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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第2章 技国内乱編

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 五回目の顔合わせ会が始まる前。

 僕はリンダ、アンさん、ロザーナさんの三人と大事な話をすることにした。

 話の内容はもちろん、僕のパトロンについて。

 三人は神妙な面持ちで集まった。

「いよいよなのね」
 リンダが三人の意見を代表して言った。

「こんな時期に集まってくれてありがとう。どうしても僕自身、決着を付けておきたかったんだ」

「レオンくん自身の……決着ですか?」
 アンさんが不思議そうな顔をする。

「僕が前に進むためには、自分の気持ちにしっかり決着を付けなければいけなかったのです。それに気づけなかったばかりに、遠回りした気がします」

 僕に足らなかった覚悟。それを自覚してようやく気づけたことがある。

「だからかしら。レオンくんの場合、他の学院生たちとどこか違うと思ったのよね」
 ロザーナさん、鋭い。

 自分の気持ちについて、真剣に考えたのはつい最近だ。

「僕ら竜操者たちを日に影に支えてくれるパトロンについて、僕はまじめに考えて来ませんでした。覚悟が足らなかったのです。この竜紋を受け止める気持ちに、なっていなかったのだと思います」

 他人事だとずっと思っていた。
 知り合いから聞いた話のような、遠くの出来事。そんな風に考えていた。

 いつか決めるなら、今でなくていい。
 あとで考えればいいや……そうやってずっと避けてきた。

 これからは自分の心に向き合おうと思う。逃げずに真正面から。

「なぜ僕がパトロンに向きあえていなかったのか。それを今から話します…………僕はリンダ、アンさん、ロザーナさんたちに恋愛感情を抱いていません。幼少時から思い返しても……ずっとだれかにそういう感情を抱いたことがなかったのです」

「レオンくん……」
「それは女の人に興味がないということかしら」

「いえ、ロザーナさん。そういうことじゃないです。僕は異性に無関心なのだと思います。他に夢中になれることがあったからでしょう」

「ああ……」
「なるほど」

 ふたりはそれで納得したようだ。
 パン屋のことと思われただろうが、他にも〈影〉の仕事もある。

 結局この表と裏の仕事のことが刺激的すぎて、僕は女性に対する好奇心を失ってしまったのだと思う。

「私は知っていたわよ。だからその面では期待しなかったし」

「うん。リンダは最初から最後までそうだったよね」

 リンダはこの一年間、徹頭徹尾、恋愛的な要素を排除して僕に接してきた。
 パトロンになるメリットだけを僕に告げていた。

「ではレオンくんは今後もずっと、恋愛ができないのですか?」

「分かりません。今まで考えたことがないというのが正直な気持ちです。ですが、これからもそうだとは限らないですし」

「そうですわね」
 アンさんは心底ホッとした顔をうかべた。

「恥ずかしい話ですけど、僕はそんな状態でここまで来てしまいました。パトロンを選ばなければならないと分かって、ようやく自分の気持ちを知ったのです」

 これが女王陛下の指令だったら「遅すぎる!」と怒られるところだ。

「そういうことだったのですね。納得しました」

「アン先輩……気づいていたのですか?」
「ええ……以前、少しだけ。穀物のように運ばれたことがありましたから」

 リンダに向けて控え目に微笑むアンさんの頬は、やや引きつっていた。

「穀物のように……どういうシチュエーションでそうなったのか、気になるわね」
「馬車に遅れそうだったので、仕方なくですよ、ロザーナさん。他意はありません」

 あれは仕方がなかったと思っている。
 馬車に乗り遅れると、一日無駄にするし。

「人を好きになるやり方が分からない……こういうのを恋愛不感症というらしいです」

「聞いたことがあるわ」
「そういう風に言うのですね」

「そういうわけで僕は、生涯のパートナーとなるパトロンを、正直どう決めていいのか分からなくなったのです」

 今年から規則が変わり、一人だけを選ぶことになった。

 僕にだれかと生涯をともにする覚悟があるのか。
 こんな気持ちで選ぶのか。その資格があるのか、不安になってしまった。

 僕はいまだ「この人だ」と思える感情を持てずにいる。
 だからこう言った。

「最後の顔合わせ会が終わった後、僕はだれかひとりを……」

「レオンくん」
「決めようと……はい?」

 突然、アンさんが僕の言葉を遮った。
 顔が真剣だ。おもわず、凝視してしまった。

「わたくしは辞退いたします」
「……はい?」

 辞退? 愛想をつかされたってこと?

