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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第1章 魔国蠢動編

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「ですから、そういうことはやっておりません!」
 ミラの声が作業場まで響く。

 従業員のケールさんが何事かと出ていこうとするが、僕が押し留めた。
 実家でもたまにあったが、理不尽な客がやってくることがある。

 そんなときは、威勢のいい母でも穏やかに対応していた。
 売り言葉に買い言葉で、客と言い争っても良いことはないというのが、母の言い分だった。

 ただミラに任せておくと、ヒートアップしかねない。
 できるだけ早く落ち着かせることが必要だろう。

「どうしました。なにか不手際でも?」
 僕は穏やかな声をかけながら、奥から顔を出した。

 若い女性、といっても二十歳くらいの気品のある女性がミラと睨み合っていた。

「あなたは?」
「ここで働かせていただいている者です。なにかお困りでしょうか、お客様」

 僕の登場に、ミラの眉は中央に寄った。
 とりあえず、客の前でそんな表情はよせ。

「今日は竜の学院の入学式があるの。ご存知かしら」
「はあ、存じております」

 それに出席するのだから、知らないわけがない。

「場所は、竜の学院ではなく、その向かいにある王立学校で行われることも?」
「はい」

 なんだろ、まったく話が読めない。
 不思議そうな顔を僕がしていたからだろう。

「ならば分かるでしょ。今日の入学式のために竜の学院の生徒が道を渡るのよ」
 ドヤァっという顔で言われたが、だからどうしたという気持ちだ。
 会場は道を挟んだ向かいなんだから、道くらい渡るだろ、そりゃ。

「そうでございますね。えっと、お客様……」

「鈍いわね。ということは、出待ちができるわけ。分かる? 出・待・ち」

 この女性は、竜操者に会うためにわざわざ馬車で数日かけて王都へ来たらしい。
 とある町の領主一族に連なる家の出だとか。
 ようは貴族である。貴族の端くれか。

 竜操者のパトロンになりたい。けど、接触できない。
 ならば少ないチャンスをものにしよう。
 というわけで、学院生と知己ちきを得るため、入学式に合わせてわざわざやってきたと。

「もう渡すプレゼントは用意してあるの。どのような殿方でもいいのだけど、できれば歳の近い方がいいわね」

 王都に来る途中、馬車にアクシデントがあり、到着がギリギリになってしまったとか。
 というか、最後は夜通し駆けてきたらしい。大丈夫か、馬。

 腹ごしらえしたいので、自分と家人の分のパンを買いに来たのだそうだ。

 家人を行かせるのではなく、自分で買いに来るあたりは好感が持てるが、たんに好みのものが欲しかっただけかもしれない。

 種類は少ないが、もうまもなくパンも焼きあがる。
 それを売ればいいのではなかろうか。
 ミラは、なぜ揉めたのだろうか。

「ですから、まだすべて出来上がっておりませんし、竜の学院まで配達もできません」

 貴族特有のわがままで、パンがまだできていないなら、現地まで持ってこいと言い出したようだ。

 焼きあがるまで待っていればとミラが提案したが、ここから竜の学院まではそれなりの距離がある。
 出待ちの数がどれだけいるか分からないが、場所取りに負けたくないのだとか。
 なんだよ、場所取りって……。

 それに、道に出前を頼むのもどうかしている。

「あなたに言っても埒が明かないわよ。家の者を呼びなさい」
 貴族のお嬢様はミラに容赦がない。

「ですからっ……」
「かしこまりました。ではのちほどお届けさせていただきます」

「ちょっと、レオン!?」

「そう。最初からそう言えばいいのよ」
 貴族の女性は満足そうに店を出ていった。

 パンはあと三十分ほどで焼ける。
 その中のいくつかを届ければいいのだ。

 別段、面倒なことではない。

「ねえ、レオン。どうしてあんなのの言うことを聞くのよ!」
 貴族のお姉さんは満足して出て行ったが、今度はミラがおかんむりだ。
 こっちをなだめる方が面倒そうだ。

「接客商売は、理不尽なこともあるだろ」
「知っているわよ! だからって、全部お客のいいなりになることもないでしょ」

「そうだな。だけど今回の相手は貴族で、しかもこの町の出身ではない。つまり王都での評判を気にする必要がないにもかかわらず、中途半端に権力を持っている」

「だから?」

「嫌がらせのひとつもされる可能性がある。同じ平民どうしならば、悪い噂を流されるくらいだが、貴族ともなると、行政機関にも顔が利いたりする。たとえば、衛生に問題があるとかで立ち入り検査、貴族とトラブルを起こした店とレッテルが張られることもある。いいがかりを付けられて、どこかへ出頭しなければならなくなるかもしれない」

「そんな」

「そこまで行くか分からないけど、貴族と対立していいことはないと思うよ。だから、届けるくらいで気持ちがおさまるなら、あれで良かったんだと思う」

 ミラはなんだか納得いかない顔をしていたが、そこは強引に話を収めた。

「……まあいいわ。どうせ、出待ちしたところで、会える訳ないんだし」
「ん? それどういうこと?」

「ああいうことを考える輩が出るからね、あの近辺一体は立ち入り制限がかけられているのよ。だから、たとえ貴族や大商人と言えども、その区域内には入れないわけ。いえ、違うわね。そういう中途半端な権力を持っている人たちを排除するために、立ち入り禁止にしているの」

 一年後に竜操者となるにしても、いまは平民の者も多い。
 貴族の要請に断れないことも考えられる。

 よって、極力そういった接触はできないようにしているらしい。

「そうだったのか」

「竜操者の一回生は外と隔離するのが基本ね。そのために王立学校があるわけだし。竜操者に会いたければ、あそこに入学すればいいのよ。もっとも入試は難しいし、倍率もすごいんだけどね」

 王立学校は、学費も高く、入試の難易度もかなり高い。
 裕福な家庭で育ち、幼少時から専門の勉強していないと突破できないとか。

 ちなみに倍率は毎年十倍を下回ったことがないらしく、例年十五倍から二十倍という狭き門だとか。

「竜操者に会うのも大変なんだな」
「そうね。それだけ竜の学院の生徒に会いたいと思う人は多いのよ。なぜかこんなところで一人、バイトしているけど」

「そういうのもいて、いいんじゃないの?」

 僕が言うと、ミラは深いため息を吐いた。

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