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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第3章 商国陰謀編

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 サーラーヌ王女はレオンを振り切って人混みに紛れた。

「ちょっとすみません」「ごめんなさいね」「そこ通ります」

 なるべく人の多いところを見つけて、その中に入っていく。
 足早に人波の中を進んでから振り返る。

「よっし、追いついてこないわね」

 王女はほっと胸をなでおろし、ここでようやく余裕をもって周囲の店を見て回る。
 出かけるときに備えて、金銭は用意していた。

 あとは自由に見て回ればいい。
 出店が多く立ち並ぶ一角で、良い匂いのする食べ物をいくつか買い込んだ。

「さて、どれが美味しいかしらね」

 王宮での食事はつまらないものだった。
 毒殺を防ぐために料理はいつも冷えているし、そもそも母親の女王ですら、食事は質素なものを好んでいる。

 さすがにパーティなどでは贅を尽くしたものが出るが、王女という身分で料理を頬張るわけにもいかない。

 サーラーヌ王女は、十八歳にして美味しい食べ物に飢えていた。
「これはなかなかね。んー、こっちは微妙。これとこれは辛過ぎ。もう要らないわ」

 普段から刺激物をたくさん使った料理を食べ慣れていないため、どうも屋台の料理は味付けが濃すぎるようだ。

「おいおい、捨てるなんてもったいない真似は止めなよ」

 一口かじっただけのものを廃棄しようとしたところで、横合いから声がかけられた。
「どうして? だって美味しくないもの」

「料理がもったいないし、せっかく作ってくれたんだ。少しくらい口に合わなくても食べればいいんじゃないか?」

「だったらあなたにあげるわ」

 王女はべつに、屋台のものが食べたかったわけではない。
 そういう雰囲気のものを一度食べてみたいと思っていただけなのだ。

 美味しくなければ、普通の店に入ればいい。
 なにも口に合わないものを無理して食べて、お腹を膨らますことはないのだ。
 そう思っていた。

「そっか、じゃもらおうかな。ちょうど腹が減っていたし」
 王女が捨てようとしたものを手に取り、その男は大きな口でかぶりついた。

 ここであらためて、声をかけてきた相手を見た。
 まず思ったのは「大きい」だった。

 王女の背は、男の胸くらいまでしかない。横幅は王女三人分くらいはあるだろう。
 かなりの筋肉がついている。

 背が高い分、ずんぐりとしているようには見えないが、あまり王女の周りににいないタイプの人間だった。

「ん、うまい。こんなうまいのに」
「味が濃すぎるのよ」
「へー、そんなもんかね」

 屋台に使われる食材は、それほど良いものではない。
 味を誤魔化すために、多くの調味料を入れているのは当然だ。

「しかしあなた、よく食べるわね」
 王女が屋台で買った食べ物のほとんどが、男の腹に収まってしまった。

「今日は警備ばっかりで、口に入れる暇もなかったからな」
 そう言われて男を見ると、制服を着ている。

「軍人……じゃないわね。何をしているの?」
「あんた国外から来たのか。オレは民兵みんぺいだよ」

「民兵? なにそれ」
 王女の知識には、民兵という言葉はなかった。

「民兵ってのはな、給料の貰えない兵士のことだな。普段は仕事を持っていて、たまに手伝ってくれって頼まれる時だけ兵として活動するんだ。その時だけは手当が出る。普段のオレは畑仕事をする農夫だ」

「そんなのがあるのね。お母様は教えてくれなかったわ」
「あんたのお袋さんがどのくらい博識かしらないが、地方の町だと警備兵だけじゃ難しいんだよ」

 町の治安維持のためには、多くの警備兵が必要になる。
 だが、たくさんの警備兵を抱え込めば、それだけ維持費がかかる。

 そのため必要なときに警備兵として使うように、民間から募集し、訓練を施しておくのである。

「ということは、あなたはこの都市の出身じゃないのね」

「そりゃそうさ。この中で暮らすのはいろいろと大変だからな。普段のオレは、もっと東の方の町に住んでいる。今回の結婚式で町の警備兵が足らなくなるんで派遣されたわけだ。……っても、巡回ルートが決まっていて、延々そこを回るだけだが」

