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楽(エンタメ・実験作)

SFショートショート劇場 『人は考える…である』

作者:84g
 科学というのは研究している間が華だ。
 最初は魔法のように扱われていた技術も、季節がひとつ過ぎればもう見飽きられる。
 苦労して実証した新技術も独禁法のせいで他企業に技術公表しなければならない。
 名声を得て、特許を持つのは会社。
 功労者である彼に与えられた物は、研究で使い込んだパソコンを買い換えたらほとんど残らないようなボーナスだけ。
 清潔と静寂に包まれた研究室。
 今となっては風呂に入る間も惜しみ、散らかった部屋で研究してた頃が懐かしい。
 …電話が鳴った。
 一時期は資料に埋まった電話を探すだけで何分か掛かったこともあったが、今はツーコール以内に受話器を上げることが来る。

 「…はい、第八十四義肢開発室です」
 「室長の(じん)さんですね?」

 何度か聞いたことのある声だった。
 社長秘書の…Fカップで長い黒髪の…名前は忘れたが、とにかく巨乳の社長秘書の声だった。
 第八十四義肢研究室には室長である神しかいないのは向こうも判っているはずなので、形式的な質問だろう。

 「…そうです、なんの御用で?」

 神の応答も形式的なものだ、応答は判っているのだ。
 早く次の金になりそうな義肢開発プランを提出しろという催促。
 それ以外に社長が神に用があるわけがない。
 …そう神は認識していたが、人生には例外というものはあるものだ。

 「社長がお呼びです、社長室までお越しください」
 「は? なんで?」

 思わず地の口調が出たが、社長秘書は気にした様子も感じさせず、受話器に言葉を吹き込んだ。
 感情を隠すというのは、集団の中では実力以上に重要となる場合も多い。
 この秘書はその点に置いては社長秘書というに相応しい人材であるらしい、巨乳はダテじゃない。

 「内議とのことで、社長が御自分で説明したい、と」
 「…ああ、そうですか…判りました、いつごろ伺えば?」
 「手が開き次第、とのことです」

 その後、社交辞令を交わしてから受話器を置いた。
 神も社長と面識がないわけではないが、こんな風に呼び立てられる覚えもない。
 すぐに参じてヒマだと思われるのも、なんとなしに歯がゆい。
 神は爪を切り、ヒゲを剃り、少々過剰に身支度をした。

 「おお、神くん、よく来たねぇ」

 お前が呼んだんだろう、そう云いたかったが、もちろん雇われ研究員らしく口には出さない、
 思ったことを口に出したら社会人は勤まらないのだ。

 「…なにか云いたいことがあるのかね」
 「ありませんが、なぜでしょうか」
 「不満がないのに、キミはそういう顔をするのかね」

 社会人としては長くとも、研究所で寝起きしていただけの人間が表情に気を遣えるようになるわけもなく。
 経験値不足は、口角と目尻、眉にまで如実に現れていた。

 「それは置いて、とにかく…。
  神くん、キミ、例の新技術の義肢を完成させてから次のプランを提出してないだろ?
  今、独自に研究してるプランはあるのかい?」

 また催促か、と神はうんざりしていた。
 義肢技術に関しては神自身が満足してしまっている。
 あれこそが神の人生の傑作だったはずであり、あれ以上に没頭する計画なんてありはしない。
 積極的理由で自分から動くことはない、命令されればやる程度の消極的理由しかない。

 「…構想中です」
 「手掛けていることはないんだね?」
 「ありませんが」

 社長はそれはいい、とばかりに机の端においてあった紙資料をごっそり神に突き出した。

 「…これは?」
 「神くん、キミ作った義肢は“完全”だ。
  あれ以上の義肢はありえない。
  パラリンピックでオリンピック記録を更新できるほどの技術なのだから。
  だがね、神くん、“完全な手足”が作れるならば、“完全な人間”も作れるんじゃないかね?」

 神が作った義肢は、搭載された量子頭脳が周囲状況を独自収集し、本来の脳と並列処理できる。
 その結果を脳から神経を通じて知らされた情報を元に修正、実行する。
 …平たく述べるなら、本来の手足以上に器用に動く義肢、ということだ。

