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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第3章 商国陰謀編

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 僕はパン屋の息子だ。そして竜操者でもある。
 氏族長の孫娘と一介の竜操者。

「最後の顔合わせ会の前、僕はアンさんの気持ちを聞きました」
「はい。わたくしの心は、あの時から少しも変わっていません」

「ありがとうございます。僕はアンさんが僕を支援すると言ってくれて、とても嬉しかったです。たとえ技国にいようと、きっと気にかけてくれるだろうと」

「わたくしもそのつもりでした。卒業まであと一年ありますし、卒業後も両国の友好のために活動するつもりでした」

 兎の氏族で人気の高いアンさんのことだ。
 身分を明かして竜国に滞在すれば、その容姿、人柄から相当の効果が見込まれただろう。

「それでも不思議です。婿を迎えて氏族を盛り上げるならまだしも、嫁に出られるものなのでしょうか」
 竜国ならば、サーラーヌ王女が他国・・平民・・に嫁ぐようなものだ。

「お祖父様は言いました。わたくしは氏族のために生きなければならないと。ただし、その方法はひとつではないと」

 アンさんはシャラザードを見上げた。

「もし、レオンくんが中型竜以上を得るならば、お祖父様は氏族会議にかけると言ってくれました」

 氏族会議にかける? 何をだ? いや、分かっている。
 アンさんが嫁ぐのを許可するかだろう。

「条件が中型竜以上ですか?」

「はい。わたくしは氏族のおさの家系に生まれ、その庇護の中で育ちました。いまだ氏族に恩返しができていません。それは、残りの人生で少しずつ返していくものだと思っています」

「恩返しですか」
「恩返しです。そのために、氏族が納得する実績を出さねばなりません」
「大変ですね」

「そうでもありませんよ。……それでですね。竜操者を伴侶に得るというのもあったのです。もちろん、一族内に迎えることが前提ですが」
「分かります」

 竜の重要性を説くまでもない。竜国が制度を作ってまで竜を外に出したがらないのだ。
 なんの準備もなく竜を得る方法は、ほとんどないと言える。

 今回の場合だと、唯一の例外が、僕が兎の氏族の一員になることだ。

 ――だが、それはできない。

「中型竜の場合、竜国は外へ出さないでしょう。そう思われています。わたくしもそう思います」

 その予想は当たっている。
 中型竜が他国に行くのはまずい気がする。

 あの戦闘力はあり得ないほど高い。
 学院で接しただけで分かる。しっかりしたバックアップがあれば、中型竜一体で都市ひとつ落とせる。

「ところがですね。もし中型竜以上を持つ竜操者でしたら、わたくしが嫁いでも問題なさそうなのです」

 ここは政治的な判断になるので、難しい話はアンさんも分からないらしいが、いまのバランスを考えると可能だという。
 中型竜には、アンさんを嫁に出してまでえにしを結んでおく価値があるのだという。

 これはいまの兎の氏族にとってではなく、将来を見据えてのことだろう。

「もしかして、この前言いかけたのは……」

「そうですね。このことです。もしレオンくんが中型竜以上を得たならば、わたくしをお嫁にもらってくれますか? そう言いたかったのです」

 そんな打算的な発言をアンさんはどうしても口に出せなかったという。
 リンダが微妙な顔をしていたわけだ。このことを知っていたのだろう。

「リンダにその話をしていますよね」

「お話してあります。リンダさんは結婚して構わないと」
「はう!?」

 結婚して構わないって……いつの間に、そんな話を?

 というか、なんであいつが僕の結婚を決めるんだよ。血痕じゃないぞ、結婚だぞ。

 知らないところで、僕の重大な人生設計に許可を与えるなと言いたい。

「お祖父様、お父様、お母様の許可はもらいました。氏族のみなさまはこれから説得します。それにこの話は女王陛下にも確認済みです」

「……えっ?」
 どうしてここに女王陛下が出てくる?

