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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第1章 魔国蠢動編

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 このお姉さん、〈右足〉だけあって、足が速いんだよな。
 気配を消してなかったし、やってくるのは分かっていた。

 確実に間に合わない距離だと思ったので気にしなかったら、予想を裏切って間に合っちゃった。
 戦闘能力はなさそうだけど、こういうのも侮れないな、ほんと。

「一応、お仲間ではありますので、手を退けてもらえますか?」

 僕を怒らせないように丁寧に喋っているけど、こっちがお姉さんの地かな。
 どちらかと言うと、この前の韜晦している感じが作っているっぽい?

「ねえ、任務中に襲われたらさあ。お姉さんはその相手に話し合いましょうと言うタイプ?」
「全速力で逃げますね」

「ならば分かってくれるんじゃない? 女王陛下の〈右手〉たる僕は、任務遂行を邪魔する相手に情けをかけるわけにはいかないんだ」

「そう言われると辛いですね。でも、先ほどは一度だけ機会を与えたではありませんか。その慈悲を彼女にも振る舞ってはどうでしょう」
 遠くにいたはずだけど、見ていたのかな。やっぱ要注意だ、この人。

「死にたくなければ、あのとき這いつくばって許しを請えばよかったんだ。僕は何度も機会を与えるほど慈悲深くない」

 逆恨みされることを考えれば、ここで殺しておく方がいい。

「女王陛下に報告させていただきますけど」
「いいよ。というか、するでしょ。報告」

「まあ、そうですね」
 しないなんてことはあり得ない。

「じゃ、もういいね。言っておくけど、邪魔をしたらお姉さんの首も飛ぶよ」
 僕は視線を悪食に戻した。

 観念したのか、身動きひとつしない。いや、動けないのか。動けないんだろうな。
 気配が動いただけで、首を掻っ切るつもりだったし。

「分かりました。ではこうしましょう。せめて仕切り直しをお願いします」

「仕切り直し?」
 何を言いたいのだ? ちょっと分からない。

「実力差があることはわかりました。ただ、いまの状態では、無抵抗な者を一方的に殺戮したと報告することになります」

「でも、僕に襲いかかってきたのを見たよね」

「さあ、なにぶん遠くでしたので。それに女王陛下から全赦ぜんしゃを得たあなたでしたら、再戦しても問題ないのではないでしょうか。そうですよね」
「………………」

 何をしたいのか分からない。
 再戦したとして、この悪食には欠片も勝機がない。

「どうですか、『闇渡り』さん」
「それでいいですよ。結果は変わらないので」

 僕は剣を引いて数歩離れた。
 すでに悪食の攻撃は見切った。
 隠し玉があろうが、問題ない。

 僕が見ていると、悪食はのろのろと立ち上がる。
 僕とお姉さんの方を交互に見ている。

「では、どうぞ、ご存分に」

 戦闘開始だ。僕は右手の剣を強く握りしめた。そして……。

「………………」

 いつの間にか、悪食が土下座していた。
 額が地面にピッタリついている。
 どういうことだ、これ。

「どうやら再戦は成立しなかったようですね」
「ふざけっ」

「これは『闇渡り』さんの不戦勝です」
「謀ったな、オイ」

「いえ、わたしはただ再戦を提案しただけですよ」
 無抵抗で土下座しているお仲間を斬れますかと、お姉さんは言った。

 別に斬るのは問題ないのだが、あとで報告が行くだろうし。
 もうどうでもいいや。

 僕は剣を仕舞った。
 してやられた気分はあるけど、逆恨みさえされなければ問題ない。

 お姉さんは〈右足〉だし、この悪食に僕の情報を漏らすことはしないだろう。
 だから……。

「何をするんです?」
 僕は悪食の入れ牙を剥ぎ取った。なるほどこんな顔か。

「顔は覚えた。たとえ知らずにでも僕の近くに来たら、問答無用で斬る。その時は、一切容赦しない」

 悪食は土下座のまま、コクコクと首を縦に振った。
 これだけ脅せば、大丈夫だろう。

 それにしてもこの悪食、若いな。
 二十歳ハタチくらいか。

 僕が言うのもなんだが、こんなに早くふたつ名を得たら、後が大変だろうに。

「それでお姉さん、この死体の処理お願いできますか」
「分かりました。それで教えてもらえるでしょうか。指令は成功して?」

「そこに転がっているのがスルー、となりがダブル。両方とも魔道使いらしい。腕に自信があったようだけど、てんで弱くて話にならなかった。終わってから絡んできたのが千本針と悪食だ」

「理解しました。『闇渡り』さんには申し訳ないのですけど、女王陛下の元で説明をお願いできますか?」
「……なんで?」

 報告は〈右足〉の役目だろうに。
 報告書が欲しければ、書くことくらいやぶさかではないが、直接女王陛下に報告しに行くなんて、聞いたことがない。

「それはもちろん、千本針さんの件です。指令にはなかったことですし、わたしは見ておりません。ですから、報告はできないのです」

「そのくらい、誤差でしょう?」
「そういうわけには行きません」

「面倒なんだよな、あそこの関門」
 ひとつひとつクリアしていくのは骨が折れる。

「全赦持ちですから、直接行けばいいのではないですか?」
「うん? いいの?」
 いっちゃうよ、直接。

「だれも『闇渡り』さんを掣肘せいちゅうできないですよ」
「そういえばそうか。全赦って楽だな」
 一気に気が楽になった。

「では行ってくれますね。よろしくお願いします」
「ああ。でも、明日の夜でいいかな」
「どうしてです?」

 お姉さんの眉が困った形に歪んだ。

「明日の朝、用事があるんだよね。だから、今日はそろそろ帰って寝たいなと」
「明日の朝というと……」

 お姉さんは何があるのか思い当たったようだ。
 竜の学院の入学式があるのだ。

 僕はその前に、パンの仕込みがあるのだけど。
 どちらかというと、そっちのために早起きしたかったりする。

「まあいいでしょう。どうせ全赦ですし、文句が出たところでだれも面と向かって言えないでしょうし」

 便利だな、全赦。
 背中にデカデカと入れておくかな「僕は全赦です」って。

 恥ずかしいからやらないけど。

「じゃ、後始末は、よろしく」

 後始末を任せて、僕は闇に溶けた。

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