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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第1章 魔国蠢動編

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 リンダ・ルッケナは、僕の幼なじみである。
 僕がまだパン屋の修行を始める前の話。

 家が近かったリンダとは、よく一緒に遊んだ。
 同年代の友人がいなかったわけではないが、不思議とウマがあったのだと思う。

 リンダの父親は、ソールの町で材木商を営んでいて、立派な家具職人を何人も抱えていた。

 かなり羽振りがよかったので、リンダはいつも真新しい服を着て、王都で流行っているというおもちゃを買ってもらったりしていた。

 それを惜しげもなく僕に貸してくれるあたり、リンダもまた僕を親友のように思っていてくれていたと思う。

 リンダのお父さんの商売が軌道に乗るにしたがって、ソールの町では手狭になったらしく、王都へ拠点を移すようになった。

 一年の半分くらいを王都で過ごすような父親に、幼いリンダは強がった。
 本当はずっと一緒にいたかったのだと思う。

 翌年、リンダの姉が父親に呼ばれて王都に向かった。
 向こうの学校に通い、最先端の教育を施すのだそうだ。

 とても綺麗な人だったのを覚えている。
 僕も小さい頃はよく遊んでもらった。

 そんなひとだから、ソールの町を離れると聞いて、僕も寂しい思いを抱いたものだ。
 リンダと違って、本当に大人しく、慎ましやかな女性だった。

 もしかすると、あれが僕の初恋だったのかもしれない。
 いまでは顔もおぼろげにしか思い出せないのだけど。

 親父さんが活動の拠点を王都にしたのも、お姉さんがそれに付いていったのも、理由はあるだろう。
 だからといって、リンダが平気だったわけではない。

 父に続いて姉もいなくなって、一時期リンダは僕にべったりだった。
 すごく寂しかったのだと思う。強がることすらできないくらいに。

 一時期僕らは、仲の良い兄妹……いや、姉弟のようにして過ごした。

「わたし、王都で暮らすことになったの」
 ある日、リンダはそう言って泣いた。

 これが今生こんじょうの別れになるかもしれないと、大粒の涙をこぼした。

「絶対に忘れないからっ!」

 王都に向かう馬車に乗り込む前、クシャクシャに歪んだ顔でリンダは言った。
「また会おうね!」

 別れの言葉は、また会おうねだった。いかにもリンダらしい。
 こうしてリンダは、幼少期を過ごした思い出残る町を出て行った。




「久しぶりね、レオンくん」
「ああ、リンダも元気そうだな」

 あれからリンダと手紙のやり取りなど、一切していない。
 あれだけ情熱的に別れても、子供の頃の縁ならそんなものだ。

「その制服……もしかして?」
「想像の通りだと思う。控室で囲まれたんで、逃げてきたところ」

 その説明ですべてを察したのか、リンダはプッと吹き出した。

「そっか、レオンくんが竜操者にね。パパが知ったら、相当悔しがったわね」
「ヨシュアさんが? どうして?」

「パパが王都に移住しようとした目的は商売のこともあるけど、姉を通して竜操者のパトロンになりたかったからなのよ」

 それは知らなかった。
 というか、ヨシュアさん。そんな野望を持っていたのか。
 材木商だけでなく家具職人を抱えて、貴族様相手の商売も順調だったもんな。

「お姉さんはいま?」
「もう嫁いだわ。姉も王都でしっかり準備して王立学校に入ったのよ。ここで三年間、パパの言う通り頑張ったのだけどね。倍率が並じゃないでしょ」

 ここに入学するときの倍率の話ではないことは分かる。
 控室で囲まれた時に感じたあれだ。

 何十人もの女性に囲まれたが、あそこからパトロンとしてひとり選べと言われれば、リンダの姉に勝算があるのかどうかのか。

「そっか。それで今度はリンダの番ってこと?」

「わたしの場合、もう無理だと諦めているからね。入学式準備にも参加していないでしょ」
「準備……控室に七百人以上いたんだけど、もしかしてみんなパトロン狙い?」

「真実、パトロンを引き受けられる財力のある人は、あの中の半分もいないと思うけどね」
 半分でも相当なものだ。

「それでも多いよな」

「そう? 狙っているのは本人の家族だけじゃないもの。もしわたしがいなかったら、パパの商会員の中から年頃の娘がいる人に入学してもらったと思うわよ」

「そういうことか」

 大きな商会ならば、毎年、人を送り込めるだろう。
 血を重視する領主たちでも親類をたどれば、それなりに見つかるかもしれない。
 なるほど、あの人数にそういうカラクリがあったわけだ。

「リンダは条件を満たしたのに、参加しなかったんだ」

「わたしの場合、どちらかと言えばパパの仕事を継ぐために、はくがほしくて入学したの」

 王立学校の卒業生ともなれば、どこへ出しても恥ずかしくない。
 なにしろ、もし選ばれれば竜操者のパトロンにもなれる人間が通っているのである。
 卒業生に求められるレベルが格段に高い。

「なるほどね。じゃ、いまも商売は順調なんだ」

「そうね。パパは職人を見る目があるのよ。王都でも若くて優秀な人を何人もスカウトして、いまも工房はフル稼働していると思うわ」

 やり手の印象が強いリンダの父親だが、王都でますます磨きがかかったらしい。

「しかし、レオンくんが……ねえ。不思議だわ。いつから?」

「去年の七月かな。道を歩いていると突然だった。激しい痛みにのたうち回って、気がついたら家で寝かされていた」

「あら? だったらソレ」
 リンダが僕の竜紋を指した。

「見られたし、町で噂になった。翌日から店の前に行列ができたし」
「あー、パパに話したら、本当に悔しがるわ、それ」

「そうなの?」

「ソールの町の人たちに大きくしてもらったのに、王都へ完全移住でしょ? ちょっと義理を欠いちゃってね、地元の情報が手に入りにくいのよ」

 自分たちだけ引っ越したことで、材料を納めていた業者、工房で臨時の手間仕事をしていた職人、家具を卸してもらっていた商店などが、軒並み困ったのだという。

 王都で新しいつながりができたから今までの関係を断ったが、それが急だったためにいくつかから恨みをかっているらしかった。

「そういやそうだな。いまもソールの町と交流があったら、仕事の用事にかこつけて、手紙くらい頼めそうだもんな」

 あれだけ大きな商いをしていたのだ。そういうツテに困ることはない。

 それがまったくない時点で、関係が良好とは言えないと予想できた。

「……で、レオンくんはもう決まったのかな?」
「何を?」

「とぼけちゃって。パトロンよ、パ・ト・ロ・ン」

 リンダの瞳が妖しく光った。
 ここにもハンターが存在していた。

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