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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第2章 技国内乱編

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「浮かない顔だな」
 父さんが僕の顔を見るなり、そんなことを言った。
 明日竜を迎える学院生は、普通もっと晴れやかな顔をしているだろうか。

「これからしばらくパンを焼けないことを思うとね」

 竜を迎えるのが嫌なわけはない。
 ただ、早朝から竜の世話が入ってくるので、アルバイトに行けそうもない。

「パンって……あなたはまだそんなことを言っているの?」
 母さんが呆れた顔をする。

 竜操者になってまでパンのことを言い続けている僕の方が、世間の常識からしたらおかしいのだろう。

「こいつの場合、パンのことを言い出さなくなった時点で正気を疑った方がいいくらいだ」
「その言い方はひどいと思うけど、概ね合っているかな?」

「それもそうね。……まったく、明日は大事な儀式だっていうのに、どうしてこんな場所で親子そろってパンの話をしているのかしら」

 うん、僕もそう思う。だけどたかだか一年くらいで、性格や趣味趣向が変わったりしないし。

「そういえば、姉さんは?」
「エイナは明日の朝に到着する。来る途中に寄ったが、店の方はずいぶんと忙しそうだったぞ」

「あー、義兄さんがこっちに来ちゃったから?」

「それもあるが、このところ商国から人の流れが多い。日用品がよく売れるらしい」
「そうなんだ」

 そういえば、前にも父さんが商国の商人のことを言っていたな。

 雑貨屋から姉さんがいなくなると、ドロドフおじさんとヨーランおばさんが大変そうだ。
 それでも僕の晴れ姿を見に、往復八日の日程でやってくるのだ。

 会ったらお礼を言わなければならないけど……帰ってこいと言われつつ、あれ以来一度も顔を出していない。会ったら盛大に文句を言われそうだ。

「しかし、あなたのパトロンにリンダちゃんがねえ。縁って不思議なものね」
 母さんがしみじみ言う。

 たしかに奇縁だと思う。僕も再会して驚いたくらいだ。

 そういえば、長期休みのとき、リンダは一度ソールに顔を出したらしい。
 リンダから直接話を聞いて、母さんもさぞ驚いたことだろう。

「こいつの場合、リンダちゃんのようなしっかりした者が近くにいないと、いろいろと駄目だからな」
 父さんがひどいことを言った。もう一度いう、ひどいことを言った。

「それって、どういう意味?」
「時間があれば、一日中パンのことだけ考えるだろ?」

「それはまあ……」
 考えると思う。

「強引にでも方向修正してくれる人が近くにいたほうがいいんだよ」
「なんだろ……あまり言い返せない気がしてきた」
 ひどいことを言われたのに。

「それはそうね」
 母さんも納得している。ここは怒っていいとこだよな?
 ひどいこと言われたし。

 そんな父さんと母さんだが、明日は招待席で、僕の晴れ姿を見る。姉さんも一緒だ。

 この後の予定を聞いたら、僕がアルバイトをしているパン屋『ふわふわブロワール』に行くらしい。
 そういえば、父さんも母さんもあそこで働いていたんだっけか。

「僕も行こうかな」
 ここからだと少し距離がある。けど、影を使って戻れば、夕食に間に合うんじゃなかろうか。

「おまえは駄目だ。おとなしく明日に備えなさい」
「そうよ。遅刻したり、寝坊したら大変なんだから」

「……はい」
 そうだった。そのためにここに前日入りしているのだ。
 夕食後にミーティングがあるので、時間的余裕はそれほどなかったりする。

「さて、そろそろ行くか」
「そうね。じゃ、明日は気張りなさい」
「分かった」

 久しぶりに両親と会ったとはいえ、王都に来るまでは一緒に暮らしていたわけで、これ以上話すこともない。

 父さんも母さんも名残惜しいと思うこともないようで、あっさりと去っていった。
