「きゃぁ!」
突然の轟音と共に、俺の上に重くて柔らかいものが落ちてきた。
「いってー!」
その何かを押しのけて、したたかに打ちつけた腰をさする。
突然起きた事態に混乱しながら、その落下物を確認する。
「あ、ごめんなさい。だいじょうぶですか?」
それは見知らぬ女の子だった。
ただ格好が変っていた。それはまるで日本人が解釈した「アラビアンナイト」に出てきそうな踊り子風の衣装だ。胸と腰を僅かに覆う白い布以外は肌が透けて見えるほどの薄い布で出来ている。金色のブレスレットと髪飾りをさりげなく身に付け、それは彼女の白い肌の美しさをより引き立てていた。
しっかりと彼女を確認した後、頭を抱え考えてみる。
知り合いにこんな娘はいないし、誰かの悪戯にしてはいきなり彼女の現われたトリックが解らない。
もう一度彼女をよく見る。
くりくりとした大きな目で俺を見ながら、そのかわいい顔で首をかしげる。その仕草に合わせてポニーテールの髪が揺れている。
やっぱ知らないよなぁ…。
「あ、あの…。」
どこかで会ったことあるのかなぁ?
「あの、ご主人様?」
ましてや俺の事ご主人様だなんて…。
「ご主人様?!」
「はい。ご主人様。」
自分を指差しながら叫ぶと、にっこりと笑いながら答える。
どきどきしている胸を押さえる。
ちょっとまて。
その手のプレーが出来る店があることくらい俺だって知ってる。
でもそんな怪しい店なんか行った事もないのに…。
「大丈夫ですか?ご主人様?」
顔を上げると彼女の顔がすぐ傍にあった。
「わっ!」
慌てて後ずさりする。
胸がさっきよりもどきどきしていた。
「き、君、誰?!」
どきどきしている胸を押さえながら顔を上げ彼女を見ると、嗚呼そうか、と言わんばかりに手を叩いている。
そしてゆっくりと胸に手を当て、畏まるように頭を下げるとこう告げた。
「申し遅れました。私ランプの魔人です。何なりと願いを申しつけ下さい。」
つまり彼女が言うには、今日俺の元に届けられた差出人不明の小包に入っていた骨董のランプから出てきたらしい。んで、ランプの魔人は人の願いをかなえるのが仕事だから、俺から願いを聞かせて欲しいと。
「じゃぁ、俺は願いを言えばいいんだな?」
「はい!で、願いは決まりましたか?」
俺はにっこり笑って言った。
「帰ってくれ。」
こんな怪しげな娘にいつまでもかまってられるかっつうの。
だいたいいい年してランプの魔人とか言うかなぁ?
彼女の言動は何から何までおかしい。多分頭の中がかわいそうなことになってるのだろう。かわいい顔してるのに勿体無いと思いつつも、冷たくあしらって帰らすことに決めた。
しかし彼女も負けてはいない。
「そんなぁ!お願いします。何でもいいですから!」
「いや、だから帰って。」
「わかりました。特別に願いを3つにしますから。ね。ね!」
何とか願いを聞こうと必死に食い下がってくる。
「どうしてもだめですか?」
「いらないって!」
「本当に何でも構いませんから。お願いします。」
でもあまりのしつこさにカチっと心の中でスイッチが入る。
「しつこいな!願いなんかないよ!帰ってくれ!」
その場の空気が凍る。
つい声を荒げてしまった後味の悪さが口の中に広がる。
「…んなさい…。ご、ごめんなさい…。」
突然彼女はシクシクと泣きながら俺に謝りはじめた。
「ごめんなさい。こんなはずじゃなかったのに…。ごめんなさい、ご主人様。」
それは本当に突然の出来事だった。
ど、どうしよう…。
こんなの初めてだよ。
女の子泣かせちゃった…。
「あ、あの、いや、だから、その…。」
どうしていいのかわからずに、言葉もしどろもどろになってくる。
俯く彼女は小さな肩を震わせて泣き続ける。
そんな彼女を見ているうちに、自分でも無意識のうちにその頭をそっと撫でてしまった。
しばらくそうしているうちに俺の心はだんだん落ち着いてくる。
「ごめんね。」
他人に対して心から素直にそう言えたのは久しぶりだった。
特に一人暮らしを始めてからは、人と関わる事なんてあんまりなかったし。
小包を開ける前も電話で親と喧嘩していた。
家を出た事や、この先の進路の事を繰り返しごちゃごちゃと言われた。
謝るつもりもないし、思い直すつもりもなかった。
でも、結局自分の事しか考えてない生活だったんだな、と思い当たる。
ごめん、って言葉の意味をかみ締めていた。
そしてしばらく彼女の柔らかい髪を撫で続けた。
はぁ、とため息つく。
彼女を落ち着かせるためにお茶を煎れようとしている最中だ。
やっぱり誰かの仕組んだ悪戯か、頭のおかしい彼女の単独犯ってあたりは外せない。
いや、原因はどうでも良い。問題はどうやったら彼女が帰ってくれるかだ。
