挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第8章 大転移-月戦編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

589/660

588

「商国は一枚岩ではない。そのことは、しっかりと理解してもらいたいね」
「…………」
 僕は腕を組んで、先を促した。

 ずっと周囲の気配を探っているが、この部屋だけでなく、周辺にだれかが隠れている気配はない。
 本当に一人で待っていたようだ。

「商国誕生の経緯は知っている前提で話すが、技国との諍いがあったのは事実だ。だが、巷間に流布されているのとは、少し違う。あの日、商国は過去の呪縛よって新しい道を踏み出したといえる」

 今いる商人の多くは、イデオロギーと無縁であるという。
 ただし、過去、幾度も為政者によって迫害されてきた商人たちの負の歴史が、いまの五会頭を形作っているのだという。

『商売』そのものが下等であると断じた時代があったらしい。
 右の物を左へ持っていって売るだけで、値段が倍になる。なんて浅ましいのだと。

 商売人は人を騙し、人の欲を煽って利益をあげる。
 だから最低の人間だと、財産を取り上げられ、自身の命すら失った者もいたらしい。

 それはすべて為政者の我が侭。
 民の不安に対し、生贄の羊として商売人を血祭りにあげることが、自らの権力基盤を強化するのに役立った時代。

「それはもう、遠い昔の話なのだけどね。為政者は悪い商人を懲らしめる正義の使者であったのさ。商人が溜め込んだ財目当てだったのかもしれないし、たんに目障りだったのかもしれない。どちらにせよ、時が移っても、その恨みを忘れていな一族はいるわけだ」

 世の中が整備されてくると、政治も変わってくる。
 その中でも商人たちは、絶望を見たらしい。

 たとえば王家。世襲によって成り立ち、貴族はもとよりその国全てを支配する存在。
 愚王が立てば、その国は急速に傾いていく。
 そして暗愚の王は時として現れる。

 領主や貴族たち。彼らもまた、小さな一地方では王権のごとき力を振るう。
 彼らが見るのは、下々の生活ではない。

 自分の地位の安寧とその環境の構築。それが第一。
 第二はそれをとりまく周囲の環境を整えること。
 一般の民のことは二の次である。

「為政者の目指す理想は、商人たちの理想とはかけ離れているね。何しろ、商人たちは等しく豊かになる世界を夢想し、経済の発展に依存した社会を目指しているのだから」

 貴族が贅沢な暮らしをし、民衆がそれを支える社会ではないという。

 行う政治も、経済基盤に寄って立ち、経済が振るわなければ政治も小さくまとまり、経済が活性化すれば、政治もまた活性化する。

 為政者の思惑に経済を無理矢理合わせるのでは無く、人の営みこそが、政治を決める重大な要素となるような社会を作りたいらしい。

「商人たちによって平等な社会が実現すれば、そこには停滞と澱みがない。政治なんてものは、政策を保証するくらいでちょうどいいのだと。これはみな、五会頭の理想だけどね」

 だからこそ、五会頭は政治の中に入っていったのだという。
 ただしそんな彼ら自身でさえ、自分たちが政治家だという認識を持っていないらしい。

 ただ、政治の場を間借りした民衆の代弁者であると考えていると。

「それが五会頭の考えだ。もちろん賛同する者も多い。だけど私を含めて、政治は専門の者に任せた方がいいと考える者もいる」

 五会頭のやり方では、五年、十年では大丈夫。十五年、二十年でも。だが、国の運営はそれだけではない。
 五十年、百年のスパンで物事を考える必要があったりする。

 たとえば今回の大転移。
 竜国は、中央集権であったがゆえに、大転移に備えて月詠司の役職を設けて、観測をずっと続けてきた。

 楽園の話が竜国から出たときは、古代語の解読をそれこそ何百年も続けてきたことも知れた。
 いつ必要になるか分からないものにさえ心を配り、準備をするのは商人たちでは無理だと。

