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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第3章 商国陰謀編

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 翌朝、僕は久しぶりに父さんと一緒にパンの仕込みをはじめた。

 学院に通う前までは、毎日一緒にやっていた作業だ。
 一年のブランクがあったが、父さんとの呼吸はピッタリ合っている。

 狭い作業台をふたりで効率よく使う。
 王都と技国のパン屋で働いた経験か、父さんが次になにをやりたいのかが分かるようになってきた。

 これも経験を積んで成長したことのひとつだろう。
 やはり一定期間外で修行するのは、理にかなっているかもしれない。

「昨日の夜、館に行ったけど、何も出なかったよ」

 人と犬が館を守っている話をした。

「犬を中で使うのは本気の印だな。実際に見られると都合の悪いものがあるのかもしれない。戦闘になる覚悟をすれば持ち出せるだろうが、女王陛下の許可もなくそういうことはするなよ」

「分かっている」
 交渉人は領主の正式な客人だ。身辺調査以上のことはできない。

 指令もないのに他国の重鎮を殺めたり、正当な書類を盗んだりすれば、こっちが悪人になる。
 外交問題にも発展するし、いいことは何もない。

 僕らは女王陛下の〈影〉だからこそ、勝手に動けないのだ。
 こっそり忍び込んで、こっそり戻ってくるくらいが限界だ。

 仕込みを終えて、パンの成形にはいる。
 僕はかまどに火を入れに行く。

 王都の『ふわふわブロワール』でも、最近は窯の番を任されている。
 パンを入れる前に、窯内を一定の温度にする作業と、焼きの間、パンを焦がさないように温度管理をするのは慣れが必要だ。

 最初はおっかなびっくりだったが、いまでは窯の中に手を入れるだけでおよその温度が分かるようになった。

「薪が少なくなっているじゃん」

 以前は僕が管理していたが、いまは父さんの仕事になっている。
 僕は離れた小屋から、乾燥させてある薪を持ってきて、斧で適当な大きさに割る。

 カツーン、カツーンと小気味よい音が耳に響く中、店のほうで声がする。
 まだ開店には早かったよなと思っていると、見知った人物が裏に回ってきた。

「レオン。あなたちゃんと休みに帰って来るって、私に約束したでしょうが!」
 姉さんだった。

「姉さんおかえり」
「ただいま……じゃなくて、あなた王都に行ったっきりじゃないの。ちっとも顔を見せないんだから」

「うん、その件はごめん。思ったより忙しくてさ」

 長期休みは技国に行ったから、それ以外だと往復の馬車の日程を考えると、戻ることができなかったのだ。

 竜迎えの儀では、姉さんは当日間に合うように来たので、僕と会っていない。
 姉さんの顔を見るのもほぼ一年ぶりか。

「それに黒くておっきい竜なんか捕まえちゃって。飼うの大変なんでしょ?」
「捕まえたんじゃないからね!」

 虫じゃないんだから、そのへんで見つけてきたみたいに言わないでほしい。

「飼えなくなったって知らないわよ」
「犬じゃないから! ちゃんと責任持つし、どこかに捨てることできないから!」

 竜って、野良で存在できるのだろうか。無理だと思うな。

 まるで台風のようにやってきた姉だったが、いろいろ心配してくれていたみたいだ。

「それで、あなたのお嫁さんはどこなのよ」
「嫁って……いま、母さんと朝食の準備しているよ」

「そう。……じゃ、挨拶してくるわね」
 そう言い残し、姉は行ってしまった。

 なんというか、昔はもっとこう……おしとやかじゃなかったか?
 ここの看板娘だったよな。
 近所の男たちが姉さんに会うために、買いに来てたんだけどなぁ。

 結婚して変わったよな。
 義兄さんが〈右足〉の仕事で家を空けることが多いから、自然とたくましくなったのかもしれない。

 この分ならば、義兄さんが尻に敷かれているのが容易に想像できる。

 開店の準備ができたところで朝食に呼ばれた。
 僕と父さんが食事を摂る間に、母さんが店を開けてくれる。

 そこからは朝のピークまで母さんがひとりで店に立つのだが、今日はどうなるんだろ。

「それでね、私は言ったのよ。パン屋なんかになるのは止めなさいって。そしたらレオンは顔を真っ赤にして……」

 朝食の席で僕の黒歴史がまたもやつまびらかにされていた。
 女性というのは、身分の高低にかかわらず、人の話をするのも聞くのも大好きなのだと理解した。

 だからといって、口を挟めるものではない。
 無理に話に割り込むと、よけい悪い方向に向かうこともあるのだ。

 僕はただ、静かに朝食を食べて、嵐が過ぎるのをじっと待つことにした。

 姉さんに聞いたところ、ネイトの町は工場を設置しないらしい。

「もともと小さな町を強引に発展させたし、そんな場所はないわよ」
 斜面や崖の上など、不便な場所には建てられないので、姉さんの言うように本当に場所がないのだろう。

「なに、王都にまでその話が広がっているの? ヴィラーインの町とバロドリストの町の住民は喜んでいる人もいるみたいだけど、変化を恐れている人もいるみたいね。仕入れにきた人なんかも、どうなるか不安みたい」

 安価な製品が出回れば、既存のものは駆逐されてしまうし、人の流入によって儲かる人もいれば、職を失う人もでてくる。

 ふたつの町は充分な住民の理解が得られないまま話が進んだようで、不安視する人も少なからずいるらしい。

「姉さんはどう思う?」
「大規模な工場計画?」

「そう。賛成? それとも反対?」
「どちらかといえば、反対かしらね」


「どうして?」
「町が潤ったって、雑貨屋じゃその効果はたかが知れているでしょ。それより治安の悪化が問題よね」

 他国から大量の労働者がやってくる。
 彼らは竜国の民ではないので、愛着もなければ義理もない。

 好き勝手やって都合が悪くなれば、国に帰ることも可能なのだ。
 また、それを見越して悪い者たちがやってくることも考えられる。

 いまある警備システムは、現状を見て規模が決められている。
 犯罪が多発し、揉め事が多数おこれば、飽和状態になってしまう。

 つまり、徐々に目が行き届かなくなっていくのだ。
 小さな犯罪が見逃され、治安が悪化すれば、より悪い者が入ってくる。

 せっかくうまくいっていた町の運営がどこかで狂いが生じることも考えられる。
 姉さんはそれを直感で感じ取ったらしい。

「そもそもそんなにおいしい話なら、自国でやればいいのよ」
「まったくもってその通りだね」

 わざわざ大金を投じて他国に作る必要性がない。
 おいしい話には裏があるのだ。

 朝食が終わり、片付けとなる。
 どうやら朝は母さんとリンダが作ったらしい。

 昨日の夕食はアンさんが作ったので、ローテーションなのだろう。
 片付けはアンさんと姉さんがすることになった。

 母さんは店番なのでここにはいない。

「僕は午後に備えて仕込みに入るから」
「パン作りはいいから、あなたのお嫁さんをどこかに連れて行ってあげなさいよ」

 お嫁さん……間違ってないのだけど、すごく違和感のある言い方だ。

「今日はレオンくんのお家にご挨拶にきただけですから。それにお姉さまともお話ししたいですし」

「うわー、この子、かわいい。……もらって帰っていい?」
「だめ」

「おかしいなぁ……おねしょのシーツを乾かそうと必死にフーフー吹いていた子に、こんなかわいいお嫁さんが来るなんて」

 さりげなくまた黒歴史を暴露しやがった。
 これは粛清対象か?

 これ以上ここにいると、更なる暴露が出てきそうなので、僕は仕込みをしに裏に向かった。


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