 「…は?」
 「完全な人間、だよ。
  非の打ち所のないヒューマノイド(人型)だ。
  作ってみたいとは思わないか?」

 神はあきれていた。
 完全な人間なんているわけがない。
 人間には特徴があり、その特徴が良くも悪くもある。
 蟻が個性を持ったら蟻のコロニーは崩壊するだろうし、
 同じように完全と形容される人間なんて既に人間ではない、夢物語だ。

 「…興味がありません」
 「その顔は興味がないというより、バカにしている顔らしいね」
 「失礼してもいいでしょうか、ヒマはありますが、ここで講じる愚論も持ち合わせていないので」

 クビにするなら勝手にしろ、こんなアホな命令しかしないヤツの下で働いててもしょうがない。
 それもやっぱり顔に出しているのが神だ。

 「そうかね、じゃあ、まあ、気が向いたらいつでも教えてくれたまえ」

 資料ファイルだけは一応小脇に抱え、神は踵を返した。
 これが神の個性だ。
 ある人間には自己主張が出来ると評価され、ある人間には協調性が無いと評価される。
 これが完全と見るのか、不完全と見るのか、所詮は主観だ。
 絨毯(じゅうたん)張りの廊下を踏みつけ、神はエレベーターを待つ間に受け取った資料を開いた。
 プランとしては簡単なもので、つまるところ所有者の命令を聞くロボットを作れ、とのことらしい。
 そしてその商品的な価値を上げるために、『完璧』と呼べるクオリティに仕上げろ、とのことらしい。

 「…下らない」

 “完璧な姿”といっても、所有者になる人間には男も女もどっちつかずもいるし、ロリコンもいればファザコンだっているだろう。
 “完璧な性能”といっても、レディメイド商品ではない以上、どんなに突き詰めても所有者ごとに多少のカスタム化は必要。

 「…今の俺がほしいのは、エレベーターを早く呼ぶ機能だな」

 どう考えてもヒューマノイドとは関係ないような機能を呟いたとき、廊下の向こうから誰かが近づいていることに気が付いた。
 社長ではない、あの中年太りのガニマタではない…絨毯なので足音はしないが歩調・歩幅くらいはわかる。
 …ハイヒールを履いた女の歩き方、なんとなしに振り向けば、神の見覚えのない顔が歩いてきた。

 「神さん、ご用は終わりましたか?」

 顔に見覚えはない、確かにない。
 だがしかし、神の義肢製造のために他人のプロポーション図り続けた経験が告げる。
 あの胸は目算でFカップ、前に会ったときは長髪だったが今はショートカットになっている。
 先ほど神に電話を繋いだ、あの社長秘書だ。

 「…終わったが、なんの用だ」
 「何の用ということでもないんです、その、ただ話がしたかった…というか」

 声質は同じだが、先ほど電話越しに聞いた事務的な口調に比べても少々上ずっている。
 疑問に思いながらも、神は秘書の全身に目を配り、胸と髪以外にも変わっている点に気が付いた。
 彼女の左腕は、人工皮膚に包まれていた。
 素人が見ても判らない、神自信が組成設計をした…義肢用の皮膚だ。

 「…その腕のクレームですか」
 「え!? ち、違います! これは…とても役に立ってくれています」
 「じゃあ、何だ」
 「その、お礼を…したくって。
  あの、今晩、お食事でもどうですか?」

 思い出してきた。
 この会社は福祉器具を作っておりイメージアップとサンプリングを兼ねて身障者を多く雇っている。
 神がこの女と初めて出会ったのも、そのためのサイズを測っているときだった。

 「そんな理由で晩飯食ってたら、俺は腕を作ってやった連中と三年は一緒に晩飯を食い続けることになる。
  足や肛門ストーマの客もいるから、十年にはなるんですがね」
 「…それなら、私が同僚として誘うならいいんですか?」 
 「…あ?」
 「同僚として、対等な一社員としてお誘いするならいいですよね?」

 神の怪しい敬語に、その秘書は光る笑顔で言い放った。
 薄暗い実験室暮らしの長い神には、眩しい誘いだった。
 この世には美しさの絶対的定義は存在しないが、少なくとも神にはそれが『完璧な笑顔』に見えた。

 「電話のときとは…ずいぶん、態度が違うようですが…」
 「え、あ、あの…恥ずかしながら、電話したときはあなたが腕を作ってくれた人だって判らなくて…あとで気付いて…その…」

