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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第5章 大転移-回天編

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 時は遡り、回天が起こるほんの少し前。

商国、西の都。五会頭専用の居室。

華密はなみつ』のハリム・イーヴァのもとに白髪の老人がやってきた。

 老人は節くれだった杖をつき、長く伸ばした顎髭あごひげをもてあそぶ。
 この老人もまた西の都五会頭のひとり、『白夜びゃくや』のイノセント・トラフ。

「おや、お珍しい。一杯どうです?」
 ハリムはタキシードの上着を肩に掛け、テーブルの上の酒瓶を掲げて見せる。

「わしはいらんよ。それより、鳥笛ちょうてきの知らせがあった」
「ふむ。どこです?」

 ハリムは手に持った酒瓶を置き、立ち上がる。

「音は西の街道からじゃ。おそらくは……」
「魔国ですね。そうですか、せっぱ詰まってこちらに来ましたか。連敗続きの魔国なら、ここを狙ってもおかしくないですしね」

「そういうことじゃ。町の者にはもう知らせてある。あとは任せてよろしいかのう」
「承りました。イノセント老はどちらへ?」

「東の都へ知らせにいくつもりじゃ」
「ではすべてを終わらせてから、私は竜国へ逃げるとしましょう」

「うむ、頼んだぞ」
「頼まれました。お任せください」
 ハリムは上着をはおり、早足で部屋を出て行く。

 イノセントの言う鳥笛とは、街道を密かに見張る傭兵たちが連絡用に使う道具で、鳥の鳴き真似音を奏でることができる。
 鳴き方で複数の伝達が可能となっている。

 早足で歩くハリムは、頭の中に段取りを思い浮かべる。

「町に残った仲間の撤退を確認してから、仕掛けを動かしましょうか。時間がありませんが、賭けに出た魔国の思い通りになんてさせませんよ」

 商人は一か八かを嫌う。
 日頃より誠実に商売をしていれば、賭けをする事態には陥るはずがない。

 よしんば、大きく賭けることになったとしても、連戦連勝することは絶対にないと自分を戒める。
 どこかで負けに転じ、帳尻を合わされることになる。
 つまり、追い詰められる前にすべての選択肢を吟味し、行動するのが商人である。
 さもなければ、最後の最後で博打に手を染めなければならなくなる。

 博打を打つことは、商人にとって緊急事態。
 つい最近まで、魔国に商国を襲う予定はなかったはずだ。

 これは追い詰められた魔国が打った博打。
 周到な準備なく打ってきた手に負けるわけにはいかない。
 それを魔国軍に知らしめるのだ。

 ハリムは部下を町へ行かせた。
 撤退の様子を確認させるためである。

 商人たちは機を見るに敏である。
 今頃はわれ先にと、町を脱出していることだろう。

 町に残るのは、雇われた兵と、それを見届けるハリムのみ。

               ○

 魔国王ロイス・フロストは文字通り、最後の賭に出た。

 動乱の隙を突いて竜国に攻め入ることも、技術競技会に目が向いている間に技国を切り取ることも失敗した。

 あとは座して死を待つのみ……そんな選択だけは、絶対にできなかった。

「これより総力を挙げて、商国を盗る」

 表だっていないとはいえ、同盟を組んだ相手を攻撃する。
 それがどれほど人道にもとる行為か、十分理解している。

 それでも自国民のため、悪名をかぶってでもやらねばならない。
 魔国王は不退転の決意をもって商国に侵攻した。

「これは親征である」
 王自ら兵を率いて商国に攻め入る。

「――オォオオオオオ!」

 付き従う兵や魔道使いたちの士気は高い。
 魔国王のとなりには、大陸最強の名をほしいままにするバシリスクもいた。

 他にも序列二位の『極位きょくい』チェスター、序列十位の『縫針ぬいばり』リザベティ、序列十二位の『瞬移しゅんい』ララもいる。

 彼らが一丸となって魔国王を補佐し、その版図を広げるため、付き従うのであった。
 ならば勝てる。兵たちは勝利を確信した。

「隊列を維持したまま前進せよ!」

 西の都は、小高い岩山の上にある。
 これを攻め落とすには、時間がかかる。

 進軍の途中で、荷を運ぶのに使う滑車が壊されているのが見えた。
 つまり、商国側もまた防衛の準備は調っているのだ。

 山城を攻略するには、麓から少しずつ攻め入るのが本道である。
 魔国王は魔道使いを前面に押しだし、力業で西の都の攻略に乗り出した。

「我が前に道はあり、我が後ろにはなにもなし。それを見せてやろう」

『極位』チェスターは商国の傭兵団が守る城門に、悠然と近づく。

 雨のように降り注ぐ矢は、ただの一本すらチェスターに当たることはない。
 それどころか、みなあらぬ方向へ飛び去っていく。

「くっ! 矢じゃ駄目だ。槍を持て。石を投げろ」
 傭兵の声が聞こえる。

 何もないところで矢の軌道が曲げられたことで、傭兵たちはチェスターが風使いであると考え、風の影響を受けない重い投擲武器に切り替えたが……。

「無駄だ」

 槍だろうが石だろうが同じである。
 それどころか、傭兵たちや、そこに置いてある迎撃用の道具類すべてが、真横・・に飛んだ。

「……相変わらず容赦のない魔道ね」

『瞬移』のララは、目に見えた範囲ならば、一瞬で移動できる。
 だれもいなくなった城門の上に立ち、チェスターに挨拶すると、門の内側に消えていった。

「おまたせ……あら、チェスターは?」

 中から閂を外したララが見たのが、垂直に切り立った壁を歩いているチェスターの姿だった。

「そっちか……またすぐ一人で行くんだから」

 チェスターの扱う魔道は重力。
 自分のみならず、任意の範囲すべてに、好きなように重力の方向を貼り付けることができる。

 やられた方はたまったものではない。
 何しろ、横や上がになるのだから。

 周囲一帯の重力の方向が変わるのだから、どこかに掴まろうとも意味はない。
 人はいまだかつて、重力から逃れた者はいないのだ。

 それを自在に操るチェスターは、極悪な魔道使いといえる。

「第一の門が開いたぞ。進め!」

 西の都を守る五つの門。
 そのうちの一つがいま開いた。

 残り四つである。


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