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竜操者は静かに暮らしたい 作者:もぎ すず

第2章 技国内乱編

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 うさぎの氏族が住む本拠地に着いた。
 到着してからずっと、アンさんはご機嫌だった。

 どのくらいご機嫌かと言うと、鼻歌が出るほどだ。
 もちろん本人は気づいていない。

 無事に戻って来られたことが嬉しいのだろう。それにしては浮かれ過ぎている気もするが。
 いや、アンさんは監禁されていたのだ。本拠地で知らずに鼻歌を口ずさむくらい嬉しいのだ。

「嬉しそうですね」
「はい。レオンくんと一緒にいられるのですもの。こんなに嬉しいことはありませんわ」

 あれ? 監禁から解放されたとかは?

 氏族の本拠地に入るのは二度目だが、兎の氏族の方が活気があるように思える。
 アンさんは氏族の指輪で別口から入り、ついでに僕もそちらを使わせてもらった。

 出入りはチェックされるものの、ひとりひとり記録を取って、照合しているわけではないらしい。
 単純に人数が多くてできないのだろう。

「いい雰囲気の町ですね」
 人々の顔が明るい。
「はい。序列三位ですから、多くの人が集まるのです」

 副都市であり、商国の西の都とも近いことで、物資が集まるらしい。
 竜国の王都と比べても遜色のない町並みが広がっている。

「広さは竜国には敵いませんけれども、発展具合では負けていないつもりです」
 アンさんが胸を張って言うので、少しおかしかった。
「ちょうど僕も同じことを考えていました。竜国に負けない、いい町だと思います」

「ありがとうございます」
 目抜き通りを歩きながら、アンさんは商店についていろいろ説明してくれた。
 それも微に入り細に入り説明してくれるものだから、ずっとここに住んでいるくらいに詳しくなった。