それにしても泣くのはずるいよな。
こっちが何も出来なくなってしまう。
女ってずるい生き物だ。
色々思い当たる事がありすぎて、また一つため息をつく。
ちらっと振り返ると、彼女はティッシュで鼻をかんでいた。
また、ため息。
かわいいのに勿体無いよなぁ…。
「願いは何でもいいのか?」
諦めて俺は考えを変えることにした。
とりあえず何か適当に願いを言ってみよう。
悪戯ならそれを見ている誰かが大笑いするだけだし、彼女の頭がどうかしているのなら満足して帰ってくれるんじゃないか、と。
「私の魔力で出来る範囲でしたら…。」
ずずっと鼻をすすりながら答える。
「でも、なるべく希望に添えるように頑張りますから!」
ガッツポーズ。
いや、鼻水出てるし…。
ティッシュの箱を差し出すとまた鼻をかむ。
「じゃぁ、世界制服とか大金持ちにしてくれって言うのは?」
「ええっと…ちょっと待ってくださいね。」
と、指を二、三回クルクルと回すと、ポンっと空中にに小さな手帳が現われた。
「せかいせいふく…どこだったかな?」
パラパラと手帳をめくる彼女を何度も見直す。
今の手品にしては不自然すぎるぞ。
「ちょっと待て!今どうやって手帳を出した?」
「魔法ですけど。」
「お前、魔法使えるの?」
「私、魔人ですよ。当たり前じゃないですか。」
事も無げに言った彼女は、探し物の続きをしている。
うそだろ?!
本当に魔人なのか?
「嗚呼、ありました。今の私じゃ無理みたいですね。もっと上のランクの魔人だったら出来るんですけど…。あとお金は日本円で10万くらいまでみたいですね。」
すまなそうに上目遣いでこっちを見ている。
「私、お役に立てそうですか…?」
「あ、うん…。そうだね。」
唖然としながらそう答えると、安心したように微笑んだ。
「ごめん。ちょっといい?」
彼女の手から手帳を奪う。
抗議の声を上げるが、俺はそれを無視して手帳をめくる。
まるでミミズがのたくったような、見も知らない文字でびっしりと書き綴ってある。
「これ、何語?」
「アラビア語です。お願いですから返してください。」
「お前日本人じゃないの?」
「魔人です。」
「日本語しゃべってるけど。」
「生まれは多分日本なんです。でも魔人の教本はアラビア語で書いてあるんです。」
「何で?」
「知りませんよぅ。返してください。」
また彼女が泣きそうな顔になってきたので、慌てて手帳を手渡した。
「教本って事はどっかで勉強して魔人になったのか?」
「いいえ、あの、私生まれつき魔人なんですけど…。」
「どういうことだ?」
「だから、魔人として生まれてきたんですけど、その…。」
彼女は言い難そうに俯いてしまう。
「私があんまりにもドジなんで、ランクも低いままだし、このあんちょこがないと不安なんです…。」
自分で言いながらだんだん落ち込んでいく。
「でも!」
いきなりこぶしを握り締め顔を上げる。
「だから頑張ろうって思うんです!負けてなんかいられないんです!」
彼女の目は真剣に俺の目を真っ直ぐに見つめる。
「魔人に生まれたからには、生まれたなりの意味と言うか使命がきっとあると思うんです。いつか私もご主人様に喜んでもらって、お前がいてくれて良かった、なんて言ってもらいたいんです。だからご主人様の為に頑張りたいんです。私、一所懸命やりますから!」
目がキラキラしてる。
まぁ、熱意は解らないでもないが…。
ただその笑顔があんまりにも眩しくてつい顔を背けてしまう。
照れくさかったから。
「じゃぁ、願い、言ってもいいかな?」
考えがあったわけじゃないが、照れ隠しにそう言ってみる。
「はいっ!何でも申しつけて下さい!」
背けたままの目が部屋の状態を確認する。
そう言えば部屋の片付けなんて最近してなかったなぁ。
「部屋の片付けとかってお願いしてもいいのかな?」
「はい!身の回りのお世話ですね。」
願いを言って貰った彼女は本当にすごく嬉しそうな顔をする。
部屋の掃除でもパパッとやってもらって、追い返してしまえばいいんだ。
乗り気な彼女の姿に思わず小さくガッツポーズをしてしまう。
「じゃぁ、契約しますので、ちょと失礼します。」
そう言って俺の手をそっと握る。
柔らかくて小さな手が手に重ねられる。
何事かを小さな声で唱えると、額にかかっている髪飾りの宝石が光りだす。
一瞬強く輝いた光が部屋を照らす。
「契約完了です。」
にっこり笑う彼女。
でも部屋に何らかの変化が起きたようには見えない。
「おい、片付いてないじゃないか!」
「ええ、これから私自身の手で行いますから。」
頭を抱える。
本人が言っていたようにドジとしか思えない。
普通、魔法でパッとやるんじゃねーのか…?
