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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第6章 大転移-竜魔編

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 ミラは、仕込みをする手を止めて、そっとレオンを盗み見る。

 ――これが英雄。

 町の噂を聞いた時、ミラはどうレオンに接すればいいのか悩んだ。
 自分の手の届かない高みに行ってしまったと。

(……それじゃ駄目)
 英雄と呼ばれ、舞い上がってしまったレオンは増長しているかもしれない。
 いいや、きっとしている。

(そんなときこそ、普段通り接するのよ)
 たとえ英雄と呼ばれるようになったとしても、自分たちの態度は変わらないでいこう。
 ミラはそう決心していた。

「よっし、仕込みが終わった」
 レオンが上機嫌な声をあげた。

 彼の様子は普段と変わらなかった。あれぇ?

 ここしばらく、レオンは本職――つまり竜操者としての仕事があったので、来ていなかった。

 レオンが長期にいなくなると、その後、必ず噂が王都を駆け巡る。
 いわく、大量の月魔獣を仲間もろとも吹っ飛ばしたとか、超強力な技で全員の度肝を抜いたとか。

 この前は魔国の大軍を蹴散らしたという。
 その存在は天災とも厄災とも言われていた。

 英雄レオン。
 だがそれまでは、黒竜シャラザードなど恐怖の象徴とまで言われていた。

「ミラ、手が止まっているぞ」
 レオンがパンを成形する手を休めて、そう言ってくる。

「ち、ちょっと考え事していたのよ」
「そっか。僕の方はもうすぐ終わるから先に焼きをするな。ミラのは後でいいか?」

「それでいいわよ」
 レオンはまた器用に手を動かしていく。

 破壊と恐怖をまき散らす黒竜シャラザードのことを知らない王都の民はいない。
 だからこそ英雄と呼ばれるようになって、その態度も変わるかと思ったのだけど……。

 (となりで嬉々としてパンを作っているのよね)

 レオンの人となりを知っていたとしても、やっぱり違和感がぬぐえなかった。

 良きにつけ、悪しきにつけ、レオンは目立つ存在だと思う。
 黒竜シャラザードと一緒に巻き起こした騒動を考えれば、こんな場末のパン屋になぜいるのか不思議でしょうがない。

