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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第7章 大転移-楽園編

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七夕です
○商国 東の都

 東の五会頭のひとり『麦野ばくや』のフストラ・エイルーンは、部下から上がってきた資料を、時間かけて読み込んだ。

 資料には、魔国についてさまざまな情報が書き込まれており、新国王についてやその重鎮のみならず、最近行われた国内に向けた発表、竜国との和平交渉の内容に至るまで、さまざまなものが事細かに書かれていた。

 一通り目を通したフストラは、部下への命令書を作成する。
 一枚、一枚手書きである。

 成功した場合や、失敗した場合の処理。他に介入があったときの対処の仕方なども書かれている。
 それが二十枚を越えたところで、部屋の扉がノックされた。

「……どうぞ」
「邪魔するぞ」

 入ってきたのは、同じ東の五会頭の一人、『宝寿ほうじゅ』のドナルマー・テンナイであった。

「これはこれは『宝寿』の。てっきり天蓋てんがい山脈に行っているとばかり思っておりましたが」

 ドナルマーは普段天蓋山脈から算出される稀少な金属や鉱石を採掘している。
『楽園』探しを先頭だって行っている人物でもあった。

 よほどのことがない限り東の都には顔を出さないドナルマーに、フストラはいくぶんいぶかしんだ。

「山の方には『鉱燐こうりん』が行っておる。わしは一足先に抜けてきた」
「ああ、彼でしたら適任ですね。洞窟探しにおいては『宝寿』さんも敵いませんか?」

「無理だな。わしは山歩き専門じゃ。……それに『鉱燐』はアラル山脈での仕事はなくなった」
「……そうですね」
 フストラは苦笑いをする。

『鉱燐』によって作られたアラル山脈にある隠し洞窟は、竜国の火竜によってことごとく燃やし尽くされてしまった。

 大転移に備えて蓄えた食糧も、商人たちから預かった貴金属品も……それどころか、各国の通貨の山すらみな高温の炎で溶けてしまったのだ。

 犯人は分かっている。
 名前を挙げるのも癪だが、特殊竜を駆るソウラン・デポイの仕業だ。

 あれで商国の計画が十年遅れたと言っていい。
 失った物資と信用を回復させるのに、これからどれだけ労力が必要か。

 ただし、あのことで竜国に抗議はできない。
 表向きは、そこに物資など溜め込んだことになっていないのだから。

 それを自分たちから明らかにし、いらぬ注目を浴びるのはよくない。
 何しろ商国は『民あってのもの』と普段から公言している。

 後ろ暗いことは何もやっていませんという顔をしていないといけない。

「それで、いかがなさいました? 代理ではなく本人が来るなんて、大変なことでもおきましたか?」
 とつぜん『宝寿』が尋ねて来た意味が、図りかねていた。

 フストラとしては、人手はいまをもって足りないくらい。
 事情を知っている『宝寿』ならば、それくらい分かってくれていると考えていた。

「魔国が、始まらん(・・・・)かもしれん」
 フストラの動きが止まった。

「魔国が始まらない? 始まらないですって?」
「うむ」

「そんな兆候は出てませんでしたけど」
「最近、魔国と竜国が和平交渉をしておるじゃろ」

「ええ……手元にも資料があります」
「一昨日の会議で話が出た。竜国が食糧と物資の援助をするようじゃ」

 フストラが手にしているのはもっと前のものである。
 金を握らせ、会談の内容を伝え聞いのをまとめたものだ。

 裏を取るため、複数の情報源から確認をとり、それを資料とするのに時間もかかっている。

 話を聞いて飛んできた『宝寿』には、情報の新鮮さでは敵わない。
「詳しく教えてください」

 フストラは先ほど書いた命令書のいくつかが意味を成さなくなることを理解した。

「魔国が竜国へ戦争賠償をすることは知っておるじゃろう。ただそのままでは魔国が立ちゆかなくなるゆえ、長期返済で食糧などを売りつける提案をしおったのだ」
「まさか……それは予想していませんでしたね」

「竜国に余剰は?」
「あります……買い占めが行われなければですけど」

 もともと大転移で穀倉地に被害を受けるのは魔国であり、竜国は常日頃から余剰物資を溜め込んでいる。

 だがこれからのことを考えれば、他国へ食糧を輸出するなどと、フストラは考えていなかった。

「……天蓋山脈への物資の輸送はどうなっていますか?」
「順調じゃ。なにがあっても生き延びられる分を確保するまでは続ける予定じゃ」

「他国に見つかるなんてことは?」
「まずありえんな。移動には細心の注意を払っておる。運搬者も十年以上のベテランばかりじゃ。裏切る可能性はない」

「とすると問題は魔国が始まらないことですが」
「破産する者が出るな」
「困りましたね」

 フストラは部屋の奥にある資料の束を取り出して開いた。
 そこには竜国の全ての村や町の情報が記されている。
 もちろん、収穫高も。

 商国商会の者たちは、自分たちのお得意の場所を回るついでに、必ず情報収集を行っている。
 ひとつの村や町で毎回一つか二つは、新しい情報を仕入れることを課している。

 ――貪欲に情報に食らいつくべし

 そう言われている。
 畑の広さや収穫高、栽培品目などは、商人が最初に集める情報である。
 それがすべてフストラの手元に集まっている。

 これは商国商会の商人たち全員が自分の足で集めた情報。
 それを整理し、分かりやすくまとめてある。

 フストラは、いわばこの大陸の全ての収穫高を理解していると言っても過言ではない。
『麦野』の名は伊達ではないのだ。

 それからすると、大転移で魔国が失った穀倉地帯の収穫量は、無視できるものではない。
 好意的に計算しても五年で魔国は積む。

 通常ならば三年で餓死者が出る。
 魔国王は選択して人を減らすことで、残りの国民を飢えから救おうとした。

 救われない者にとってはとんでもない話だが、魔国王自身もまた救われない側に入っている。王の重鎮たちも同じだ。

 そうやって国を存続させようと動いていたのをフストラは感じ取っていた。

 ――魔国が始まる

 それはつまり、魔国の崩壊が始まることを意味している。

 それを早めるため、フストラは故意に情報を流し、物資の買い占めを行わせた。
 計算では一年早く……つまり二年後には餓死者が出る試算だった。

 フストラは別段、国を崩壊させたいわけではない。
 無政府状態になれば、商人は生きづらい世の中になってしまう。

 それでも一時的な措置として、国の機能がなくなることが必要であるとフストラは考えていた。
 始まったときの準備も進めていた。

 だが、ここに至って、竜国が横やりを入れてきたようである。

「よりによってまたか」

 そう呟かざるを得ないほど、最近の竜国は物事をひっくり返しに来ているようにフストラには感じられた。



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