「ようやく見えました。あそこが正門になります」
 アンさんが住むのは本殿らしいので、正門の先、いくつかの門をくぐらないと到達できない。

「そうですか。でしたら、僕はここまでですね」
「どうしてですの!?」

 よほど驚いたらしく、アンさんは目をまん丸に見開いている。

「アンさんを無事に届けることまでと決めていましたので」
「ぜひ中へ入ってくださいませ。両親に紹介できるいい機会ですわ」

 僕が本殿に通じる正門の前で別れを切り出したには理由がある。
 ここは、竜国ならば王城門にあたる。

 たとえアンさんと一緒でも、身元は厳しく審査される。
 アンさんは僕が竜操者であることを当然知っている。これを隠すことはできない。

 そんな特異な人物が偶然技国で会ったとか、監禁されたところを救出したとか、ここまで連れてきたなんてことが知れたら、いろいろ面倒なことになる。

 ものすごい偶然のオンパレードをうまく説明しきれる自信がない。
 ここは何としても、アンさんひとりで戻ってもらうしかない。

「アンさんのご両親については、機会があればまた。僕はこのまま都市を出て商国に向かいますので」
「ですが……ひと目だけでも、駄目でしょうか?」

「長期休みはもう半ばを過ぎました。実家にも顔を出します。それにいまは学院生という立場ですので、いろいろと気を使うのです」

 引きとめようとするアンさんを説得し、なんとか別れることができた。
 無理強いできることではないので、ここは予想どおりだ。

「今回は準備も整ってないので、やはりご遠慮します。……また王都で会いましょう」
「そうですわね。残念ですけれども、仕方ありませんわ」

 残念そうな顔をするアンさんと別れて、都市から出た。
 僕は都市にもういないという事実が重要なのだ。



 その日の夜。
 僕は兎の氏族が住む本殿へと忍び込んだ。

 技国の本殿はどこも防御は独特だと言われている。
 鴎の氏族でずいぶんと経験が積めたからか、大した苦労もなく氏族長の寝室まで入ることができた。

 氏族長の名前はディオン・ラゴス。
 七十歳と高齢だが、いまだ現役で、ラゴス家を実質的に引っ張っている。

 長男のマルセル・ラゴスがアンさんの父親だ。
 アンさんには、二歳年上のモーリス・ラゴスという兄がいる。

 この辺は、「この際ですから、わたくしの家族構成をしっかり覚えてください」とアンさんが旅の途中ですべて教えてくれた。

 深夜というのに、ディオン氏族長はまだ起きていた。
 明かりを灯して本を読んでいる。

 周囲を探ったが、変な魔道結界は張っていない。
 他に人の気配もないので、いまは完全に一人なのだろう。

 僕は闇の中から、そっと姿を現した。

「……ふむ。来たか」
 部屋の隅に現れたというのに、そんなことを言われた。

 技国の氏族長はみな武術の達人かなにかか?
 なぜ分かるのだろう。

「僕が来るのを知ってたようですけど」

「竜国から使者が来ていたしな。今日、孫娘が帰ってきたからには、なんからの接触はあると思っていたよ。こちらは少しばかり困ったことになりそうだが、聞きたいかね?」

「僕はなにも分かりませんが」
「使者はもう帰ってしまったし、だれかに言伝を頼もうと思っていたところなのでな」

 メッセンジャーというところか。
 敵対しているわけではないし、聞いておいたほうがいいかな。

「分かりました。戻りましたら女王陛下にお伝えします」
 僕の言葉にディオン氏族長は満足気に頷いた。

 そこではじめて分かったが、ディオン氏族長の肉付きよい腕には、筋肉が盛り上がっている。
 どう考えてもただの老人とは思えない。これで徘徊老人にでもなったら、周囲は大変だろう。

 氏族長は開いていた本を閉じて、僕に向き直った。

「孫娘の誘拐だが、レノー・ボウデカという者が裏切った。これは竜国の使者に伝えてある。そちらに何の落ち度もないことも同時にな」
 はじめて裏切り者の名を聞いた気がする。ディオン氏族長は続けた。

「半年ほど前、アンネロッタの兄モーリスに縁談があってな。相手は序列第五位、山羊やぎの氏族のご令嬢だ。婚姻をつなぎとして同盟を結び、ともに技術を高めようという話になっていた」

「すでに孔雀の氏族と同盟していますが、これは大同盟と考えてよいのでしょうか」
 女王陛下から話のあったやつだ。

「うむ。首尾よく序列一位になれば、首都の交代。富も技術も四等分されるが、それでも現状よりはずっといい。つまり、話は具体的なところまで進んでおったのだよ」

「裏切り者が出たということは、それを良しとしない勢力があったわけですね」

「反対はあった。だがまさか、かもめの氏族のもとに走るとは思わなんだ」
 鴎の氏族同様、兎の氏族にも内紛があったわけだ。

 それでアンさんは、政争のために拐われたと……氏族の一員でいることはなかなかに大変だ。

「それで困ったこととは、何でしょう? 同盟が暗礁に乗り上げたとかでしょうか?」

「いや、それはない。今のところ山羊の氏族との仲は良好だ。……困っているのは、レノーを含めた裏切り者たちの中に、技術監査部に所属している者がおってな」

「…………?」
 なんだそれは。

「分からんか。技術監査部とは、簡単に言うと研究や開発中の新しい技術について、チーム以外の者が監査する仕事だな。たとえば、研究チームが『できる』と思って開発していたものでも、他の者が見れば、実現不可能であったり、荒唐無稽であったりするかもしれん。そんなものに大金と優秀な人員を長年従事させるわけにはいかんだろう?」

「無駄と明らかに分かる研究とかですか」

「そうだ。技術者の中には諦めの悪い者もおってな、いまは不可能でも、もしかしたらと何年、何十年も費やそうとする者もおる。個人の研究ならそれもよかろう。だが、氏族をあげて行う研究に、個人の感情を優先させるわけにはいかん。それを判断するのが技術監査部だ。その中の者が裏切った」

「なんとなく分かりました。技術の漏洩ですね」

「そうだ。技術監査部はその職務の性質上、どんな研究資料でも閲覧できる。無制限にな。裏切った者が持つ知識が鴎の氏族に流れたということだ」

 僕は考えてみた。
 来年行われる技術競技会。これは僕が思っているよりも、大切な行事なのだろう。

 氏族の婚姻や同盟はそのために行うといっていい。
 この競技会に必要な研究が、他の氏族に渡ってしまった。

 あれだけスパイの侵入に対して過敏とも思える防護装置を設置しているのだ。
 研究中の技術が流出することは、大事おおごとに違いない。

「それは大変なことになりましたね」

「分かってくれるか? いま、いかにこれを挽回するか頭を悩ませているところだ。いずれ、技術漏洩は発表しなければならん。隠したまま一年後の競技会を迎えるわけにはいかんからな」

「発表したら、権威が一気に下がりますね」

 技術者たちが真剣に研究しているのも、もとはといえば、氏族がしっかりと管理し、守っているからだ。
 簡単に、「みなさんの研究結果が盗まれましたけど、引き続き頑張ってください」と言えるわけがない。

「そこでだ。技術流出をひっくり返すような出来事がないかと考えているわけだ。たとえば、孫娘と竜操者の婚約とかな」

 ディオン氏族長は、唇をそり返すように笑った。


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