「これは政治的な話になりますので、詳しくは申し上げられませんが、条件付きで許可をいただきました」
「………………」

 どういうことだろう。アンさんが僕の元に嫁ぐのに女王陛下が条件をつけるのか。

 いつ話をしたんだろうか。アンさんと女王陛下が話をする機会はあっただろうけど、それは竜迎えの儀の前だし、そもそもディオン氏族長の許可がなければ女王陛下と交渉すらできないはずなのだ。

 不思議そうな顔をしていたからだろう。アンさんがクスクスと笑った。
「レオンくんを氏族内へ引き抜きをしないという条件で合意しました。これ以上はお伝えできないですけど」

 いや、条件の詳細が分からないからじゃなくて、政治的な話をどうして僕が竜を得る前からみんなして話をしていたかなんだけど。

「えっと、女王陛下とはもう話がついているのですね」
「はい。公的な謁見の場で行いましたので、書記官が記録してあります」

「………………」
 すごい大事になっていた。

「ですので、レオンくんにき、聞きたいのです。……わ、わたくしを……およめにもらってくれますか?」

 潤んだ瞳で見上げてくるアンさん。
 驚きだ。驚きの展開過ぎて、言葉が出てこない。

『なにを固まっておる。シャキッとせんか』

 シャラザードのひと吠えで我に返った。
 なぜアンさんにここまで言わせたのか。

「それは……僕が不甲斐ないからですよね」
「えっ? わたくしはそんな風に思っていませんけど」

 最後の顔合わせ会の前。
 僕はアンさんを含めて、三人のパトロン候補を呼んだ。

 そのとき僕は、みんなには恋愛感情を持てないという話をしている。
 あの場にいた三人は僕よりもはるかに賢いから、あの流れで僕が言わんとすることを理解していたはずだ。


 ――パトロンは決めるけど、そこに恋愛感情はない


 だからアンさんは辞退した。
 パトロンの先は、どこまで行ってもパトロンでしかないのだと。

 だから別のアプローチを考えたのだと思う。

 そして僕の知らないところで戦っていたようだ。
 氏族の説得、女王陛下との謁見、そしてリンダやロザーナさんとも。

 ならば、僕もいまの気持ちを伝えなければ、不公平になる。

「アンさん」
「はい」

「ありがとうございます。僕のことをそれだけ思ってくれて」

 僕はアンさんを助け出したことがある。
 酒場の二階に匿って、脱出する機会を窺っていたこともあった。

 兎の氏族領までふたりで旅をしたことも。
 これらは、アンさんの気持ちが固まるのに充分な経験だったのだろう。

「レ、レオンくん。わ、わたくしは、この前も言いましたけど、あなたをお慕いしており……ます」
 消え入りそうな声だ。

 僕はこれに応えたいと思う。少なくとも誠実に。

「正直、自分の恋愛感情がまだ分かりません。ですので正直ないまの気持ちを伝えたいと思います」
「……はい」

「いま僕の中で一番、アンさんが親しい存在です。それは変わりません。けれど、それが恋なのかは分からないのです。でもこれから先、僕はアンさん以上に親しくなれる女性に巡り会うことはないのだと思います。僕が言えることはそれだけです」

 今回を見れば分かる。
 氏族の結婚を恋愛感情だけでは決められない。

 それゆえ、アンさんは最近まで言えなかったのだろう。

 僕が中型竜以上を得たことで、その枷が取り払われた。
 だから自分の気持ちを出せた。

 僕がシャラザードを得たからアンさんが告白してきたのではない。順番は重要だ。
 いままで告白できなくて我慢していたものが、その必要がなくなったのだ。

 それでも僕は、アンさんに恋愛感情を持っているとは言えない。一番親しい存在なのだと告げるのが精一杯だ。

「ではわたくしは、いつかレオンくんの心を振り向かせてみせます!」
 アンさんは決意に満ちた顔で僕をまっすぐに見つめた。

「はい、お願いします」

 この先、僕が恋に落ちるとすれば、それはアンさんだろう。
 だからその言葉は、正直嬉しかった。


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