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  カフカ 作者:橘花音
第九話:『得がたきもの』
 魔獣のフラストは、先程から群になって上空を旋回している。ミーシェたちに隙があれば、攻撃を仕掛けてくるつもりであろう。

「俺たちの良いところは、皆がそれなりに武器を使って戦えるところだと思うんだよ。だから、それを十分発揮できる魔法を磨いていったらどうだ?」

 セラの言葉に、ランフェルは納得したようにうなずいた。

「移動力や腕力を上げる魔法とかね。一人、攻撃の主軸がいていいかも。」

「じゃあ…一番、この中で強い人がいいですよね。」

「戦ってみる?」

 ランフェルの言葉に、セラは首を振った。

「俺は辞退する。去年の学年勝ち抜き戦で、ミーシェに負けたことがあるしな。何より俺が魔法を使わなきゃ、まずいだろう?」

「私も、辞退する。昨日、見た限りでは、私より上だ。」

 続いて、クロンティアスも言った。

 ミーシェは、ランフェルと顔を見合わせた。

「戦ってくれるかしら?」

「は…はい。真剣で、ですか?」

「ええ。」

 ミーシェは、鞘から剣を抜いた。ランフェルも、槍の穂先から鞘を抜いて、地面に置いた。

 槍を扱う人と対峙するのは、ミーシェにとって初めてだった。穂先が長い分、相手の懐に入り込むのは難しいが、一度入れば、攻略できる。

 先に仕掛けてきたのは、ランフェルだった。ミーシェ目掛けて払われた槍の穂先を後ろに飛びのいてよける。しかしその槍は、更にミーシェを追ってきた。

 それを剣で受け止めると、激しい打ち合いが始まった。風がうなる音と気配で、ミーシェは槍を受け止めた。ランフェルは機敏に、しかも正確に、ミーシェを狙ってくる。

 しかし、ある一瞬、ランフェルは槍を持ち替えた。ミーシェは、それを見逃さなかった。

 槍の穂先に剣を叩きつけて間隙をつくると、ランフェルの懐に飛び込み、剣先をランフェルに向けた。

 ランフェルは、息を切らしながら、槍を落とした。

「大したものね…これでも、一族の中で、一番槍が上手いのよ。」

 ミーシェは、大きく息を吐いて、剣を鞘にしまった。

「それじゃあ、ミーシェを中心に攻撃を組み立てていく方法を考えましょう。」


 その後、四人は魔獣のフラストを相手としながら、ミーシェを中心に攻撃を行う方法を何度も試した。しかし、魔法をかける間合いがずれ、たびたびフラストから攻撃をされかけた。

