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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第1章 魔国蠢動編

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 キサ先生の講義は続く。

「竜の好物は生肉です。しかも長年の調査で、例外なくシャナ牛の肉を好んで食べることが分かっています」

 これは僕も知っている。
 竜国に住む者ならば常識だ。

 シャナ牛はシャナ地方で飼われている巨大な牛で、成体になると体重が八百キログラムにもなる。
 かなり美味で、高級牛として流通するが、人よりも竜の餌として有名になっている。

 なぜか竜たちは好みがあって、シャナ牛以外だと、量で食欲を満たそうとする。
 つまり大食いになる。

 竜の餌代が竜操者を悩ませる一因であることから、みなこぞってシャナ牛を与えることになる。
 王都の南東に広い牧草地帯があり、多くのシャナ牛がそこで飼われている。

「小型竜の場合、シャナ牛を三十日に一頭与えれば満足します。それでも大変ですけれどもね」

 三十日に一頭、つまり月に一頭のシャナ牛が必要になる。

 シャナ牛一頭の値段は、普通の働き手の給与、およそ一年分である。
 一般人が一年間働くと、だいたいシャナ牛一頭分の給与をもらえることになる。

 パトロンを持たないと、餌代だけでも破産しかねないわけだ。
 というか、確実に破産する。

「軍属の竜操者には、当然給金が支払われます。一般兵に比べて多いことは事実です。ですが、竜を飼うには当然足りません」

 全員がうなずいた。
 だからこそ、パトロンという支援者制度が存在する。

「先ほどの餌代もそのひとつですね。ほかにも、竜自身に付けるものや竜舎で使う物もあります。世話人も付ける必要があるでしょう。竜操者は公式な場に出ることもあります。装飾品や贈り物が必要なこともあるでしょう。それらすべてを自前で賄おうとすれば、大変なことになります」

 生涯にわたるパートナーとして付き合っていくのだから、パトロンの重要性はみな理解している。
 なぜ今さらそんな話をと思っていると、続きがあった。

「パトロンは国が管理します。もちろんみなさんが提出した希望は通りますが、この国に隔意かくいを抱いた人や犯罪者は、当然登録できません」

 そこでキサ先生はひと呼吸おいて、僕たちを見回した。

「実は今年から新たにもうひとつ、重要な規定が付け加えられました。まだ一般には発表されていませんが、数ヶ月以内に王城より通達があるでしょう」

 何人かが、「えっ? まさか」とか「やっぱり」と声を上げている。
 僕には何のことか、さっぱりわからない。

「近年、ひとりの竜操者を多くのパトロンが支援する『竜操者ファンド』が設立されました。これが、竜操者を支援する目的ではない者が多数含まれていることが確認されました。よって、竜操者ファンドの禁止、すでにファンドを作っている竜操者においては、その解体を指示することになります」

 キサ先生の言葉に、何人かのクラスメイトががっくりと項垂うなだれた。
 何なんだ、竜操者ファンドって?

 休み時間に僕はアークに聞いてみた。

「竜操者ファンドと言うのは、みんなで竜操者を支援しましょうっていう集まりだな」
「……?」
 あいにく、まったく知識がないので、意味が分からない。

「三年前かな。とある竜操者が考え出したんだけどね、パトロンは毎月国に供出金を支払うのだけど、前納ができるんだよね。一年分だろうが五年分だろうが」
「できたところで、そんなに資金を余らせているやつなんかいないだろ」

「そうだね。だから募ったんだ。シャナ牛一頭分の資金だけでパトロンになりませんかって」
「たったそれだけじゃ……いや、人数が集まれば可能か」

 小型竜の場合、年間で二十四頭のシャナ牛が必要になる。
 もし十年分のシャナ牛の餌代を前納しようとすれば、二百四十頭分、つまり出資者が同数いればいいことになる。

「シャナ牛一頭分の代金だって、一般のひとにとっては大金だからね。おいそれと出せるものじゃない。けど、がんばれば出せる人は大勢いたんだ」
「当たり前だ。ウチだって町の小さなパン屋だけど、出そうと思えばそれくら……い」

「そういうこと。集まったんだ。声をかけたら千人くらいね。竜操者にかかるお金は餌代だけじゃないけど、それでも人数を集めればなんとでもなってしまう」

「だけど、そんなことをしたら……」
 パトロンばかり増えてもいいことないだろ。

「まあ、その時は二千人くらいがパトロンになったのかな。少額の出資で自分は竜操者のパトロンになれるんだから、立候補しておいて損はないよね」

「どうかな。それはただパトロンの肩書き欲しさだろ。意味はあるのか?」
 竜操者のパトロンがもてはやされるのは、竜操者を個人的に支援しているからだ。

 同時にそれだけの資金を用意できるという安心感がある。

 取引相手がパトロンであるかどうかは、結構重要な問題だと思う。
 だけど、そんな少額でパトロンが名乗れるならば、その価値も半減といったところではなかろうか。

「出資額以上のリターンがあればいいんだ。一生周囲に自慢できるし、商売をやっているなら、看板になるしね」
「それで今年から禁止ってことは」

「一昨年は、何人か同じようにファンドを作って出資者を募ったのさ。そして昨年ははじめからファンド狙いの竜操者が出てきた。ここまでくるともう、国が動かざるを得ないんじゃないかと思ったね」

 それほど重大ごとになっていたわけか。
 しかし、竜操者ファンドとは。
 いろいろ考えるわけだ。

「じゃあ、さっきがっくりしていたのは」
「茶話会でもその話が出てね。何人かはもうファンド設立の準備をしていたみたいで、出資した人も結構いたようだったよ」

「はぁー、僕の知らないところでそんなことが起こっていたのか」
「キミはいつもいないからね。控室でも茶話会でも」

「人が多いところは苦手なんだ」
 孤独と闇を愛する男と思ってくれ。
 ぼっちじゃないからね。

「ファンドをつくるとパトロンとの深いつながりがいらないから、竜操者にとっても益があるからね。でも、今年からこの手は使えなくなった。さて、次はどんなのを考えつくのか」

 アークは笑った。
 その笑い方はなんだか、相手をバカにしているようにも、達観しているようにも見えた。

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