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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第3章 商国陰謀編

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「でもそんな大した話ではないのよ」
 ロザーナさんが古代語に興味を持った理由を話しはじめた。

「母の実家が、ネミンという町の領主でね。北方の港町なのだけど、両親とも領主の館で働いていたの」
 同族だけで町の運営をしていたらしい。

「だから私も小さい頃から領主の館で育てられて、五つ年上のいとこが一番近いのかしら。よく一緒に遊んだわ」
 そう話すロザーナさんの顔は穏やかなものだった。幸福な幼少時代だったのだろう。

「でもそのいとこの男の子はやんちゃでね。館の庭で遊ぶ方が好きになったの。私はどちらかというと、室内で本を読む方が好きな方だったので、自然とひとりでいることが多くなったわ。そこで出会ったのが、書庫の中にあった一冊の本。難しくて読めない古い時代の手記だったわけ」

 今よりももっと製紙技術が発達していない時代の紙とインクだったことで、かえってロザーナさんの興味をひいたらしかった。

「だれかに訳してもらおうと思ったのだけど、一族のだれも古代語を理解できないし、書庫の中にある古い史料は、一族以外が閲覧できないことになっていたの」

 門外不出のため、どうしても読むことができなかったという。そこでロザーナさんが考えた方法が。

「自分で古代語を勉強すればいいと気づいたのね。幸い訳すだけならば、時間をかければできそうだったから」
「はぁー」

 誰も読めない古い史料を読むために古代語を学んだのか。
 なんというか、ロザーナさんらしい? 普通の人は思いついても実行しないと思う。

「それには、何が書いてあったんですが?」
 リンダが質問してきた。たしかに、そうまでして解読した内容に興味がある。

「他愛もないものがほとんどね。交易や収穫に関する覚え書きだとか、そのときはやっていた歌だとか、天気の話題、食べたものの話題……ようするに日記ね」

「へえー。でも、ずごく昔の生活が分かると面白い発見があるかもしれませんね」
「そうね。昔の人はよく文章にして残していたらしいから、日記を書く習慣もいまよりあったのかもしれないわね」

 日々の生活に追われると、その日の出来事すら振り返る余裕をなくしてしまう。
 昔の人の方が、より人間らしい生活をしていたのかもしれない。

「他にはなにが書いてありました?」
「そうね。家族内の愚痴とか、とるに足らない噂話。他には、天変地異についてかしら」

「天変地異?」
 それは予想外だ。昔に何があったんだろう。

「大転移ってあるでしょう。あの時代にもあったらしくてね、それについて書いてあったわ」
「どんなですか? 僕も学院の授業で習ったから、興味があるんですけど」

「大転移はエイダノとカイダ、ふたつの月の軌道が近づくことによって起こるでしょう。私たちがいつも空を見上げると、まるで双子星のように、同じ大きさの月に見えるじゃない」
「ええ」

「古文書によると、カイダの方が随分と小さいんですって。軌道が重なった一瞬だけ、まるでエイダノの月に引き寄せられるようにしてカイダが小さくなって、その後ろに完全に隠れてしまったことがあるそうなの。しばらくするとエイダノの反対側から出てきて同じ大きさに戻ったそうよ」

「へ、へえー」
 どういうことだろ。

「完全に隠れた……だから小さいと書いてあったのですね」
 アンさんが納得している。

「アンさん……今の話、分かりました?」
 僕は分からなかった。

「近くのものが大きく見えて、遠くのものは小さく見えるじゃないですか」
「そうですね」

「いま地上から見えている月は、カイダが近くにあって、エイダノが遠くにあるから同じ大きさに見えているんですわね」
「そういうことだと思います」

 ロザーナさんとアンさんが意気投合した。
 天才どうしはわかり合えるようだ。

 ようは、小さい月が大きな月に引き寄せられて、大きな月のまわりを一周して元に戻ったということらしい。よく分からん。

「古文書ではそれを回天かいてんと読んでいました」

 回天……不思議な言葉だ。そのとき僕はそう思った。



 ロザーナさんとの名残惜しい会話も終わりに近づいた。
 翌日から王都の高名な学者のもとに弟子入りし、より専門的に学ぶらしい。

「問題は実家の荷物ですが、それは仕方ありませんね」
 諦めることにすると残念そうにつぶやいた。

「そうか。ロザーナさんの私物が実家にあるんですね」
「ええ。予期しない形で実家とは疎遠になったので、子供のころの品とかみな置いてきているの。思い出の品くらいは送ってくれるかしら」

 見込み薄だけどと、ロザーナさんは苦笑する。

 そもそも実家の両親とはあれ以来会っていないのだ。
 このまま中途半端な状態もよくないだろう。

「新年度前の休みがありますので、僕が送っていきましょうか?」
 実家に荷物を取りに帰るついでに、家族で話し合ってほしい。

「でももう、両親は私の顔を見たくないでしょう」
「手紙では伝わらないこともあります。このまま疎遠になるよりも、一度戻ってけじめをつけてみるのといいかなと思いますけど、どうでしょう」

「そうね……」
 ロザーナさんは長い間、考えていた。
 回転の速いロザーナさんがこれだけ悩むのだから、いろんな思惑としがらみがあるのだろう。

 僕にできるのは、ただ結論が出るのを待つだけだ。

「一族を刺激しないためにもしばらくは帰らない方がいいのですけど、今後のこともありますし、お願いすることにしますわ」

「分かりました。シャラザードならば全部の荷物を持って帰ることもできますよ」

「こっちにそんな物を置くスペースはないわよ」
 王都はただでさえ家賃が高いのだからとロザーナさんは笑った。

「ならば私も一緒に行こうかしら。船の手配もあるし、いちど港を見てみたいと思ったのよね」
 リンダが乗り気だ。べつに同行者がひとりふたり増えたって問題ない。

「アンさんは……実家に帰るんですよね」
「はい。残念ですけど、国から迎えが来ますので」

「分かりました。機会はまたあると思いますから」
「はい」

 お兄さんが結婚したことで、氏族の力関係も変わって来ているらしく、役職を含めてさまざま変更があるらしい。

「今年は技術協議会もありますし、できればみなさんと一緒に観戦したいですわ」
「ああ、八年に一度の」

「はい。わたくしか兄のどちらかは留守番になるようですけど、このままでしたら兄が氏族領に残ることになりそうです」

「そうしたら一緒にいられますね」
「はい」

 そこで気がついたら、リンダが胸元を開けて空気を入れ換えていた。
 ロザーナさんは扇でぱたぱたと扇ぐしぐさをする。

「……まあ、わたくしったら」
 アンさんは顔をまっかにして頬に手を当てていた。


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