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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第4章 竜国政争編

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 その日の事は、一生忘れない。忘れられない。

 僕とアンさんは、館のバルコニーに出ていた。
 そこでお互いの近況を確認し合い、将来について語り合った。

 月の出ている夜だった。
 アンさんの顔を照らす月明かりが、少しだけ減少したことに気づいた。

「……ん? 雲が出たのかな」
 僕はゆっくりと空を見上げ……違和感を抱いた。

「あれ?」
 それは僕の声だったのか。それとも、一緒に見上げたアンさんの声なのか。

「月がひとつしかない?」

 頭上に輝いていたエイダノとカイダのふたつの月。そのひとつが消えていた。
 どこへ?

 つい少し前まではちゃんとあった。
 そんなことを思っていると、カイダの陰からそれがゆっくりと顔を覗かせた。

「レ、レオンくん……つ、月が重なっています」
 震える声でそれを指さしたアンさん。

 そのとき僕は、口を開けたまま見入っていた。
 ふたつの月が重なった? それって……。

 学院の授業で習った。
 月の軌道はそれぞれ違う。接近するときもあれば、互いに遠く離れるときもある。

 空に手をかざして、その手の中に二つの月がすっぽり入るとき、月魔獣が鋼殻になって地上に降ってくる。

 では、ぴったり重なった場合は?

「あ、あれは、だ……大転移なのでしょうか」

「いや、大転移はまだ先だと……それに大転移の場合、軌道が動くことはあっても、あれほどピッタリ重なるなんてことは……」

 僕らが見ているうちに、月の位置が変わった。
 カイダに引っ張られるようにして、エイダノの月が動いたのだ。

 今まで横に並んでいたと思ったら、縦に並んだ。
 ふたつの月の並びが変わってしまった。

「なんだこれは?」

 ありえない。
 見たこともなければ、聞いたことだってない。

 震えるアンさんの肩を抱き、僕だけは震えないようにと必死に心を落ちつかせていた。

 ――しゃごぉおおおおおおおおおん

「シャラザード!」
 竜舎から咆哮が聞こえた。

「アンさん、シャラザードが呼んでいます。僕は行ってきます」
「待ってください。わたくしも行きます」

「分かりました。では一緒に」
 僕はアンさんを連れて竜舎に向かった。

「どうしたんだ、シャラザード!」
『見える。見えるぞ! 大量のゾックどもがやってきおった』

「ゾック? 月魔獣のことか。……というか、見えるのか?」
 ここは兎の氏族領。陰月の路から遠く離れている。

 いかにシャラザードの目がいいからといって、月魔獣が見えるわけがない。

『あやつらを根絶やしにせねば!』
 シャラザードが興奮モードになってしまった。

 本当にシャラザードには降下中の月魔獣が見えるのだろう。
 だったら、僕も確かめなければならない。

「アンさん。月魔獣が降下しているようなんです。ここからは見えないですよね」
「もちろんですわ。距離があり過ぎますもの」

「でもシャラザードは見えると言っているんです。僕がシャラザードに乗って確かめてきます」
「わたくしもご一緒してよろしいですか?」

「いや……危険かも」
「もし本当ならば、わたくしも氏族の一員として、見極める必要があるのです」

 僕は考えた。
 考えてしまった。万一ここに月魔獣が落ちてきたときのことを。
 シャラザードの背中の方がまだ安全ではなかろうか。

「分かりました。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます。レオンくん」

『ぬおおおおお。あやつらめ。性懲りもなくやってきおって!』

 興奮するシャラザードに僕らは乗り込み、空高く舞い上がった。



 行き先を指示しなくても、シャラザードがすべて分かっていた。
 迷うことなく、一直線に進んだ。

 兎の氏族と蜻蛉の氏族の国境を越えて、魔国との国境に近づいた。
 それにしたがって、シャラザードのうなり声が高くなる。

「レオンくん。あれっ」

 アンさんが先に気づいた。
 空から降ってくる大量の粒。

 何十? いや何百?
 まるで雨のように鋼殻が降り注いでいる。

「あれは月魔獣の鋼殻……だけど、距離感がおかしい。なんであんな距離で見えるんだ」

 ここからだとかなりの距離がある。
 にもかかわらず、僕もアンさんにもそれが見えた。

「大型種か!」

 僕は叫んだ。
 大型種は、通常の月魔獣のおよそ十倍。

 鋼殻もそのくらいあるだろう。
 だから距離が離れても見えるのだ。

 そこまで考えて、僕は気づいた。

「レオンくん……あ、あれがすべて、お……大型種なのですか?」
 アンさんの声が震えている。

「大きさから、間違いないと思います。僕も信じられないですけど」

『ぬおおおおおお』

「シャラザード、待て! 突っ込もうとするな。あそこは国境外だ。一旦戻って情報を持ち帰るぞ」

『何を言っておる。あ奴らを倒すのだ』

「僕だけじゃなく、アンさも乗っているんだ。それに考えてみろ。あの大型種を倒せる竜はどれだけいる?」

『知ったことか』

「大型種は複数の中型竜で対処する敵だぞ。それがあんなにたくさんいるんだ。到底倒しきることなんかできない。つまりだ。いくらでも倒し放題だ」

『ならば、いま倒しても問題なかろう』

「いまここで突進してみろ。僕らは謹慎を言い渡される。そうしたら、狩りに行きたくても行けなくなるぞ」

『ぬわんだとぉ!? そんなもん、無視してやるわ』

「餌をもらえなくなるぞ。そうすれば、長期にわたって活動できなくなる。それよりも、ちゃんとバックアップしてもらって、好きなときに狩りに行けた方がいいんじゃないのか? シャラザード、どっちが得だと思う?」

『ぬ、ぬぬぬ……』
 もう一押しだ。

「あそこは国境外。だから帰ろう。今後は好きに狩りに行けるさ。だが、ここで勝手に突っ走ってしまえば、それはできなくなる。さあ考えてみろ。どっちが得だ?」

『わ、分かった……か、帰ってやる』
 まるで血を吐くかのように、シャラザードが答えた。

「よかった。じゃあ、帰ろう」
 その言葉にシャラザードは未練たらたらながらも、帰還してくれた。

「……ふう。国境侵犯しなくてよかった」

 大型種の降下場所は明らかに魔国領だった。
 いくら月魔獣討伐とはいえ、シャラザードが堂々と入って戦えば、いろいろと拙いことになる。

 しかも頭に血が上ったままの場合、あたり構わず雷玉らいぎょくを放つことも考えられる。

 それで村や町が滅べば、明確な侵略行為だ。
 謹慎で済めば御の字。さすがに処罰は免れない。

 前戦から外されて、今後一切魔国領付近には近づけなくなる。
 それだけでなく、アンさんとの婚約や、僕は必要ないと思っているけれど師団長の職も剥奪されるだろう。

 そういった、目に見える形での処罰が行われると思う。
 ソウラン操者もいまだ謹慎中だというし、僕までそうなってしまっては、かなり拙いことになる。

 かといって、今は大変な時だから、好き勝手やっても処罰されないなんてことになったら、僕に続く人も出るかも知れない。

 さすがに強力な戦力を保有している者を野放しにはできない。

 シャラザードが素直に戻ってくれて、僕も竜国も……いや、これから月魔獣と戦うすべての人が救われたのではなかろうか。

『きっとだからな! 狩り放題だぞ』

「ああ、分かっているって」

 帰る途中、僕は何度もシャラザードをなだめた。


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