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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第8章 大転移-月戦編

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 皆は『楽園』についてどのくらい知っているだろうか。
 常春とこはるの国、この世に存在する最高の場所。
 そんな認識ではないだろうか。

 合っている。そう、合っているのだ。

 そして僕はいま、『楽園』に来ている。


「あ~、久しぶりだな、この匂い」


「しっかし、物好きだね。今日は休暇だってのに、パン屋にアルバイトに来るなんて」
 隣でロブさんが何か言っているが、関係ない。

 僕はいま、『楽園』にいるのだから。



 最近の僕は、休みなく働いて、働いて、働いていた。

 それも仕方がない。
 シャラザードにしかできない事も多いし、この前みたいに僕にしかできないこともある。

 だから頼まれれば僕は頑張るし、出来るだけ良い成果を残せるよう、全力を尽くす。
 ただし、僕の精神が疲弊しない程度でだ。

 最近は本気で忙しかった。
 あっちへ飛んだり、こっちで影に潜ったり。

 そういうわけで、今日は休養日。
 久々のオフだ。

 僕は王都の町を歩き、『ふわふわブロワール』の前まで来てしまった。

「おう、レオンじゃないか。どうしたんだ?」
 声をかけてくれたのは、ロブ・ブロワールさん。このパン屋の主人だ。

「最近、パン成分が足らなくて……」
「……お、おう。なんか、やつれてんな。ウチで捏ねてくか?」

「いいんですか!?」
 という流れだったりする。

 ロブさんは僕が一定期間パンを焼いてないと禁断症状が出るのを知っている。
 憔悴しきった僕を見て、気を遣ってくれたのだ。

 さすがは勝手知ったる作業場である。二年間通い詰めたのだ。
 すぐにいつもの調子を取り戻して、僕の疲れも吹っ飛んでしまった。

「竜操者ってのは、忙しそうだな」
「ええ、大転移もありますし、気を抜く暇がない感じですね。王都はどうですか?」

「人が増えたが、物が減った。前は普通に売っていた贅沢品なんかが店先から消えているな」
 オレが買うわけじゃないからどうでもいいんだけどと、ロブさんは笑って言った。

「売れないからですかね」
「そうだなあ。物価が上がっていて、そんな余裕がないって奴が多くなっちまったんだな」

 王都に住むにはただでさえ金がかかる。
 その上、生活に必要な物が中々入ってこなくて、あるものの値段が高騰しはじめた。

 それに加えて、町中で囁かれる食糧不安の声。
 贅沢品に手を出すような人が減っているらしいのである。

「食糧は大丈夫だと思いますけどね。カイルダ王国で増産するみたいですし」
 王都では『楽園』という言葉は使わない。

 城から発表された言葉は、新しい国家が天蓋山脈の中にあり、「カイルダ王国」と名乗ったという事実だけ。

 ゆえに『魔探』のデュラルが記した手記や、商国が求めていた『楽園』という言葉は無かったことにされている。

「何かよく採れる芋が見つかったんだって? 新しい調理法を研究した者には褒美が出るとかお触れが出ていたぞ」

「期限は三年後まで毎年でしたっけ? まだ時間が結構ありますよね。そもそも島芋はまだ市場に出ていませんし」

「オレもよ、パンと組み合わせて、新しい商品を開発しようと思ってんのさ」
「ああ、いいですね。甘みもあるので、きっと合いますよ」



「ねえ、レオンが来たって本当!?」
 そんな話をしていたとき、店の方から元気な少女が駆け込んできた。

「本当だよミラ、久しぶり。元気だったか?」

「おい、ミラ。おめえはもう少し、落ち着きを覚えろよ」
 ロブさんが苦言を呈している。

 入ってきたのはミラ・ブロワール。ロブさんの娘だ。
 妹のクシーノは学校に通っているので、帰りはまだだろう。

「お父さん、配達終わったわよ。だからわたしも手伝うわ」
 手を洗って服を着替えたミラが、すぐに戻ってきた。

「おう、じゃあオレは裏で窯をやってるわ」
「あれ? ロブさんが窯の番ですか?」

「最近はなるべくここをミラに任せることにしてんのよ。あとでミランダも来るから、作業場は二人で最近回している感じかな」

「へえ……ミランダさんはともかく、ミラがねえ」
「なによ」

「いや、頑張ったんだなと思ってね」

 ミランダさんはこの店の従業員だ。
 なんでもこなすとても器用な人で、ロブさんもかなり重宝していた。

 僕が学院を卒業した頃は、ミラはようやく仕込みができるようになったばかりだった。
 それが今ではパン作りをミランダさんと二人でやっているとは。

「まっ、わたしにかかればこんなものよ」

「……と、勘違いするのさえなくなれば、いいんだがねえ」
「お父さんは早く向こう行ってよ!」

 接客を早々に諦めたミラは、職人として生きていくようだ。
 ミラにとって、それが一番幸せなのかもしれない。



 その後ミランダさんと、もう一人の従業員であるケールさんがやってきて、店が本格的に回り始めた。

「レオンくんがいなくなって、それぞれの負担が増えたでしょ。大変だったのよ」
「でも、僕が学院に来る前は、それでやっていたんですよね」

「レオンくんが来てからお客さんも増えたのよ」
「そうだったんですか」

 朝イチで並ぶパンの量が増えたり、種類が増えたりして、結構評判になったらしかった。
 それに僕とロブさんが開発した新しいパンの噂も広がったりで、前より客層が若返ったのだという。

「以前は、ご近所さんの固定客がほとんどだったけど、若い人もよく買いに来るようになったわね」

 そのせいで、僕が抜けてからが大変だったらしい。
 質を下げないで量を確保するために、みな必死で頑張ったようだ。

 そんな話をしながら、僕は遅くまでパン屋で働いた。

 よかった。たった一日だったけど、十分英気を養えた。

 明日からはまた、殺伐とした日々が始まるのだ。

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