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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第3章 商国陰謀編

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 一夜明けて、結婚式の当日。
 今日は朝から天気がいい。絶好の結婚式日和だ。

「式は昼からで、そのあとパーティだっけか」

 今日の予定はゆったりと組んであったはずだ。

 だが僕は、式の前にやることがある。
 僕は、以前アンさんに作ってもらった礼服を取り出した。

 ざっと身支度を調えたあと、氏族の館に向かう。

 ここは高位の人たちが訪れる建物なので、中に入るのは気後れしてしまうが、やらねばならないことがあるのだ。

 実はこの時点で、僕はまだアンさんのお兄さんであるモーリスさんに挨拶ができていなかった。

 と言っても、僕がサボっていたわけではない。
 僕がアンさんの『友人枠』だったため、挨拶の順番が回って来なかったのだ。

「当たり前だよな」

 時間は有限である。
 偉い人から面会して、その空き時間に有力者たちが行列を作っている。

 さらに、途中からでも他国の偉い人たちがやって来れば、割り込みだってある。
 式前に挨拶できるかどうか、悶々としている人も多い。

 そんな状態で僕の前に予定が開けられるはずもない。

 というわけで、今日アンさんと挨拶するとき、モーリスさんが『たまたま一緒にいた』という設定を作ることになった。

 他の有力者に対する配慮である。



「お早うございます、レオンくん」

「お早うございます、アンさん。本日はおめでとうございます。ラゴス家に技能神のご加護がありますように」
 館のホールに足を運び、しばらくふらついているとアンさんがやってきた。

「ありがとうございます。兄の式に来ていただいてとても嬉しいですわ」

 今日のアンさんは、一段と綺麗だ。
 普段、大人しめの服装しか見たことがなかったので、一瞬見違えてしまった。

「その髪飾り、よく似合ってます。今日は髪も結いあげて、とても綺麗ですね」
 頭が揺れるたびにシャラシャラと揺れる、金銀を散りばめた髪飾り。

 アンさんの秀麗な顔にとても映えた。これを作ったのは技国の職人だろう。
 一流の職人が本人のためにアクセサリーを作ると、こうも似合うものなのか。

 装飾品は人を選ぶというが、なるほどと思う。

「ありがとうございます。髪も先ほど時間をかけてセットしたのですけど、レオンくんにそう言っていただけて、とても嬉しいですわ。そういえばその服……」

「はい。顔合わせ会のときに着させていただきました。大変結構なものを頂戴しまして、ありがとうございます」

「どういたしまして。レオンくんもよく似合ってますわ」
「僕なんか服に着られているだけですが、この服のおかげで多少僕でも見栄えがするようになったと少しは自信を持てそうです」

「そんなことありませんですのに」

 僕の場合、同じ一流の職人が作ったとはいえ、アンさんの髪飾りのように『物に負けない容姿』ではないため、どうしても服に負けてしまうのは否めない。

 それはそれで、生まれも育ちも違うのだから仕方ないとアンさんを眺めていると、当のアンさんが小首を傾げて聞いてきた。

「あの、レオンくん。どうしましたの?」

「とても不謹慎ですが、アンさんの髪飾りを眺めていました。もし僕の姉がその髪飾りを付けたら、だれも顔を覚えてもらえないだろうなと、つい考えてしまいました。やはりアンさんのためだけにあつらえたものは違いますね」

 姉の顔なぞ、髪飾りの台座くらいにしか思われないだろう。
 アンさんだからこそ映えるというのが分かった。

「まあ、レオンくんはお上手ですこと」

「おや、妹が頬を染めるなんて、珍しいこともあるものだ。アンの心を動かしたそこの御仁はだれだい?」

 横合いから声がかけられた。
 遠目に見たことがあったので分かっている。モーリスさんだ。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。竜国竜操者がひとり、レオン・フェナードと申します。このたびはご成婚、まことにおめでとうございます」

