第二話:『仲間集め』
ミーシェは、鞄を腕の中に抱えて、恐る恐る教室の中へ入った。やはり、知らない者たちばかりだった。知っていた友達は、殆んど学園から去ってしまっていた。
黒板に、自分の席が示してあった。ミーシェは窓側の、前から三番目の席についた。
「よう!」
後ろから肩を叩かれ、振り返ると、そこに懐かしい顔があった。
「セラ!進級できたんだね。」
ミーシェの声に、セラは恥ずかしそうに笑った。
「ああ。ほんと、焦ったぜ。危なかった。」
セラは魔法の能力が高いのだが、成績は良くなかった。進級試験で一度落ちて、補習を受け、再度進級試験を受けたのだ。
「それにしても、知っている奴が全然いないなあ。お前がいて、良かった。」
「うん、私も。」
「どうやら富裕層じゃないのは、俺たちだけらしいな。」
富裕層は、第二層以上に生まれた者たちのことを指す。第三層は平民と呼ばれ、それより更に貧しい第四層は土民と言われている。セラは平民で、ミーシェは土民だ。
「そうみたいだね。」
「ほんと寂しいよなあ…あ、先生が来た。じゃ、またあとでな。」
セラは、窓側の一番前の席に行った。ツンツンの頭だけが視界に入る。
盲目の年を召した『先生』ことガンディア老師は、教壇に立った。先生は、目が見えなくても風の魔法を使って、常に自分と物との距離を測っているので、自由に動き回ることができるという。
「みなさん、おはようございます。」
張りのある先生の声が響いた。
「進級、おめでとう。これから一年間、みなさんはカフカとなるべく、様々な実習に取り組みます。そこで大切なのは、団結力です。それによってカフカになる如何が決まると考えて下さい。そして来週までに、四人で一つの組をつくって下さい。その組を、『ルト』と呼びます。古い言葉で、仲間、信頼という意味です。」
教室内が、少しざわついた。昨年度までは、個人戦が中心だったからだ。
「ルトは、これから一年間ずっと同じです。ですので、よく考えて仲間を決めて下さい。一年後、私が良いと思った二つのルトが、『カフカ』となれます。」
その時、教室の扉が開いた。そして、昨日会った青年が、入ってきた。ミーシェは、同じクラスだったのか、と驚いた。
「クロンティアス君か。早く席につきなさい。」
先生は、気配だけで誰かがわかるらしい。クロンティアスと呼ばれた青年は、廊下側の一番後ろの席についた。
「では、話を続けます。四人のルトが決まったら、私のもとへ報告しに来て下さい。そこで初めて、最初の課題を与えます。決まるのが早いほど、最初の課題に有利ですから、なるべく早く決めて下さいね。それでは、今日はここまで。」
先生の礼と共に、生徒たちは動き始めた。セラは、ミーシェのもとに来た。
「一緒に組もうぜ、ミーシェ。」
「いいの、私で?」
ミーシェには、高度な魔法が使えない。これから一年間に渡る実習において、足手まといとなることは否めないだろう。
「ああ。お前は魔法をあまり使えないけど、運動神経がいいからな。魔法を使うだけの実習で終わるわけはないだろうし…でもあと二人、見つけなきゃなあ…」
「そうだね。」
ミーシェたちに声をかけてくる物好きな者はいないだろう。最終的にあぶれた者二人を加えるしかない。
教室内の様子を伺っていると、既にルトは出来始めているようだ。ただその中、動かないのが二人いた。
一人は、昨日の青年。そしてもう一人は、人形のように綺麗な容姿をした少女。
「余っているのはランフェル嬢と…」
「知っているの?」
ミーシェは意外な顔をして、セラを見た。
「深窓の令嬢って噂だぞ。いや、知らないけどさ…」
この学園に通っているのは、裕福な家柄の子供が多い。ミーシェは、自信を持ってこの中で一番貧乏だと言い切れる。
「あとは、あのクロンティアスって奴か。」
ミーシェがクロンティアスに目を向けた時、彼は立ち上がって教室を出て行った。
「あいつ、誰とも組まないつもりかよ…ミーシェ、声かけて来い。俺はランフェル嬢に声をかける。」
「う…うん。」
ミーシェは戸惑いながらも立ち上がり、鞄を持って教室を出た。
クロンティアスは、丁度角を曲がっていった。ミーシェは慌てて追った。
「クロンティアスさん!」
彼は立ち止まると、ゆっくりと振り向いた。
「あの…良かったら、一緒に組みませんか?あとセラっていう人がいるんですけれど…」
しかし彼は、興味が無いというようにまた歩き始めた。
「他に組む人が決まっているんですか?それなら…」
「話しかけるな。鬱陶しい。」
はっきりと、氷のように冷たい声で彼は言った。ミーシェは、心を真っ二つに割られたようだった。
昨日のこともあって、勝手に親近感を沸かせていた。承諾してくれるだろうという甘い考えは、粉々に砕け散ってしまった。
ミーシェは溜息をついて、教室へ戻った。するとミーシェの席に、セラがうなだれて座っていた。
「話しかけた途端、逃げられたよ。…おまえは?」
「私は、話しかけるな、って言われた…」
