挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第5章 大転移-回天編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

429/660

428

 だれもいない町で一晩明かした翌朝、僕はひとりで町中を歩いた。
 町は静かにそこにあり、今にも扉を開けて誰かが出てきそうな雰囲気だ。

「月魔獣の被害で町を捨てたわけじゃなさそうだな」

 建物が破壊された跡はない。また、どこにも人の死体もなかった。
 店の戸は固く閉じられ、店主の意思で封鎖したのだと分かる。

 つまり、町の人たちが自主的にこの地を去ったように思える。
「歩いてみても手がかりになりそうなものもないか。なぜ住民がこの町を捨てたのか気になるな」

 まだ巡っていない箇所は多く残っているが、収穫はなさそうなので、シャラザードのところへ戻った。

「シャラザード、付近を捜索してみよう。なにか分かるかも知れない」
『捜索? それはよいが、この辺りには月魔獣がいないぞ』

 シャラザードが不満そうだ。

「女王陛下にも言われているし、狩りはちゃんとやるから」
『うむ。それならばよいが』

 シャラザードに乗って空から周囲を見下ろす。
 町の外は閑散としたもので、北方特有の景色が広がっている。

「針葉樹が多いものの、草原といったものはないようだな」
 北方は栄養のある地が少なく、耕作にあまり適さないと言われている。

 街道にそって進むと、次の町が見えてきた。

「この町には住民がいるな。降りてみようか」
 到着したのは、山を背にした小さな町だった。
 竜舎があるので、その隣に降りる。

「どうしました?」
 竜務員が慌ててやってきた。
 竜舎は空だったし、常駐している竜も多くはないのだろう。驚いている。

「隣町に行ったら、住民が誰もいなくて気になったんです。この町ならば事情を知っているかと思いまして」

「ああ、その件でしたら領主様の判断で、内陸の町から順に避難しているところです。次はこの町の番になります」
 意外なところから答えが分かった。

「えっと、町ごと避難ですか? それって大転移に備えてですか?」
「そうです。先日領主様からこの町も時期に避難を開始するから準備するよう、通達が出ています」

「まだ大転移が始まっていないのにですか?」
「猶予はあっても、こういうのは早いほうがいいという判断のようですが、わたしでは詳しいことは何とも」

「そうですね。ちょっと領主様に会ってきます」
「でしたら、ここから歩いてもすぐですよ。場所をお教えしましょう」

 竜務員に場所を聞いてすぐに向かった。
 ロザーナさんの実家もそうだが、北方の町は通常の民家と領主の館の差がほとんどない。
 一見すると分からなかったりする。

 まわりに比べれば立派だが、その程度の差しかない。
 領主の仕事が、執務室ひとつで足りるからだろう。

 僕が訪問すると使用人が出てきて、すぐ領主と会えることになった。
 この辺は竜操者だと便利だ。

「お初にお目にかかります。レオン・フェナードです」

「領主のタルミです。レオン殿といえば、黒竜シャラザードの主でしたな。噂はここまで届いておりますよ」

 タルミ領主は四十代後半の落ちついた感じの男性だ。
 話し方も理知的で、言葉に卑しいところがない。

「隣の町がゴーストタウンになっていたので、気になって調査してみました。すると、内陸の町から順次避難を始めていると伺ったものでして、事情を聞きに来た次第です」

「なるほど。そういうことでしたか。ええ、順次避難始めておりまして、次は我が町の番になります」

「大転移はもうすぐ始まります。月の軌道が北に移動するのは確かですが、それは数年間かけてゆっくりと行われると聞いています。いまの段階で慌てて移動する必要はないと思ったのですけど、どうしていま避難を始めたのですか?」