 電話越しとは驚くほどに違和感のある目の前の女性。
 人間は恣意的であるかどうかは別として、TPOに合わせて様子を変える。
 不完全ではあるが、それこそが完璧な笑顔を作る不思議。 
 ふたりで行った店のカルボナーラを食べ終わる頃には、神は『完璧な人間』に挑戦したい気になっていた。




 「完璧な人間だが、まずデザイン上の性別は『若い女性』を基点とする。
  もっとも輝いているものとして、完全な容姿の叩き台としては適任だと思う」

 三日後には、第八十四義肢開発室にてプロジェクトメンバーに口頭で趣旨の説明をしている神がいた。
 それは長い戦いだった。
 まずは所有者の命令を忠実に解釈し、実行できるまでに人工知能を発展させなければならない。
 ボディ的にもデザインだけでなく、様々なリミッターや耐用実験、他企業のリバースエンジニアリング対策も必須。
 それらの全てに天才たる神は携わり、情熱でカバーしきれない心身の損耗が発生する。
 第八十四義肢開発室に泊り込むことが増え、自宅に帰るのは週に一度あるかどうか。
 そんな生活は、店頭からスイカが消えうせて、コタツ用のミカンをダンボールで売り出すほどに続いていた。

 「――ただいま」
 「おかえりなさい、大丈夫?」
 「大丈夫ではないが、大丈夫だと答えるしかないだろう」

 帰れる日には、神の自宅に…秘書の彼女がいた。
 神の作った左腕で料理を作り、溜まった洗濯物を片付けていてくれた彼女が居た。

 恋人といえる関係ではないし、そのような行為はしていない。
 だが、それでも神は彼女との絆を実感していた。
 彼女の左腕が相互的な尊敬を生んでいると確信している。
 この大銀河に挫折という現象は存在しない、現状に心が敗北したとき精神がそう誤認するだけだ。

 「スタッフ一同、やるぞおおお!」
 『はい、がんばります』
 「頑張った、では誰にも認められん。結果だ、結果を見せるぞ、諸君!」

 以前から神は優れた能力を持ってはいたが、ヘッドシップ…統率力に欠けていた。
 だが、情熱に愛が直結した今、そのエネルギーが他の研究員にも浸透、先導していた。
 四季が一周し、その頃にはヒューマノイドは自分で立ち上がって独立歩行。
 人工知能もかなりいいところまで来ている実感がある。

 「…ここまで来たか」

 その呟きは、プロジェクトメンバーの総意だった。
 何度も諦めかけたし、様々な事情でチームから離れていったメンバーも居る。
 逆境の中に有っても、神の熱がメンバーたちを奮起させた。

 「五日間の泊り込み、ご苦労!
  今日はこれで解散だ、早く帰って明日以降のための充電しろ」
 「うあー…外明るいスよ、娘はもう学校行ってますわ」
 「バカかお前、今日は日曜だよ」

 曜日を忘れるほど没頭してくれているメンバー、雰囲気もいい。
 全ては明日からだ。
 まだ問題は山積している、性能面では目処が立ったが、意外にもデザイン面で行き詰っていた。
 例えば、ミスワールドで優勝した女性を一番美しいと大多数の人間が思うだろうか?
 完全に筆者の独断だが、ミスワールドの女性って…いや、まあ、敵を作ることは言及すまい。
 とにかく、神には美しさの指標が必要だった。

 「…そういえば、はじめてだな」

 料理を誰かに作るなんて――そう神は心中で付け足した。
 垢を落として着替えて、メニューも考えて…そんなことをしていたら夜の六時。
 彼女の家を訪ねるのも片手でたりるほどの回数だし、道に迷わずに行けるかすら不安だった。
 美味しいと云ってもらえるだろうか、思ってもらえるだろうか。
 …もう夕食を食べ終わっていたらどうしよう、いや、そもそも日曜の夜に家にいるかも…。
 電話で確認すればいいのだが、その不安も『驚かせたい』という子供っぽい願望の前には些細なことだ。

 「…鍵は開いてるな」

 その事実がまた、神の心の中の子供を促した。
 …ドアを静かに開けば、廊下の向こうに電気が付いているのが見えた。
 抜き足差し足忍び足、買い物袋がすれる音にも気を配り、神には自分の鼓動だけがうるさく聞こえていた。
 ――これで夕食の用意をしていたら爆笑だな――そんな風に思いながら歩を進める。