「そっか…どうしようなあ、俺たち…」
教室内では、組む相手を決めた者たちが歓声を上げていた。そして次々と教室から出て行った。きっとガンディア老師に、最初の課題をもらいに行くのだろう。
「せっかく進級できたと思ったのになあ…」
セラは、頭を抱えた。
「どうする…?」
黙りこくっていたかと思うと、セラは突然顔を上げた。
「どうするもこうするも無い!俺には、カフカになるしかないんだ!物を売りさばくだけの生活は、もうこりごりだ!」
セラの実家は、名の知れた商人の家系だ。セラ曰く、家族全員、お金に異常な執着を示すという。
セラは立ち上がると、ミーシェの肩をがっしりと掴んだ。
「俺はランフェル嬢を説得する!お前はあの男を捕まえて来い!」
そう言うと、セラは教室から駆け出していった。
ミーシェは、気が重かった。もう二度とあの青年には会いたくないとさえ思っていた。それをどうして、また仲間にならないかと誘わなければいけないのだ。
さっきから何度も溜息をつきながら、ミーシェは学園内の庭園のベンチで躊躇っていた。行かなければいけないのはわかっていたが、行きたくないという思いが強かった。
「おや、こんなところで油を売っているのかね。」
顔を上げると、ガンディア老師の姿があった。にこやかな笑みを湛えて、ミーシェを見ている。実際には見えていないのだろうが、きっと『心の目』で見ているのだと、ミーシェは思った。
「他の生徒たちはもう、課題へ取り組んでいるよ。急がなければいけないのではないのかね。」
「…はい。けれど、仲間が出来なくて…」
「残っているのは、四人だけだ。何を迷うことがある。」
「それが…誘ったんですけれど、拒絶されてしまって…」
ミーシェは深刻に言ったのだが、先生はそれを笑い飛ばした。
「それは君が、必死になって頼み込んでいないからではないかね?」
「必死です!けれど…」
「言い訳をする前に、もう一度自分を見つめ直してみたまえ。それと、来週の月曜日の正午までに四人集まらなければ、落第とする。」
「そ、そんな…」
「では、な。」
ガンディア老師は、去っていった。ミーシェは益々うなだれて、ベンチに体を横たえた。
「必死で、かあ…」
ミーシェはふと、母の言葉を思い出した。
【人間、必死でやれば、その熱意は伝わるものよ。】
とりあえず、出来るところまでやってみよう。諦めるのはそれからでも、遅くは無い、とミーシェは思った。
「よし!」
ミーシェは立ち上がると、駆け出した。
寮の管理人の女性に、クロンティアスの住んでいる部屋を聞き、訊ねて行った。扉の前の呼び鈴を鳴らしてみたが、出る気配は無い。
何度か呼び鈴を連打した。するとようやく、扉が開いた。
「あの…」
「やめてくれ。迷惑だ。」
それだけ言うと、クロンティアスは扉を閉めた。ミーシェは、大声で叫ぶように言った。
「このままだと、クロンティアスさんは落第ですよ!もうみんなルトを作ってしまってて…だから、一緒のルトになりましょう!」
しかし、返答は無い。その時、隣の部屋の扉が開いて、大男が顔を出した。
「うるさい!」
「す、すみません…」
ミーシェは、仕方なく引き下がった。
しかしそれで、諦めたわけでは無かった。
手紙を書いて郵便受けに直接投函したり、歩いているところを追って何度も話しかけた。その度に冷たく拒絶されたが、ミーシェはやめなかった。
しかし、期限まではあと一日と迫っていた。セラの方も、まだ返事をもらうどころか、話すら出来ないようだった。
「もう駄目かな、俺たち…」
ポツリと、セラは漏らした。ミーシェも、もう駄目な気がしていた。このまま農村へ帰って、母の仕事を手伝いながらのんびり暮らすのも悪くないな、とまで思った。
「そういや、ミーシェ、先生から本を預かったぜ。お前に渡してくれって。」
「え?」
ミーシェは、セラから本を受け取った。
「『孤独なラシト』…?」
「こっそり読んじまったけど、すげー感動するぜ、それ。」
セラの目が赤く腫れていたのは、そういうわけだったのだとミーシェはわかり、苦笑しながら本を開いた。
―孤独なラシトは、誰も信じなかった。だからいつも一人ぼっちだった。みんなも、彼を嫌っていた。
それは、孤独なラシトが、拒絶しながらも温もりを求めている、という話だった。そして温もりを取り戻すまでの道のりが書かれていた。
一人ぼっちのラシトは、ある時、他人に優しくされることがあった。それをきっかけに、ラシトは周りとの関わりに気が付いていく。一人では決して生きられないのだと。
「その、ラシトの最後との言葉がよ…」
セラは、涙声で言った。
ラシトは最後、大往生をして死ぬ時、こんな言葉を残す。
『私は優しくされて初めて、他の者に優しくできたのだ。』
ミーシェは、答えが見つかったような気がした。すぐに立ち上がり、駆け出した。
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