「面白くなさそうな仕事ね」
「まあな。本拠地の連中が一番やりたくない仕事を押し付けてくるのさ……おっと、危ない!」

 男は王女の肩を抱いて、道の脇へ押しやった。
 その横を大きな馬車が通過していく。

「なによ、あれ。危ないじゃない」
「危ないのはお前だ。道の真ん中だぞ。馬車だって通る。それにあれは鴎の氏族専用馬車だな。紋入りの馬車なんか、ほとんどお目にかかったことがない」

「こんな人混みなのよ。歩いて来なさいよ。……まったく」
「……怖いもの知らずだな。たのむから問題を起こすなよ」

 男が町中を見まわれば、角を曲がる度に酔っ払いの喧嘩に遭遇した。
 今度は自分が起こす番になりたくないと、男が語るのであった。

「分かっているわよ。それであなたは、こんなところにいていいの? 巡回するんでしょ?」

「昨晩から働いてようやくさっき終わったんだ。オレはいまから帰って寝るんだ。その前に腹ごしらえしようと思って、屋台街へ寄ったわけさ」

「なるほどね。……じゃあ、暇だったらわたしと一緒に回りましょう」
「おまえ、オレの話を聞いていたか? オレは帰って寝るの!」

「何言っているのよ。寝るのは後でもできるでしょ。今は楽しまないと」
「おっ、おいおい……」

 サーラーヌ王女は男の腕を掴んで歩き出した。

               ◯

「お兄様、先ほど民を引っ掛けそうになっていました」
 走る馬車の中で、イーナ・グラロスは、隣に座る兄にそう告げた。

「当たってなかったか?」
「大丈夫だと思います。人が多いですし、速度を落とさせましょう」
「そうだな。ちょっと言ってこよう」

 ウォール・グラロスは小窓をあけて、御者に速度を落とすように伝えた。
 御者は小さく頷くと、手綱を操作し、馬にゆっくり走るよう指示を出す。

「これで大丈夫だ。しかしウチはゴタゴタがあって、出発が遅れてしまったからな。前日到着とは情けない」
「仕方ありません。大山猫の氏族があれでは、氏族会議が紛糾するのは目に見えていたことです」

「……そうだな」
 ウォールは嘆息する。

 同盟関係を維持していた手前、これまでも様々な形で協力関係にあった。

 だが今回、兎の氏族に戦をしかけて大負けし、駆動歩兵のほぼすべてを失った。

 他国――この場合は竜国だが、その侵攻があれば、何もできずに陥落してしまう。

 いま大山猫の氏族から、悲鳴のような文が絶え間なく届いている最中であった。

「我が氏族から駆動歩兵を供出するのでしょうか」
 氏族会議が揉めているのは、大山猫の氏族にどこまで援助するかである。

 過去のいきさつから、すべての手をはねのけるべきだと主張する一派も存在している。
 また行うのは食糧援助のみで、軍事的援助はすべきでないと言う者もいる。

「物資をかき集めて攻め込んで、すべて置いて戻ってきたらしいからな。最低限食糧だけでも送らないと、飢えるのは地方の民だ」

「かといって、私たちもクーデターの後始末がまだ完全に終わってません」
「うん。とくに駆動歩兵の数は激減してしまったからね。立ち直るにはどれだけのお金と時間がかかるのやら……」

 ウォールが遠い目をする。

 今回あえて氏族会議の議題にはあがらなかったが、復旧に商国の介入を許せば、それこそ骨までしゃぶられてしまう。
 かといって、助けを求めるには魔国は遠すぎる。
 残るは竜国だが、竜国の情けにすがるには、プライドが邪魔をする。

 ゆえにこの問題は、だれも口に出せないでいた。

 自分たち兄妹が戻るまでに、結論が出ているのだろうか。



「……無理だな」
 走る馬車の中で、ウォールはそう自嘲ぎみに呟いた。

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