「わたくしはレオンくんをお……お、お慕いしております。これは正直な気持ちです」
「あ、ありがとうございます」

「氏族の思惑や政治的な配慮とは別に、わたくしはレオンくんと添い遂げたいと、そのように考えています。いま氏族は……いえ、すみません。話を戻します。レオンくんがわたくしに……いえ、わたくしたちに恋愛感情を抱いていないというのはよく分かりました。それでも、だからこそわたくしは、レオンくんと添い遂げる道を選びたいと思います」

「えっと……」
 意味が分からない。

「いまのレオンくんの話を聞いて分かりました。竜操者とパトロンの関係は、恋愛感情抜きの協力関係ですわね」
「そうですね。僕に恋愛感情がないので、そうなると思います」

「わたくしの想いはパトロンにあるのではありません。レオンくんにです。ですからわたくしは……わたくしはっ!」
「は、はい」

「わたくしのやり方でレオンくんと生涯をともにする。その道を目指します!」

「………………」

 アンさんの爆弾発言。
 しばし、僕は固まってしまった。

 沈黙を破ったのは、意外にもロザーナさんだった。

「氏族って……アンさん、どういうこと?」

 ロザーナさんは、アンさんがただの留学生としか聞いてないのだろう。
 だったら意味は分からないはずだ。

「アン先輩の本名は、アンネロッタ・ラゴス。兎の氏族長の孫娘よ」
 リンダがそっと教えた。

「ア、アンネロッタ……というと先の内乱で活躍した、薔薇の駆動歩兵乗り?」

 絶句するロザーナさんに、アンさんは小さく頷いた。
 そう言えば、アンさんの機体には薔薇の徽章が付いていたっけ。

「先日、わたくしは竜国女王陛下と会談しました。その席上、いくつかの盟約が結ばれました。内容はお話しできませんけれども。そしていまレオンくんのお話を聞いて決意しました。わたくしは、自分の生涯をかけて、レオンくんを振り向かせてみせます。それにはパトロンの関係は邪魔になります」

 アンさんの決意は本物だった。
 僕が驚くほどに真剣だ。

 僕が悩みに悩んで決めた覚悟なんか、アンさんは軽々と飛び越えている。
 まるでそんなハードルがなかったかのように。

「わ、分かりました。アンさんの気持ち、すごく嬉しいです。今はまだそういう気持ちが分からない僕ですけど。アンさんの言葉、忘れません」

「ありがとうございます、レオンくん。わたくしはずっと待っています……いえ、待つことはしません。すぐに隣に立ちますわ」
「……はい」

 ここまでの決意を見せられて何も感じない人はいない。
 僕もアンさんに対して真摯に向き合うことを約束した。

「そういう意味ならば、私も……かな」

 今度はロザーナさんだ。

「これはいつか聞いて欲しかったんだけど、私はね、レオンくんに救われているのよ」
「……えっ?」

 救った記憶がまったくない。
 アンさんのように囚われていたこともなければ、〈影〉の僕と出会ったこともないはずだ。

「昨年の十二月に私がやらかした後、実家からは勘当状態。学校では嘲笑と無視。どこへ行っても針のむしろだったわ」

「でもロザーナさんは毅然としていたって」

「ずっと前だけを向いては、いたわね」
 ちょっと気になる言い方だ。

「あの頃の私は、それしかできなかったの。前を向くしか。心の中はいつだって張り裂けそうだった。孤独と惨めさで毎晩枕を濡らしたわ。実家のこと、町の住民のこと、考えれば考えるほど、涙が溢れてきた。謹慎中は学院生への接触も禁じられて……もっとも、禁じられなくても結果は同じだったでしょうけど、私が学校にいる意味があるのかと何千回も自問したのよ」