 パン屋に顔を出したあとは、久しぶりの王都見学でもするのかもしれない。



 他の学院生たちも今頃は家族と会っているのだろう。

 ちなみにパトロン候補は、前日入りできない。
 というか、そこまで面倒を見てくれない。

 王立学校の生徒用に観覧席が用意されているので、明日の朝みんなと一緒に向かい、そこに座ることになる。

「さてどうしようかな」
 暇になってしまったので、会場内をブラブラと散策した。

 巨大な円形競技場だ。
 明日は何万人もの人が集まる。王都の人間だけでなく、いろんな町から人がやってくる。

「それだけじゃないか。他国からもだよな」

 竜国の新しい竜操者の誕生だ。
 政治、軍事、経済を牽引けんいんしている人たちは、その瞬間をぜひとも見ておきたいだろう。

 結局、何万人も収容できるこの会場の席がすべて埋まるというのだからすごい。
 それだけ重要なイベントということだ。

 競技場の中を歩いていると、アークがやってきた。
「アーク? 家族はどうしたんだ?」
 彼はいまひとりだ。

「やあ。両親はいま、パトロンに会いに行ってしまってね、ここにはいないのさ」

 事前に挨拶をしに行ったわけか。
 王立学校の生徒にならば、身分さえ確かならば家族以外でも面会できる。

「でもどうして急に? 明日には会えるだろうに」
 竜迎えの儀が終了すれば、時間が取れると思うが。

「待てなかったみたいだね。学院を卒業したらウチの町に来てくれるだろ。その辺のことを聞いてみたかったんじゃないかな」

「なるほど」
「キミの方はどうしたんだい? パトロンは幼馴染と言っていたよね。今さら会うこともないだろうし」

「僕の両親はこっちで働いていたパン屋に挨拶に行ったよ。それと王都見学かな」
「そっか。お互い暇になったわけか」
「そういうことだね」

 僕とアークはひとしきり笑いあった。

「明日に備えるのもひとつの手だが」
「たしかに備えは必要そうだよね」

 明日は早朝から長ったらしい……いや、ためになる話が目白押しだ。
 式典とはそういうものらしいが、ずっと出席していなければならない僕らからすれば、退屈な時間だ。

「どうだい、たまにはふたりで語り合おうじゃないか」
「ちょうど僕も同じことを思っていたんだ」

 大事な儀式の前日。
 夕食の時間までアークと過ごすのも悪くない。

 会場の一角で、僕とアークは明日のこと。これからのこと。そして互いのパトロンのことなどを思いつくまま語り合った。



 翌朝早く、僕らは身だしなみを整えて会場入りした。
 観客席はまだガラガラだ。

 いま競技場内で行っているのは、各担当者たちによる最後チェックだ。

 竜迎えの儀は、竜の聖門がある竜渓谷りゅうけいこくまでひとりずつ行かなければならない。
 距離はここから約二十キロメートル。
 通常ならばかなりの時間がかかるが、そこはいつもの『竜による移動』である。二回生が連れて行ってくれる。

 そうすると竜渓谷まで、ものの十数分で着いてしまう。

 そこで竜を得たあとは、竜に乗ってここまで戻ってくることになる。
 操縦するのは僕らだ。
 つまり、帰りはたったひとりで竜を乗りこなしてその距離を移動しなくてはならない。

「練習通りやればできる」

 指導教官がそう熱弁している。
 観客も僕らが初めて乗ってやってくることを理解している。

 多少遅れたり、無様な格好を見せても大目に見てくれる。
 この儀式では、僕ら一回生がちゃんと竜を操る姿を見せるのも目的に入っている。

「竜操者とは、竜を操る者のことだ。竜を操れない者は、いつか竜が人に害をなすかもしれん。だから、しっかりと習ったことを思い出して、ここまで戻ってこい」

「ハイッ!」
 学院生の勇ましい声が響く。
 今までの厳しい訓練が実を結ぶ、そんな晴れ舞台がすぐそこに迫っていた。

「ようし、会場は温まっているぞ。胸を張って行って来い!」
 教官が僕らを送り出す。

 竜迎えの儀がはじまった。

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