割の被害と出ている。

 今回、月魔獣が集まってきたことで、危険率が上がった。
 どれだけの竜操者が犠牲になるか、分からない状況になってきた。

 いま下で騒いでいる者たちのほとんどが、あと数日で死んでしまう。
 それが分かるからこそ、みな今を楽しんでいるのだ。

「かつて人類が光り輝いていた時代があったなんて、言われたくないですからね。キッチリと支配種は始末します」

「レオンくんのお帰りをお待ちしておりますわ」
「はい。吉報を信じて待っていてください」

 この日の無礼講の宴会は、朝日が昇るまで続いたという。

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