 「…っ?」

 だがその中で、神は廊下の向こうに待つとある可能性を示唆する要素を発見していく。
 視界に捉えた玄関の女物とは思えない革靴。
 嗅覚が捉えた廊下に漂う嗅いだ覚えのある加齢臭。
 聴覚が捉えた男と女の…『男と女』をしているときのような声。

 「…じ…神くん」

 いつの間にか、神は廊下を走っていた。
 買い物袋を放り投げ、部屋を文字通り蹴り開けていた。

 「その…な、つまり…だな、神くん、落ち着いてくれ」

 全裸の社長の身体に、彼女の両腕が――持って生まれた右腕と神の付けた義手が――社長の首に艶かしく絡まっている。
 神と彼女の関係では行われず、それでいて全年齢向けではこれ以上描写できない状態。
 そういう状態だ。

 「…やっとわかった…。
  どうして…電話越しのキミと、エレベーターの前で会ったキミの態度が全然違かったのか」

 今の彼女が神に向ける視線は、食事を作ってくれていたときのものとは全く異なるものだった。
 焦る社長とは対照的に、冷徹に事実を見つめるビジネスライクな視線。
 きっと最初に社長に命令される前、神に電話したときもこんな眼をしていたのだろう。

 「安心してくださいよ、社長。
  完璧なヒューマノイドは…完成させますから…ありがとうございました」
 「神さ…ん?」
 「今、今の俺は何かが吹っ切れたんです。
  甘える拠り所を失って…もう研究しかないっていうか…。
  社長たちを殴ってやりたい気もしますが…。
  そんなことでエネルギーを消耗するのがあまりにも惜しい!」

 持ってきた食材を片付けなきゃとか、渡していたスペアキーを返してもらおうとか…。
 人生設計が狂ったとか、 恥ずかしいとか、馬鹿を見たとか、そんなことではない。
 ドアから飛び出し、開発室へと神が走る。
 走ってる途中で 惚れた女のああいう形の裏切りで涙は出た…だがあえて云おう、それでも神は止まらない。
 もうこの憤りをどこにぶつけたら良いのかも判らないが、とにかく研究を完成させるのだ。




 「完璧な人間のデザイン案を『若い女性』としていたが、路線変更だ。
  デザインは…これで行こうと思う!」

 翌日、整形外科で拳の診断を受けてから研究室に現れた神が提示したプランは、前日までとは比較にならない形状をしていた。

 「…そ、“それ”ですかッ?」
 「前までの『Fカップの巨乳で黒髪美人』はどこに行ったんですかッ?」
 「どこかに行った! 振り返るなぁッ!」

 スタッフたちは、互いに答えを求め合うが、その答えは誰も持っていない。
 というか、提案している神自身がそんなものを持っていないのだからしょうがない
 結局、神の主張が通った。
 この研究所に神以上の発言力を持つ人間はおらず、彼の統率力と情熱がなくては成立し得ないのだ。

 「まず、ヒューマノイドは食事をしないのだから口から尻の穴に至るまでの消化器官は全不要。
  そして子供を育てるわけでもないのだから乳房ももちろん要らない。
  センサーや人工知能は胴体に仕込めばいいのだから、頭部は丸ごと不要。
  これこそ絶対美、機能美だ!」






 「完成しました、社長…完全な人間です」

 全ての始まった社長室に、神は居た。

 「で、どこにその完全なヒューマノイドというのはあるのかね?」
 「? ですから、それですよ」
 「私には、いつもキミが作っている手や足をバスケットボールにくっつけたようにしか見えないがね」


 人間は考える(あし)である…。
 もとい、人間は考えてメシ食ってクソ捻り出す、人を裏切る腕付きの(あし)である。
えー、唐突ですが、空想科学祭2010というイベントがありまして。
投票形式の企画だったんですが、結果として大敗しまして。
参加することに意味があるとは思うのですが、やはり勝って終りたかった。
次のチャンスがあるかはわかりませんが、あるならばリベンジしたい。

というわけで文章修業中。
賞賛から辛口、激評、酷評、なんでも歓迎。
ヘコみはしますが、倍は膨らむ自信があるのでガンガン叩いて下さって結構です。

あとがきなんかはブログの方で公開中。
ブログでは、改変前の84gフレーバー全開のスーパーモードも公開予定。

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