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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第1章 魔国蠢動編

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 寮にやってきた『悪食』の仕事は、学院専属の鍛冶師。
 学院に踏み入ることを許された、数少ない人間だったらしい。

 だからなぜ僕がここにいるか、まったく分かってないのだろう。
 こんなところで出会うのかも。

「僕は竜操者としてこの学院にいる」
「………………」

 単刀直入に告げたのに反応がない。
 これでは『悪食』が理解したのか分からない。

 というか、寮で土下座はやめてもらいたい。
 だれかに見られても面倒なので、僕は『悪食』の首根っこを掴んで、義兄さんの部屋に連れ込んだ。

 以前、顔を確認したときも若いと思ったが、今日見て確信した。
 年齢は僕とそう変わらない。

 義兄さんに事情を話して、しばらく部屋を使わせてもらう。

「へえ、これが……ちょっとやり過ぎかな」
 ガクガクと震える『悪食』を見て、義兄さんはおかしそうに笑う。

「脅しすぎたかな?」
「いったい何をしたんだい?」

 僕は義兄さんに『悪食』との関係を話した。
 寮で見かけたので、後ろからナイフを宛てがった所まで話した。

「よく思いとどまったね」
 最初に会ったときに殺さなかったことだろうか。あのときはお姉さんという邪魔も入っていたし。

「もうどうでも良くなっていたからかな」
 僕がそう言うと、「むやみに殺さないなんて、成長したものだ」と言った。

 それで『悪食』の震えが大きくなったのだけど。

「それでどうするんだい? ここを血の海にされるとちょっと困るなあ」
『悪食』が固まった。

「女王陛下と約束したので、僕に敵対しない限り命は狙わないことにしたんだけど」

「なるほど、その方がいいだろうね。……ちなみに敵対というのは、別に武器を持って襲いかかることだけを指しているんじゃないからね」

 後半、義兄さんは『悪食』に対して話しかけた。
『悪食』はものすごい勢いで首を縦に振っている。

「よし、この話はおしまいだ。首はつながったわけだし、いつまでもこれじゃ話もできないな」

 義兄さんは『悪食』を立たせた。
 ホッとしたのか、死の恐怖から解放されたからか、その顔には涙の跡がいくつもあった。

 そしてようやく僕は、『悪食』の名前を知ることができた。アニス・クイントというらしい。

 アニスは鍛冶師を営みつつ独学で格闘術を修め、いまは女王陛下の〈右手〉として仕えているのだという。

「両手足だけでなく、口を武器に使えたらと思いまして自作しました」

 なぜか僕らに対して敬語で話す『悪食』は、人工の牙を見せてカシャカシャとやった。

「獣には牙があるじゃないですか。あれは脅威だなと思っているうちに気がついたんです。人間にも牙があれば、格闘戦でも優位に立てるって」

 そうやって過ごすうちに、外見の特異さから『悪食』の名を頂戴したらしい。
 いま気づいたが、『悪食』の口調が変わっている。少しくだけたようだ。
 だけどまだ、完全に気を抜いたわけではなさそうだ。

「実力が伴わないうちは、過ぎた名だと思うけど」
 戦った印象では、それほど強いとは思わなかった。

 名前に振り回されていると思ったが、王都にいる〈右手〉の中では、実力はかろうじて上位に引っかかっているのだという。

「そんなはずないだろ」と僕は言ったが、「あなたが特別なんです」と返された。
 そんなに〈影〉は人手不足なのだろうか。

「まあ、そういうわけで、僕の邪魔したり敵対しない限りはなにもしない」
「分かりました。肝に銘じておきます」

 予想以上にかしこまっているのは気になったが、敵対しないならばそれでいい。
 ただし、同年代なのにかなり距離を取られている気がする。

 出会いがアレだったので仕方ないと、僕は考えることにした。

 アニスは鍛冶屋らしいので、来年僕が竜操者の鎧を着るようになったら、注文してみようと思う。
 そうしたらいろいろ親しくなれると思う。

 数日後、二回生の鎧の調整を終えたアニスは学院に来なくなった。
 いよいよ先遣隊が出発する時が来たのだ。

               ○

 僕のルーチンワーク。早朝のアルバイトだ。
 パンの仕込みを終えて、僕がそろそろ寮へ戻ろうかと思ったときに、パン屋の看板娘(最近そう自称している)ミラが話しかけてきた。

「こんど演習に行くんですって?」

「ロブさんには言ったけど、五日後に出発するんだ。演習は十五日間。半分は野営になるけど、月魔獣つきまじゅうの出現次第だから、詳しいことは分からないんだけどね」

「気をつけなさいよね。毎年けが人が出るみたいだし」
「戦うのは二回生だし、それを見守る本職の竜操者がいるから、大丈夫だと思うよ」

「それでもよ」
「分かった。気をつけるよ」

 最近のミラは、さらに険が取れてきただけでなく、こうして心配もしてくれる。
 看板娘(自称)の効果だろうか。

「父さんも仕込みが楽になったって喜んでいるんだから、早く帰ってきてよね」
「ああ、僕もここにいると落ち着くし、演習が終わったらすぐに顔を出すよ」

「きっとよ」
 やや強い調子でミラが念を押す。

 そこまで強く言わなくても、戻ってくると言うのに。
 このあと出発の日までに、ミラと三回も同じ約束をさせられた。

 たしかに、パンを焼くために一番重労働なのが、仕込みだろう。

 少量ならばそれほどでもないが、この店のように複数の窯で一度に大量のパンを焼く場合、ねる作業ひとつとっても、大人でもきつい。

 それが日に何回も繰り返されるのだから、体力的にも大変だ。

 仕込みは手を抜くわけにもいかず、手早く完成させるにはコツも必要で、慣れるまで体力と持久力がものを言う。

 ミラがいまだに仕込みをやらせてもらえないのは、最後まで均等に力を込められないからである。
 どうしてもスタミナ切れをおこして、途中からねが足らなくなってしまうのだ。

 なんにせよもうすぐ演習だ。

 だが、その前に僕ら1回生には、外せないイベントが待っている。

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