「開店の準備が終わったよ」
 クシーノが顔を出してきた。

「レオンのパンが焼きあがるから、ケールさんに言って並べてもらって」
「それはいいけど……お姉ちゃん、仕事遅い?」

「ち、ちょっと考え事していたの。いいから店の方に行きなさい」
「はーい」

 父さんも母さんもクシーノもいつも通りだ。
 レオンも。

 いろいろ悩んでいるのは自分だけ? そうミラは思う。
 レオンが救国の英雄であるのは変わらない。

 他ならぬ竜国がそう発表したのだから。
 人類の敵である月魔獣にはランクが存在し、その最高峰にいる支配種。

 魔国を滅ぼしたのと同型の月魔獣を、いま鼻唄を口ずさみながら窯からパンを出しているこの男が倒したのだという。

 これまでもどのような悪評が流れようとも、その強さを疑うものだけはなかった。
 逆にやり過ぎたという話はよく聞いた。

 つまり、黒竜に乗ったこの男は強すぎるのだ。
 それが周囲との差につながり、被害の差になると。

 被害の差。それは子犬と大型犬がじゃれてきた違いのようなものかもしれない。

 強さの証明は十分。それゆえ、今回結果を出した。
 そしてこの後も彼がいれば竜国は安泰らしい。

 世間の噂を総合するとそうなる。
 つまり熟練のパン職人と見間違うこの男こそ、人類の希望なのだ。

「よっし、完璧!」
 綺麗に並べられたパン。
 レオンは満足そうに笑っている。

「パン馬鹿」

「……ん? ミラ、何か言った?」
「ただのパン馬鹿だなと思ってね」

「僕のことか? うん……そうかもな」
 嬉しそうに頷くレオンに、ミラは大きな息を吐いた。

 クラスメイトのだれもが英雄に熱を上げている。
 彼女らがこの姿を見たらどう思うだろうか。

「うーん、この匂い。落ちつくね」
 鼻の穴をひくひくさせるレオンを見て、ミラは大きく息を吐き出した。



 もうすぐお昼になるという時間帯。

「ミラ、追加のパンを持ってきたぞ」
「あら、早いのね」

「昼の前に用意してあった方がいいだろ」
「そうだけど……本当に便利ね」

 いつもは昼の始まりに間に合わないことが多い。
 朝から仕込みと成形、それに焼きを繰り返すだけだが、そんな単純作業が意外に手間がかかる。

 レオンは手際が良いので、彼が裏方にまわると、パンの出来上がりが半回転分早くなる。
 父親と同じくらい手際がよく、尽きない体力を持っているので、パン職人としては本当に得がたい人材だ。

「……よっと。こんなもんだな」

 売れ残ったパンを棚の前に集め、焼き上がったものを後ろに並べていく。
 普段裏方ばかりのレオンでも、実家でこういう作業をかなりやっていたのだろう。

 ミラがするよりも速く正確だった。

「やっほー、ミラ」
「買いに来たよ-」

「チャミにトリン? どうしたの?」
 今日は学校も休み。

 やってきたのは、仲の良いクラスメイトだ。
 実家は同じ商家なので、話が合う。

「家は臨時休業なの。だから家の手伝いはなし」
 チャミが言うと、トリンはうふふと笑った。

「私はチャミに合わせて自主休養?」
「もー、トリスはわたしをダシにしないの」

「だってー、いつかふたりで買い物行こうって言っていたじゃん」
「まあねー」

 その会話で分かった。買い物に行きたいと最近聞いた気がする。
 今日は朝からあちこちの店を回って、ショッピングを楽しんでいたのだろう。

 二人ともお昼を食べたくなったという。

「どうぞ、好きなだけ見ていって。新しいのも焼けたみたいだし」

「うん、そうするー。何がいいかな」
「これなんかいいんじゃない?」

「どれどれ……ふむ、新作っぽいね、これ」
 チャミがこちらを見てきたので、頷いておいた。

 以前、レオンが開発したパンのひとつだ。
 レオンがいないときには店に置かないので、チャミたちが知らないのも頷ける。

「これとこれはめったに置かないからラッキーだったわね」

「へえ……そういえば見たことないわね」
 トリンが記憶を探っているようだ。

「チャミのお家は生き物を扱っていたでしょ。臨時休業ってどういうこと?」

 肉屋に肉を届けるのがチャミの実家の商いだ。
 そのための家畜を一時保管している。

 肉にするとすぐに腐るので、家畜を飼っている。
 といっても牧場ではない。

 要望があると業者に頼んで解体してもらい、それを届ける。
 あまり臨時休業とは無縁の商売のはずだが。

「在庫がカラになっちゃってね」
「そうなの?」

「臨時でシャナ牛を操竜場に大量に届けたのよ。そのおかげで昨日は大忙し。家にあった分を全部運び込んだから、両親は買い付けに行っているわ」

「なるほど」

「そしたらね。ねえ、聞いて、聞いて!」
 チャミのテンションが急に上がった。

「なによ」
「父さんたちがシャナ牛を運び込んだとき、見ちゃったんだって」

「なにを?」

「遠くだったけど、間違いないって言うのよ。見たのは……なんと!」
「もったいぶるわね」

「えへへ……だって、すごいのよ。なんと操竜場に黒竜シャラザードがいたって言うのよ。いつの間にか、英雄様が王都に戻ってきていたみたいなの!」
「ぶふぉっ!」

 ミラは吹き出した。

「わたしもそれを聞いて驚いちゃったわ。英雄様よ、英雄様! 英雄様がいま王都にいらっしゃるのよ」
「そ、そうね」

「だから午後は操竜場に行ってみようってことになったの」
「これはお弁当ね」
 チャミがパンを指差す。

「そ、そう……でも操竜場は一般人は入れないわよ。行っても無駄じゃないかしら」

「どうしたの? 乗り気じゃないわね。もしかしたら英雄様のお姿をチラッとでも見られるかもしれないのよ」

「そうよ。お姿をチラッとでも見ることができたら、わたしなんか失神しちゃうかも」
「へ、へえー」

 ミラは横目で、パンを並べているレオンをそっと盗み見た。
 トリンが失神する様子はない。


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