 うまく噛みあわないまま、やがて陽が暮れ、四人は軽い食事を済ませた。そして、早めの就寝についた。

 ミーシェも疲れきっていて、ぐっすり眠ろうと思ったのだが、セラに起こされて外に呼び出された。

「…何?」

 ミーシェは、声を潜めて言った。ランフェルは、既に熟睡中だ。

「昼間、ランフェル嬢、火が怖いって言ってただろ。それを治してやるんだよ。」

「どうやって?」

「催眠療法だ。」

 自信たっぷりに言ったセラに、ミーシェは溜息をついた。

「そんなので治るの?」

「そんなの、って言うな!これが意外と効くんだぜ?まあ、見てろよ。」

 セラはそう言い、ミーシェとランフェルの天幕に入っていった。中は狭く、二人が入ったら他に入れなくなる。その為、ミーシェは入り口に屈んで中の様子を見た。

「起きない?」

「睡眠導入剤を飲ませたから、大丈夫。」

 いつの間に、と思ったが、夕食の時にセラがランフェルに水を渡していたことを思い出した。

「ランフェル・アノード…君はもう火なんて怖くない。自由自在に扱える。白火だって思いのままだ。」

 ミーシェは、頬杖をついて、期待をせずに見ていた。そしてその状態のまま、やがてウトウトし始めた。

 セラの『催眠療法』が終わったのは、一時間後だった。ミーシェはセラが去るとすぐに、成果も聞かないで眠りについた。



 翌日も、『特訓』は続いた。ミーシェはランフェルが魔法を使えるか見守っていたが、やはり使える素振りは無かった。

 全員でそれなりの攻撃は出来るのだが、最善で無いことは、ミーシェが一番良く感じていた。

 原因は、使える魔法の少なさにあった。結局、ミーシェの攻撃力によって相手を打破できるかどうかになってしまうのだ。

 それでも何かを見つけようと、四人は打ち込んだ。そしてまた日が暮れ、疲労困憊して眠りかけた時、セラが現れた。

「…今日も?」

「そう。継続は力なりって言うだろ。ミーシェ、お前はクロンに催眠療法をして来い。」

「え?」

「さっき睡眠導入剤を飲ませたから、今はぐっすり寝ているぞ。」

「ちょ、ちょっと待って…私が?」

「そうだよ。考えてもみろよ。白火を使えるのと、魔力を無尽蔵に作れるのが仲間なんだぜ?もし二人が『開花』したら、俺たちはサルバなんか目じゃないぞ。」

「セラが、クロンさんに催眠術をかけたら?」

 男同士なんだし、とミーシェが言いかけた時、

「だってあいつ、苦手なんだもん。」

 とセラは言った。ミーシェは、私だって苦手だよ、という言葉を飲み込んで、クロンティアスの眠る天幕に向かった。

 クロンティアスは、静かに寝息を立てていた。本当に綺麗な顔だなあとミーシェは思いながら、その側に屈んだ。

 何を言えばいいんだろう?と考えを巡らせながら、ミーシェは言った。

「え、えっと…クロンさん、クロンさんは、やれば出来る人だと思います…みんな、クロンさんが魔法を使えるのを待ち望んでいて…あ、かと言って、別に圧力をかけているわけでは無く…」

 ミーシェは自分でも良く分からないことを言って、自分の天幕へ戻った。疲労感は、昨日の倍あったような気がした。


 それから毎日、昼は連携の方法を考え、夜はクロンティアスの催眠療法に取り掛かった。しかしランフェルにもクロンティアスにも何の変化が無いまま、一週間が過ぎた。

 そこで丁度食糧が尽きたので、くじ引きで負けたミーシェとクロンティアスが調達しに戻った。その船上で、クロンティアスが言った。

「そなたたちは、本当に諦めが悪いんだな。」

 ミーシェは首を傾げ、

「連携の方法を考え続けていることですか?」

 と訊ねた。

「そうだ。見込みが無いとわかって続けていて、嫌にならないのか?」

「そう…ですね。でも、みんな悔しいから、やっているんだと思います。」

「これで成果が出なかったらどうするんだ?」

「得られたこともありますし、無駄では無いと…」

「あの催眠療法もか?」

「そうですね…って、あれ?」

 何で知っているんだろう?とミーシェは思った。見ると、クロンティアスは笑っている。それは初めて見る笑顔だった。

「まさか…起きていたんですか!?」

「ああ。」

 ミーシェは、一気に恥ずかしくなった。

「ど、どうして言ってくれなかったんですか!」

「とても真剣にやっていたからな。のってやろうと思って。」

「もう…起きていたら、意味無いじゃないですか…!」

 ミーシェは恥ずかしさを紛らわせるようにクロンティアスから背を向けて、船の手すりに頭をのせた。大きく溜息をついて、セラの馬鹿、と呟いた。

 その時、ミーシェの頭に何か乗った。見ると隣にクロンティアスが立っていて、ミーシェの頭を軽くポンポンと叩いた。

「悪かった。でも少し、嬉しかったんだ。」

 それだけ言うと、クロンティアスは船室の方へ戻っていった。その時のクロンティアスの微笑んだ顔を、ミーシェは、きっと一生忘れないだろうと思った。

 心臓が高鳴って止まらなかった。きっとあの人に恋をすることは、神様に恋をすることに似ているのだろう。決して届かないし、叶わない。それならば最初から諦めた方が、自分の精神にとって良い。

―いわゆる『目の保養』ってやつかな。うん。

 ミーシェはそう思い込んで、遠くの海を見つめた。


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