「ありがとう、モーリスだ。よく来てくれた。そして、いつも妹を気にかけてくれてすまない。これからも頼む」

「もったいないお言葉です」

 モーリスさんとの挨拶はこれで終わった。
 事前に取り決めていたことだが、アンさんが誘拐されたこと、現在竜国に留学中であることは伏せることになっている。

 もちろん、知っている人もいるが、この場には他氏族や他国の人間も多い。
 知らない人にわざわざ教えて回ることはないという判断だ。

 モーリスさんはすでに他の人たちの挨拶を受けている。
 ここぞと意気込んだ人たちに囲まれている。

「大変そうですね」
「兄ならばうまくやるでしょう」

 内心どう思っていようが、如才じょさいないらしい。

「いろいろ配慮できる方のようですしね」
 今回僕が連れてきたシャラザードだが、兎の氏族内ですでに噂になっている。

 だけど、氏族長やモーリスさんたちがうまく押さえているので、僕に対する好奇の目はかなり少なくなっていた。

 先ほどの場でも、黒竜の話題を出されたら答えざるを得ない状況だったが、その辺のことをおもんばかってくれていた。
 かなりありがたい。

 その後しばらくは、アンさんの衣装を褒めたり、アンさんを褒めたりして過ごした。



 アンさんが着替えのために戻ったので、僕も部屋に戻ろうとしたところで、思わぬ人物に再会した。いや、してしまった。

「おっと申し訳ない。道を塞いでしまったかな」
 意外な人物が現れた。いや、場所を考えれば意外でもないのか。

「いえ、少々驚いてしまっただけですので……お先にどうぞ」

 僕は一歩脇に避けた。
 驚いたのは本当だ。つい顔をガン見して、反応が遅れたのだから。

「すまないね。私はウォール。となりが妹のイーナだ」
 知ってます。『血煙』と『血飛沫』ですよね。
 殺気をガンガン向けられたことがあるので、忘れられません。

「これはご丁寧に。僕はレオンといいます」

「レオン? 不勉強で申し訳ないが、兎の氏族でレオンというと……」

 ウォールさん、いやかもめの氏族長の長男ウォール・グラロスは、そう言うと眉間にしわを寄せながら、努めて思い出そうとしてくれた。

「どうして僕が兎の氏族の者だと……?」
 今日はモーリスさんの結婚式で、さきほどから多くの人たちがこの館に足を運んでいる。

「お兄様は胸元を見て判断されたのですわ」
 イーナさんの瞳も僕の胸元にある。何かあるのか?

 アンさんに作ってもらった服は竜国を象徴するようにうっすらと竜の刺繍が施してある。
 竜国の人間と思われても、兎の氏族と間違われることはないはずだが。

 そう思って視線を左胸に持っていくと、呪文のような文字が刺繍されていた。

 なんだこれ?

「古代技国語で、紛れもなく兎の氏族のみに許された刺繍かと」

 やられた。

 アンさん、仕込んだな、これ。
 さっきこれを着て、あちこちの人と挨拶しちゃったよ。

「そうでしたか。それは知りませんでした。これは少々縁がありましてアンネロッタ様より作っていただいたものなのです。僕自身は技国とは関係のない人間です」

 まいった。これに気づけというのは無理だろ。

「なるほど……ではよほど大切にしたい人とか」
「いえ……僕が竜操者だからでしょうか。おそらくそれで」

 よく分からないが、そう言っておいた。
 それと、もしこの礼服をアンさんから頂いたと話したら、そういう風に解釈されるわけね。
 絶対知っていてやったな。

「竜操者というと、噂になっている黒い竜についてご存知ですよね」
 意外にも『血飛沫』さん……じゃなくて、イーナさんが食いついてきた。

 ちょっとした剣幕だったので、ウォールさんが補足してくれた。

「妹は竜に目がなくてね」
「なるほど……」

 合点がいった。
 竜国に近い鴎の氏族では、他の氏族よりも竜を見かけることは多いだろう。

「それで……コホン。私たちが遅れて到着したころには、みな様が巨大な黒い竜のことを噂していまして……けれど、近寄ることは叶わなく」

 竜の警備は兎の氏族の管轄だ。さすがに竜操者以外を近づけることはしないだろう。

「巨大な黒い竜……シャラザードのことですね。連れてきたのは僕ですよ」

「ほ、本当ですか!?」
 イーナさんが食いつかんばかりに顔を近づけてきた。

 あー、『血飛沫』さん、こういう人だったんだ。


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