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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第1章 魔国蠢動編

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 翌朝早く、僕は地下水路を使って商業街へ向かった。『ふわふわプロワール』でパン屋のアルバイトが待っている。
 もう、この往路の通行も慣れたものだ。

 たまに、嫌がらせのように新しい感知結界や防護結界が張られているが、もう二度と引っかかることはない。
 自分でも驚いたが、前よりも確実に感知できるようになっている。ここの通行は良い訓練になっているようだ。

「おはようございます」
「おう、おはようさん」

「じゃ、入りますね」
「おう」
 主人のロブさんに挨拶をしてから、仕込みに入る。

 しばらく集中していると、奥さんのファイネさんの声が家の方から聞こえてきた。
 どうやら、娘さんと言い合いをしているようだ。

 声からして、長女のミラだろう。

「まだ早いですよね。今日は起きているんですか?」
 いつものミラなら、僕が仕込みを終わらせる頃に起き出してくる。

「ん、ああ……今日はレオンが来ないかもしれないって言ったら、自分がやるって張り切ったんだよ。頑張って起きようとしたようだが、この時間になっちまった。どのみち、まだ仕込みが完璧にできねえから手伝わせねえんだけど、スネてやがんだ」

 聞いたところによると、ミラはロブさんの後を継いで、パン職人になりたいのだとか。
 ミラが裏でパンをねている姿はあまり想像できないが、パン焼きの腕はこれから上がる。
 ミラは勝ち気な性格だから、接客よりは向いていると思う。

 妹のクシーノは存外頭がよく、ファイネさんと同じく店番と経理を望んでいる。

「姉妹で同じ目的に向かって頑張れるっていいですね」
「どうだろうな。不器用なやつらだからな」

 ミラは、やる気があるもののいまだ技術が追いつかず、配達が主な仕事らしい。
 僕がやってきて危機感を覚えたらしく、最近パン作りの勉強を始めたそうな。

「我が家だと、僕が父に叱られながらパン作りを覚えましたけど、姉さんはすぐに接客の方を頑張ってましたね」

 姉が店番をすると、売上が上がるのだ。
 本人もそれが嬉しいらしく、積極的に看板娘を演じていた。

 いまは結婚して、別の町の雑貨屋で同じことをしている。

「毎日わたしの顔を見に来るお客さんもいるのよ」とは、姉の弁。

 だが、僕は不思議に思う。
 雑貨屋で、毎日会いに来るようなお得意様って、作れるものなのだろうか。
 消耗品を使い切ったり、必要になった物ができたら買いに来るのだと思うが。

 そんなことを考えていると、店の方からミラがやってきた。

「おはよう、ミラ」
「あなた、今日は来ないってお父さんが言っていたのに」

「ロブさんが気を回してくれたみたいだけど、朝の仕込みを終わらせてからでも、十分間に合うんだよ」

「へえ。そういうことね。でも、今日は何があるの?」
「ああ、入学式があるんだ」

「それ、すごく大事なんじゃないの。いいの? 準備とかあるんでしょう」
 ミラの顔が険しくなる。

 最初の出会いからすると、これでもずいぶんと険が取れてきた。

「準備っても、何もいらないんだよね。制服は国が用意してくれたし、会場は道を挟んだ向かい側だし、寮に戻って着替えればそれでおしまいかな」

「制服を国が用意するって、どこの王族よ。まったくそんな話は聞いたことがないわ。だいたい国がそんな学生の世話を焼くのなんて、竜の学院くらいなものよ。あれなんか、ものすごい注目度で、そもそもあの学院は今日が入学式って友達が……言って……って、えっ? ええええっ?」

「そう。今日から竜の学院に入学するんだ」
 僕は左手の甲を見せた。

「えっ? 竜紋? う……そ?」

 なぜかミラは呆然としている。
 見せたことなかったっけか。

 いや普通、こんな目立つところにあったら分かるだろ。
 さすがに仕込みが終われば手袋をしているけど。

 朝早いから、いままで仕込み中にミラと会ってなかったかも。

 ロブさんやファイネさんだけでなく、従業員のケールさんやミランダさんだってすぐに気づいたのに。

「町の人には内緒にしたいから、普段は手袋をしていたからね。知らせなくてごめんよ」
 ミラを怒らせないようにフォローしておく。

 パンはその日のうちに売り切ってしまう分しか作らない。
 なので、前日の夜に材料の準備をして、朝早く仕込みをするのだ。

 ミラが起きてくる頃には仕込みが終わっているし、日中の僕は火の番や接客を手伝っているけど、竜紋を隠すために手袋をしている。

 もしかして、妹のクシーノも知らないのかな。
 と思ったら、ちゃんと知っているらしい。
 となりでケールさんがこっそり教えてくれた。

「あなた、だったら竜操者になるんでしょ。どうしてパン屋になるための修行をしているのよ」
 もっともな話である。

「だって、物心ついたときから、パン作りをやってきたんだぞ。竜紋が現れてからまだ一年も経ってないってのに、心の切り替えなんかできるもんか」

 もっともな話だが、僕にだって言いたいことがある。

 竜操者になるのは決定事項だが、いまだパン屋を諦めきれない自分がいる。
 パン作りの修行をして損はないと思っている。

 だから僕は、学院にいる間ここで働きたいのだ。

「……変わっているわね、あなた」
「そうかな?」

「王都では、竜紋があればだれも放っておかないわよ。そこらの貴族や騎士よりも人気だっていうのに。……だれもパン屋で修行しているとは信じないでしょうね」

「一応、内緒にしておいてくれる?」

「言えるわけがないでしょ。学院の生徒がここで働いているなんて分かったら、それ目当ての人が押し寄せて、大変なことになるわ」

「そんな大げさな」
 その時僕は、本気でそう思っていた。



「開いているかしら?」
 店の外から声が聞こえた。

「はーい」

 ミラが応対にでる。
 まだ店を開けるには早い時間だが、外にはパンのいい匂いが漂っているはずだ。

 匂いに引かれてやってくる客はときどきいる。

 僕は仕込みを再開していたら、しばらくして言い争う声が聞こえてきた。
 店番のミラが客と言い合いをしているのだ。

 ミラよ、その性格、少し治そうぜ。


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