「私も若い頃は王立学校に通っておりましてね。大転移について学んでいます。ですが、北方の領主たちは、それ以外の情報を持っているのですと言ったら驚かれますか?」

 竜国にとって、陰月の路の北側は、遠く離れた地として認識されている。

 それゆえに北方の領主たちの結びつきは強く、北方領主連盟というものをつくり、横でつながっていると聞いたことがある。

「それ以外の情報ですか……ネミンの町でも古代語で書かれた門外不出の史料があると聞きましたが」
 ロザーナさんが古代語に興味を持ち始めた契機となった史料だ。

「ほう。港町のネミンですか。そこで古代語の史料……なかなかレオン殿も博識ですね」
 タルミは満足そうに頷いている。

「そういったものが、北方の各町に残されているのでしょうか」
 僕がそう言うと、タミルの笑みが深くなった。

「程度は違いますが、その通りです。領主の一族に残されたものがあります。私自身、他の町にあるものの中身は知りませんけれども」

 あることは知っているが、中身までは知らないという。
 反対に自分が持っているものを公にすることもしない。

「では今回の避難もそれが根拠になっているんですか?」
 タミルは頷いた。

「北方領主連盟会議で話が出ました。その根拠となったのは、それでしょう。そしてだれも反対しませんでした」

 タミルは、「私の予想ですけれども」と前置きした上で、話してくれた。

「大転移で月の軌道がゆっくりと北に移動するのは事実だと思います。ただし、被害が限定的であるかはどうでしょうか。被害が予想を超えてより広範囲になった場合、その割りを食うのは北方の町です。とくに竜紋限界から外れた町は、竜操者の数が少ないのです。何かあったときに対処が遅れただけで、何十、何百の死者が出てしまいます。そう思いませんか?」

「そうですね。竜操者は竜紋限界の中から生まれますし。北方の町はどうしても少なくなってしまいますから、場当たり的な対処だと限界があると思います」

 だからこそロザーナさんは必死だったのだ。
 自分のまちにぜひとも竜操者をと……そしてやらかした。

「被害が出てからすぐに住民を撤退させたとしましょう。竜国中からも竜がやってきてくれたとします。それでも家財一式を持って逃げることはできないですね。資産をまとめる時間的余裕もない。ですから動くならば今なのです」

 タミル領主は、避難計画を話してくれた。
 北方にいる町が抱えている竜操者たちを集めて、避難する町民の護衛と歩けない者のフォローをしているという。

 多くの町から馬車を集めて、順次避難民に提供。使い回しているのだという。
 ただし、避難する住民のことは全ての町に知らせず、順番が近くなったら領主がしっかりと説明し、パニックが起こらないよう、注意を払っているらしい。

「それこそ女王陛下に願い出たら良かったのではないでしょうか」

「毎月竜国運営会がありますね。そこで話をしても良かったでしょう。ですが、北方の現状を分かっている人は意外に少ないのですよ。もし願いが拒否されてしまえば町民の移動はできなくなります」

 それなのに勝手に移動したら叛意ありと思われるかもしれない。
 北方以外の人間が多くを占める竜国運営会で訴え出たところで、最適な結果が出るとは思えないと判断したという。

「だから密かに行っているんですか?」
「そうなりますね。一応保険はかけてありますので密かにではないのですけど」

 ようは中央の政治的判断が信用できないということだ。
 南方の工場設置もそうだが、地方と王都の確執は確実に存在していると僕は思う。

「それで避難した人たちはどこに行ったんですか?」

「港まで出て、そこから船で陰月の路を渡ります。拠り所がある人はそこへ。なければいくつかの町に分散して入植しています。それにもうすぐ、新しい町が完成するようですし」

 大転移が来ることが分かってから、女王陛下はすぐに新しい町の建設に入っていた。
 竜国の場合、北方の人は少ないのでそれが可能となっている。

 過去、大転移で町ごと移動した例もあり、その辺のノウハウは集まっているし、住民もそのことを分かっている。

 数年後、大転移が収まれば、もと陰月の路があった土地に新しい町を作ってもいい。
 それまでの仮住まいと考えれば、数年間の窮屈な生活でも我慢できる。

「なるほど」

 ざっと計算してみた。
 小さな村で数百人、小さな町だと数千人から一万人ほどだろうか。
 十や二十の集団に別れれば、それほど大きくない町でも収容できる。

 実現可能な避難案だ。
 それもこれも、北方以外の領主たちの協力が前提となっている。

 タミル領主の言う「保険」とはその辺にあるのかもしれない。

 うん、ちょっとした疑問だったのに、ずいぶんと大きなものに出くわしてしまった気分だ。


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