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  カフカ 作者:橘花音
第二十五話:『予感』
 四人は喫茶室に集まり、ガンディア老師からもらった地図を円卓に広げ、次の課題の計画を立てた。

「去年の課題も同じような感じだったのか?」

 セラがそうたずねると、クロンティアスはうなずいて言った。

「ああ、地形は全く違うが、内容は変わっていない。黒丸から白丸までの地点は、去年ならば魔獣が出た。魔獣使いも一緒にいたから、課題の為に連れ込んだのだろう。」

クロンティアスは、鉛筆で白丸の中継地点を差した。ランフェルはそれを覗き込んで言った。

「やっぱりね…まあでも三人いるなら問題無いと思うわ。問題は、一人のところを誰にするか、ね。」

「うちで足腰強くて、一番速く走れるやつって言ったら、ミーシェしかいないだろ。去年、地獄の長距離走で一番だったし。」

 セラのその言葉に、ミーシェは心の中で思った。

―クロンさんもかなり速いんだけど…

「へえ、ミーシェが一番だったんだ。私は途中棄権しちゃったわ。ついていけなくて。」

「確か、サルバと激しく争っていたよな?」

「うん…最後の最後までサルバと差をつけられなくて、ほんとに頑張って走ったよ。終わってから、熱出して倒れるくらいに。」

 体が丈夫で回復力の早いミーシェは、滅多に熱を出したことがない。そしてその時は、自然治癒が追い付かない程、体が酷使されていた。

 クロンティアスが地図から顔を上げて言った。

「では、一人のところをミーシェにしよう。魔獣の強さはゴラン火山の『フラスト』より強かったが、魔法と武器を用いれば問題無い程だ。課題が始まるまで三日あるが…どうする?一応、ガルズ島に行けるよう許可を取ったが…」

「それはいいわね!じゃあまた特訓しましょう。」

「行くなら早い方がいいよな?他のルトはもう準備を整えている筈だし…でもミーシェは、ここに残った方がいいんじゃないか。」

「うん、私は学園の周りを走り込んでいるよ。」

 ミーシェ以外の三人は必要最低限の荷物を持って、船に乗り込んだ。ガルズ島は学園から近い場所にあるので、前のように泊まらないことになった。ミーシェは三人が戻ってくる夕方まで学園の裏山を走ることにした。

 他のルトたちを何人か見かけ、そしてすれ違った。ミーシェと同じように『一人で走る』部分を任された者たちだろう。ミーシェは負けないようにと気合を入れて走った。


 岩場ばかりを走って足裏が痛くなったので、ミーシェは、学園から海へ向かう平らな道に降りて走った。そこでふらふらと歩く人にすれ違った。

 あまりの変わりように、ミーシェは気が付くまで時間がかかった。しかし足を止めて振り向き、遠くなった後姿を見て、その人物がサルバだと確信できた。

―全然、覇気がない…何があったんだろ?

 ミーシェは気になった。しかし、気軽に聞けるような間柄ではない。不思議に思いながらもまた走り出そうと前を向いた時、目の前に背の高い男が立っていることに気づき、身を反らせた。

「おや、驚かせてすまない。学園へ向かう道を聞きたいのだが…」

 長く一つに束ねられた銀色の髪が太陽の光に反射し、白髪のようにも見えた。そして深い黒の瞳は、まるで底無し沼のようで、ミーシェは訳もわからない恐怖を覚えた。クロンティアスのように綺麗な顔をしているが、ミーシェには血の通っていない人形のように見えた。

「あ…えっと…ここを真っ直ぐ行けば…」

 ミーシェは、学園へ向かう道を指差した。男は頭を軽く下げて礼を言った。

「ありがとう、お嬢さん。もし良ければ名前を聞かせてもらえないかな?」

「…ミーシェ・ラズットと言います。」

「なるほど、良い名だな。」

 男は学園へ向かって歩き出した。そしてミーシェとすれ違った時、呟くように小さな声で言った。

「オーガにとても良く似ている…」

 父の名を聞き、ミーシェは体が震えた。そして後ろへ振り返ったとき、男の姿は既に無かった。まるで、水が地面に吸い込まれたように消えていた。

 冷たい風が吹き、頬を一粒の雨が打った。



 大雨のせいで戻って来たクロンティアスたちは、一旦部屋へ戻り、湯を浴びた。その間にミーシェは自分の部屋で夕食をつくりながら、三人が来るのを待った。

 ちょうど全ての料理が出来上がったときに、三人が来た。狭い円卓に並んだ料理を見て、セラが言った。

「お前のつくる料理、豪快だよなあ…さすが山奥の村人って感じだぜ。」

 ミーシェの作った料理は、素材を焼いただけ、煮ただけのものが多い。セラは座り、料理用の小刀を手に持って、大きな肉を切り分けた。

「素材を活かしてて、いいじゃない。私は好きだわ、こういう料理。」

「っておい!これ、骨残ったままだぞ!」

 セラは、肉の中に埋まったままの太い骨を、ミーシェに見せた。

「ご、ごめん!取るの忘れてた!」

「…ミーシェ、これ、皮がついてるけど、こういう料理じゃないわよね?」

 ランフェルが、煮込まれた根菜の皮を指差しながらたずねた。

「ごめん…うっかり…」

「何かあったのか?」

 クロンティアスの言葉に、ミーシェは言うべきかためらった。すると続けて、クロンティアスは言った。

「『仲間』なのだから、言ってくれ。」

 ミーシェは顔を上げて、うなずいた。

「二つ、あるんですけれど…一つは、サルバに全然元気がない様子で…」

「サルバに?なんかあったのか?」

 セラは聞き返しながら、骨を肉から取り外していた。するとクロンティアスが言った。

「サルバのいたルトが解散したらしい。サルバは補欠になったが、今のところ空きが無く、このままではサルバがカフカになれる可能性は少ない。元気がないのは、そういう理由だろう。」