「合理性を重んじるがゆえに、商人は百年に一度、二百年に一度あるかないかに備えることはしない」
 男は、それでいいのかと思うらしかった。

 話し疲れたのか、男はここで一息入れて、僕がいる辺りを注視した。
 暗がりに黒衣に身を包んだ僕は、かなり視認しづらいのだろう。

「そこで提案があるのだが、きみら竜国が商国商会とひとくくりにしている中でも、そのような派閥……というよりも、もはや別物である存在がいるわけだ。だが、竜国商会の設立や、新規事業立ち上げにかかわる特例など、商国の商会すべてを目の敵にするやり方を取っているね。正直、私どもはこれまで……これからもずっと竜国の法の下で活動を続けていくつもりだ。だからこそ、一緒くたに排除されたくないのだよ」

 どうやらそれが言いたかったらしい。

「同じ国の商会とはいえ、まったく交流もない連中のために被害に遭うのは正直割りに合わないと思っている。だから、竜国はそのことを理解して、真っ当な商人には、真っ当な扱いをお願いしたいところなのだ」

 男はさらに続ける。
「このままでは立ちゆかない。それゆえに撤退を視野に入れているが、何十年とここに根を張ってきた商人たちにとって、それは苦渋の決断だと思わないかい? そしてこれ以上締め付けるのならば、私らは反撃に出る。数もそれなりにいるし、これまで培った人脈は伊達じゃない。そして不退転の決意でもって、戦い抜くつもりだ。どのように戦うか、方法はもちろん教えないけどね」

 実際、多くの商人が死ぬ気で戦う決断をしたら、竜国は大きなダメージを受けるだろう。
 五会頭だって、竜国に最後の一線を越えさせないために、裏でコソコソ動いていたのだから。
 表だって商人たちが動いたら、収拾がつかなくなる恐れがある。

 たとえばだ、一斉に流言飛語を流されたとする。
 何十人という商人たちによって食糧危機が煽られただけで、町民はパニックになる。
 もちろんすぐに収まるが、一旦蓄えた食糧はきっと手放さない。

 その分、他に回る食糧が不足する。
 それを狙って買い占めがおこれば、結局どこかで食糧難が起こる。
 そして第二の流言飛語だ。どこぞで餓死者が出たと噂が流れれば、さらなる買い占めが起こる。

 竜国の何とかという商会が倉に食糧を隠していると言えば、討ち入りが始まるかもしれないし、差し違える覚悟で商人が動けば、それなりの被害は避けようがない。

「……伝えておこう」
 そのため、僕はそれだけを言った。

「頼むよ。我々だって最後の手段を使いたくない。共栄とまでは贅沢を言わないが、共存は認めてほしいね」

 男がそこまで言う間に僕は部屋の隅まで下がり、闇に潜った。



「……という話なんですけど」
 シルルお姉さんに、今日あった出来事を伝えた。

「商国が一枚岩じゃないのは知っていたけど、内部情報なんて入ってこないもの。知らなかったわ」

「イザとなったら、二度と竜国に戻ってこないつもりで、破滅するまで何かをやるつもりですよ」

「うーん、困るわね。およそ一年半後が一番、この大陸で食糧が少なくなるんですって。そのときを狙われたら、冗談じゃなく、多くの餓死者が出てもおかしくないわね」

 みなに持っている食糧をすべて出して、等分に分けましょうと言ったところで実行できない。
 その頃には、一粒でも多くの麦を買いあさるか、血みどろの奪い合いが繰り広げられることだろう。

「分かった。今の話は上にも伝えておくわ」
「お願いします。それとリストにある商会ですけど、半分ほど終わりました」

「ありがとう、レオンくん。ならば、とりあえずはもういいわ。これ以上やると、罠を張って待ち構えてきそうな感じだし、いま王都内で殺し合いが起こると、少し困るのよ」

 竜国は裏でいろいろ動いている。
 楽園のこととか、月戦隊つきせんたいとかだ。
 さらに商国つぶしのために僕らが動いているわけで、いろんな思惑が一度に行われると、予期しない反応が起こる可能性がある。

「では僕の指令はこれで終了ですか?」
「そうね。また頼むかもしれないけど、しばらく私たちが様子を見ておくわ。本当にありがとう」

「いえ、また何かあったら、その時に」

 あとの事は王都の〈影〉に任せて、僕は久々に休むことにした。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