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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第6章 大転移-竜魔編

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 王都から遠く離れた小さな田舎町。
 緑と水だけが自慢のこの町に、最近新しいパン屋がオープンした。

 パン屋の主人はまだ若いものの、とても美味しいパンを焼くと評判で、オープン直後から多くの人がパンを買い求める姿が見受けられた。

 店に掲げられた看板には『焼きたてパンの店』とだけ。



「いらっしゃいませ」

 客を笑顔で出迎えたのはとても上品な女性で、すでに彼女目当ての男性客が、開店前から列を作るほどだった。

「こ、今度よかったら、ま、町を案内しましょうか」
 そう声をかける客に対しても女性は嫌な顔ひとつせず。

「ありがとうございます。でしたら主人と一緒に伺ってもよろしいですか?」
 と、にこやかな顔で返したりする。

 多くの失恋客を出すものの、客が途絶えることがないのは、町には珍しい技国式のパンを出すからであろう。

 そして、一風変わったペットを飼っているからかもしれない。



「店を閉めますね、あなた」
「ああ、僕も手伝うよ」

「作業場の片付けはよろしいのですか?」
「残っているのは、明日の仕込みの準備だけかな。だから手伝うよ、アン」

「はい。でしたら手早く終わらせてしまいましょう。先ほど外でシャラザードさんが唸ってましたし」

「そういえば聞こえてきたな。ヒマをもてあましているみたいだった」
「ここはのどかで良いところですけれども、シャラザードさんには退屈かもしれませんわね」

「そこは我慢してもらうさ。やっと手に入れた僕の店なんだから」
「わたくしたちのお店ですわよ、あ・な・た」

「そうだった。アンさんとふたりでパン屋をやれるなんて、夢みたいだ」
「まあ、うふふ……つねってさしあげましょうか?」

「うーん、もしこれが夢なら覚めたくないな。……けど、現実と分かればより幸せが増すかもしれない。ちょっとつねってくれる?」

「少し痛いかもしれませんわよ」
「幸せの痛みってやつさ。思いっきり頼むよ」

「では……」

「……ちょっと! もうお店閉めちゃったの?」
「その声は……リンダ? 裏口からどうしたんだ?」

「店が閉まっていて入れなかったのよ。まだ閉店するには早いんじゃないの?」
「今日はお客さまが多くて、すべて売り切れてしまったのですわ」

「そうだったのね。ずいぶんと繁盛しているわね」
「僕の腕がいいからね」

「小さい頃からあれだけやっていれば、上手くもなるか」
「まあね。それでリンダ。今日はどうしたんだ?」

「そうそう。わたしもこの町に越してくることにしたから」
「なんでまた。王都はどうした? 商売は順調なんだろう?」

「順調よ。優秀な従業員がいてくれるからね。普段のわたしはすることがあまりないのよ。それにどこへ行くにもシャラザードがいればひとっ飛びだし。この町にいた方が便利だと気づいたわけ」

「なるほど……シャラザードもヒマみたいだし、それもいいかもな」
「ですが、急ですわね。何か他にも理由があるのではないでしょうか」

「そういえば……リンダ、どうなんだ?」
「他に理由って……な、なによ」

「いまあからさまに動揺したな。正直に言った方がいいぞ」
「な、何もないわよ。……ただ」

「ただ?」
「ロザーナさんもこの町で研究するっていうし……」

「ロザーナさんが? ……そうか。研究だけならどこでもできるって言っていたしな」
「今までの成果をまとめて本にするって言ってらしたわ」

「なるほど、静かな環境で集中したいわけか……それを聞いてリンダは仲間はずれになるのを嫌がったと」

「……な、なによ」
「いや、なんでも」

「そのニヤつきは癪にさわるわね!」
「気にするな。……それにシャラザードがヒマをもてあましているのは本当だしな」

「そうですわね。最近は一番鶏のまねごとをするくらいしかやることないみたいですし」
「朝っぱらから咆哮しているの? 住むの考え直そうかしら……」

「月魔獣がまったく降下しなくなったからな。竜の役割はもう終わりだし、竜操者の半分は新しい職を探しているって聞いたぞ。シャラザードにとって、それが良かったんだか、悪かったんだか」

「被害がなくなったんですし、良かったのだと思いますわ、あなた」
「そうだよな。そのおかげで、僕もこうして念願だった店も持てたわけだし」

「そうよ。これから先、こんな平和な時代がずっと続くんだわ。これは商売が大きく発展するチャンス。わたしはやるわよ!」

「僕はこの日常がずっと続けばそれだけで満足かな」
「相変わらず欲のないことで……そういえばさっきは何をしていたの?」

「ああ。アンに確かめてもらおうとしたんだよ」
「何を?」

「これが夢じゃなくて現実なんだって」
「そうなのですわ。わたくしがこう……つねって差し上げようかと」

「そうそう。こうやって痛かったら、夢じゃないだろ……って痛くない!?」
「えっ?」

「なんで?」
「それはこっちが聞きたいよ。なんで頬をつねられて痛くないんだ……」



「……………………………………夢かよ」

 身体を起こして気がついた。
 ここ、どこだろ。

「なんかおぼろげな記憶はあるんだよな」

 先ほどまでひどく身体がダルかった。
 一歩も歩けないくらい。

 泥のように眠りたくなって、寝た記憶がある。

「かなり長い間寝ていたよな」

 途中何度か起きた。
 喉が渇いて水を飲んだし。

 夢うつつだったので、周囲に気を配ってなかったけど、何人かが声をかけてくれたのを覚えている。

「……ここは宿泊施設だ。陰月の路近くの」

 少しずつ思い出してきた。
 トイレにも行ったし、食事もした。

 食事と言っても、スープくらいだったけど。
 少しだけ会話したのを思い出した。

 ただもう、ずっと眠くてダルくて、まともな状態じゃなかった。
 シャラザードとやった人竜一体の弊害だろうか。

 あのとき感じた一体感がいまはない。
 もう通常の状態に戻っている。

「シャラザードの様子を見に行くか……うわっ」
 ベッドから下りようとしたら、足がもつれた。

 長いあいだ寝ていたみたいで、うまく力が入らない。
「こりゃ重症だな」


 ヨロヨロと壁づたいに廊下を歩くと、掃除をしている人と出会った。
 竜操者ではない。ここで働いている一般の人だ。

 僕の姿を見つけると、一瞬驚いて、そのあと駆け寄ろうとして躊躇した。
 何がしたいのだろうか。

「こんにちは……えっと、だれか状況が分かる人いますか?」
 なぜ僕がここにいるのか、いま竜国がどんな状態なのかとか、いろいろ聞いてみたい。

「竜操者のみなさまは出撃されております。えいゆう様の身の回りは、わたしどもが行っておりますが、何かご用でしょうか」

「……えいゆうさま?」
 なんだそれは。


というわけで、新章スタートです。
しかも444話目。ゾロ目です。

そして物語ですが、しばらくほのぼのが続きます。

殺伐はしません。
たぶんしないと思います。
しないんじゃないかな。
まっ、ちょっとだけ覚悟してください。

ではまた明日。
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