 知らなかった。
 いつも飄々(ひょうひょう)としていたロザーナさんに、そんな葛藤があったなんて。

「それを救ってくれたのがレオンくんよ。レオンくんだけは、私と会っても態度を変えなかったの。昨年の醜態を知らなかったとはいえ、そんなものはすぐに耳に入るでしょう。それを聞いたら私から距離をおくのが普通よね。でも違った。そこが嬉しかった」

「そうだったんですか」
 ロザーナさんへの態度を変えなかったのは、僕が本気でパトロン探しをしていなかったからだ。

「真っ暗闇の中で霧に迷った私に差した、一筋の光だったのね。私はそれでようやく周囲を見渡せるようになったし、心に余裕もできた。あのままだったら、長期休みを前にして潰れてしまっていたわ。私はね、それだけでレオンくんに返しきれない恩があるの。だから絶対に返さなきゃって思っているわけ」

 ロザーナさんは、パトロン探しに積極的でない僕の態度にはすぐに気づいたという。
 だからロザーナさんも積極的なアプローチをせずに、僕のそばにいたらしい。

「実家とはもう疎遠よ。でもレオンくんが望めばどんなことだってするつもりだった。パトロン選びは慎重であるべきだけど、レオンくんの場合、慎重すぎるものね。決めきれずに悩むことも考えられたわ。だから私はずっとそばにいたの。目立たず、けどすぐに頼られる位置に」

 今日、僕に恋愛感情がないことを知って、驚きつつ納得したらしい。
 そしてアンさんの言葉を聞いて気がついたのだそうな。

「卒業すれば実家とも縁が切れるわ。私はもっと勉強して学者になる。そして知名度をあげて出世もする。だれも無視できないくらい発言力のある人になって、外からレオンくんを助けたいと思う」

 ロザーナさんもすごい決意だ。

「それ、いいわね。アン先輩は政治的なアプローチができるし、ロザーナ先輩が知識人の立場からアプローチできれば、怖いものはないと思うの」
 ロザーナさんの覚悟に、リンダが同意を示した。

「リンダはどうなんだ?」
「私? 私は商業的立場から援助できるわ。政と知と商にあなたの武が加われば最強でしょ」

「また勝手にそういう……」

「そうですわね。いい手だと思います」
「アンさん……?」

「というわけで、パトロンは私に決まりね」
「お、おい、リンダ」
 決めるのは僕なんじゃないのか? あと、最後の顔合わせ会が終わってから決めようと思ったんだけど。

「大丈夫よ。あなたに恋愛感情がないのはもう分かっていることだし。散々フラれた私がパトロンの椅子に座るのが一番適しているでしょ」

「リンダさん、フラれたことがあるのですか?」

「ええ、伊達に幼なじみをやっていないです。ですから、私はパトロンとなって支えます。もちろん恋愛感情はなしでね。ビジネスライクで行きましょう。それでどうですか、諸先輩方」

 アンさんとロザーナさんが頷いた。
 僕の意見は?

「じゃ、決まったということで、誓いを立てましょうか」
 リンダが手を出すと、アンさんがその上に掌を重ねた。続いてロザーナさんも。

「ほら、あなたも手を出して」
「えっ、あっ」
 手首を掴まれて、三人の手のひらの上に重ねさせられる。

「これで私たちはもう運命共同体。ともにレオンを助けましょう!」

「はいですわ!」
「よろしく!」
「えーっと……」

 理解が追いつかない僕をおいて、四人の運命共同体が決まってしまった。

「でもリンダさん」
「なにかしら、ロザーナ先輩」

「あなたはそれでいいのかしら? パトロンになったら、甘い関係にはなれないのよ」

「そうですね。でも分かっていたことです。私は小さい頃からレオンが好きで、どうしようもなく好きで……でも彼の心には響かなくて」
「だったら……」

「レオンの心が私に向かなくても、私はレオンを好きでい続けます。だってそれは、私の自由ですもの」

 それは僕が見た、リンダの一番の笑顔だった。

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