「な、なんで知ってるの、クロン!?」

「偶然居合わせて、聞いてしまった。それで、二つ目は?ミーシェ。」

「あ、二つ目は…変な男の人に会って、それで何というか…嫌な空気を感じたので…」

「嫌な空気?」

 ランフェルは、皮がついたままの根菜を、小さく切って食べた。ミーシェは言葉を探すように、空を仰いだ。

「何ていうのかな…見ただけで、自分が委縮して、消えていきそうになってしまいそうな感じ…うまく言えないけど…」

「どのような男だったのだ?」

「背が高くて、髪が銀色で長くて…きれいな顔の男の人でした。」

「銀色の髪…?」

 クロンティアスは、考え込むように口を手で押さえた。

「ロンダの…北部の地方にしか、その色の髪をした者がいないと聞いたことがある。コモ族と言ったか…」

「私も聞いたことがあるわ!確か、精霊様への信仰がとても厚い部族なのよね。」

「厚いというか…異常らしいな。」

「異常って、どんなだよ?」

 セラがたずねると、クロンティアスは三人の顔を見回した。

「食事前だからな。終わってから話す。」

 三人は話の続きが気になり、ミーシェの作った料理をさっさと食べた。しかしクロンティアスだけはゆっくりと食べていた。

「クロン、早く食べてくれよ。まあ、そのまま話してくれてもいいけどさ。」

「ミーシェの作った料理だ。ゆっくりと食べなければ勿体無い。」

「そ、そういうことは二人っきりの時に言いなさいってば!」

 ミーシェは何も言えず、空いた食器を台所へ持って行った。

―クロンさんって、やっぱりちょっとずれてるなあ…いや、だいぶずれてるのか…

 ミーシェが戻ると、クロンティアスは食事する手を止めた。

「では、話すか。コモ族のことだったな。」

「ああ。精霊への信仰心が異常だって…どういうことなんだ?」

「コモ族は精霊を神として崇めている。そして数年に一度、生贄を精霊に捧げるという。」

「生贄って何なの…?」

「一人の若い処女と三匹の雄牛だ。もちろん、精霊がそれを所望したわけではなく、ただ勝手にコモ族の者たちがやっているだけだが。生贄は満月の夜、人々の前で首を撥ねられるという。」

「げっ…」

「どうして、そんなことを?」

 ミーシェがたずねると、クロンティアスは首を横に振った。

「私も良く知らないのだ。昔から続けられている風習だということだが…世界政府は、それを止めさせようとしたが、コモ族は聞き入れなかった。」

「恐ろしい部族ね…そんなところに生まれなくて良かったわ。」

 クロンティアスは、水を一口飲んだ。

「かなり閉鎖的で、他の部族とも繋がりを全く持たないようだ。しかし、その部族の者が何故ここへ来たのか、さっぱりわからぬな。」

「そうねえ…まあそれより今は、次の課題に専念しなくちゃね。」


 セラとランフェルは、一足先にミーシェの部屋から出て行った。クロンティアスは残って、食器や鍋を洗うのを手伝った。

「あの、クロンさん…」

「なんだ?」

「さっきの話の続きなんですけど…ちょっと、二人がいる時に言えなくて…」

 クロンティアスは、食器を洗う手を止めてミーシェを見た。

「その男の人、私とすれ違ったとき、『父に似ている』って言ったんです。」

「ミーシェの父と?ということは、その男はミーシェの父親を知っているのか?」

「いえ、聞けませんでした。振り向いたらもういなくなってて…まるで、煙みたいに。」

 クロンティアスは、再び食器を洗い始めた。

「そうか…実は、私も黙っていたことがある。ミーシェの話とは、直接関係ないだろうが…昨日、世界を破滅に追い込んだ男の話をしただろう。」

「はい。」

「その男は、コモ族の出身なのだ。」

 ミーシェは、急に体が冷気に包まれたような気がした。二つの点が、見えない糸で繋がっているように思えた。

「…銀髪の男のことは、念のため、学園に報告しておこう。何も無いとは思うが…」

 クロンティアスは食器を洗い終わり、ミーシェは渡された食器を布巾で拭いた。

「ミーシェ、そなたは何も心配せずとも良い。」

 ミーシェは食器をしまい、クロンティアスを見上げた。

「ど、どうしたんですか、急に…」

「私は、そなたの不安をできるだけ取り除いてやりたいと思う。そなたが少しでも安らかに生きられるようにしたいのだ。」

「あ、ありがとうございます!でも、それは私も同じです…クロンさんには、いつも笑っていて欲しいです。」

 クロンティアスは微笑んでうなずき、ミーシェの背中に手を伸ばした。そしてミーシェはクロンティアスの腕の中に収まった。その服の匂いを嗅いで、ミーシェは心の底から安心するようだった。

「さて、今日は雨で冷えるから、一緒に寝てくれぬか。」

「ちょ、ちょ…」


 ミーシェは力ずくで、クロンティアスを部屋から追い出した。嫌な予感とは別に、身の危険を感じるミーシェであった。
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