「でもこれからずっと身の回りのお世話をしますから安心してくださいね。」
こぶしを握り自信満々の笑顔。
「はっ?」
「だから、今の契約でご主人様が死ぬまでの間、ずっと身の回りのお世話をさせて頂く事になりましたので、末永くよろしくお願いしますね。」
深々と頭を下げる彼女。
ちょっと部屋の片付けを頼んだはずなのに…。
俺が死ぬまでって、あと何年あるんだよ…。
ドジというか、こいつ落ちこぼれじゃん。
俺はショックでしばらく凍りついたままだった。
「おやすみ。」
部屋の電気を消す。
話し合いの結果、と言うよりも彼女の激しい主張によりベッドには俺、その横の床に彼女が寝る事になった。まぁ、狭いこのアパートではそうするしかなかったのだ。
結局、彼女は片付けも洗濯も料理も出来なかった。
何がどれぐらいダメだったのかは思い出すのも嫌で口に出したくない。
今日のところは俺が手本を見せる、と称して全て自分でやった。
「次から頑張りますね!」
ガッツポーズの彼女は明るく笑って見せた。
近くに女の子が寝ている。それだけでどきどきして眠れない。
でも、それ以上に彼女は何でああやって負けずに笑っていられるんだろう。
それを考えていた。
親や学校とひと悶着あって拗ねているだけの俺とは大違いだ。
寝返りをうつと毛布にくるまった彼女が寝ている。
ドジで落ちこぼれだけど、彼女は強い。
多分そうなんだと思う。
俺は…弱いな。
大きくため息をつく。
「ご主人様、起きてます?」
「…ああ。」
まだ寝てなかったんだ。
「あの、お役に立てなくて申し訳ありません…。」
まぁ確かにその通りだったな、と思い返す。
沈黙に耐えかねて彼女がぽつぽつと語りだした。
「私、いつもこうなんです。ドジばかりで…。だから…。」
彼女は強いんじゃない。
多分、強くなりたくていつも自分の弱さと戦っているのだろう。
「これから覚えていけばいいよ。」
「はい。」
そんな役に立たない俺の励ましの言葉にも嬉しそうに答える。
「そう言えば名前聞いてなかったな。」
「名前ですか…。しいて言えばランプの魔人、ですけど。必要ですか?」
「しばらくいるんだろ?」
「いえ、ご主人様が死ぬまでです。」
やっぱりそういう契約なんだ…。
小さくため息をつく。
「じゃぁ名前がないと不便だな。」
「はぁ。じゃぁ、ご主人様がお好きな名前を付けて下さい。」
「うーん」
名前かぁ…。結構重要な事だよな。
いざとなると出てこないもので、考え込んでしまう。
取り合えず話を切り替えて後で考える事にする。
「そういえば、ご主人様って言い方どうにかならない?」
「じゃぁ、何てお呼びすれば…。」
「祐一、で良いよ。」
「祐一様、ってお呼びしてもよろしいですか?」
「あ、まぁそれなら。」
「祐一様には何かなりたいものとか御座いますか?」
「えっ?」
「今後の願いの参考にお聞きできればと思いまして。」
「願い事って1つじゃなかったっけ?」
「いえ、3つです。魔人は約束した事を守らなければならないんです。」
そう言えばそんな事を言っていたっけ。
「そっか。なりたいもの…うーん。ないな。」
「そうですか。見つかると良いですね。」
多分彼女はあの笑顔でにっこりと笑っているのだろう。
暗くて見えないのが残念だと思った。
「ありがとう。」
どちらからともなく微笑みがもれる。
「私は、太陽になりたいんです。」
突然、彼女はそう言った。
「空には、晴れの日も曇りの日も雨の日もあるじゃないですか。いくら空みたいに広い心を持っていても、変ってしまうんじゃダメなんです。」
きっぱりと言う。
「どんな天気の日でも太陽は惑星たちをいつもと変らずに照らし、暖めてくれているんですよ。だから私はご主人様にとっての太陽になりたいんです。どんなときもそういられる自分になりたいんです。」
暗闇の中、彼女はやはりガッツポーズを決めている。
その考え方に俺はすごいと思った。
太陽がある限り惑星は孤独じゃない。
どんな星にも光や暖かさを分けてあげられる。
太陽になりたい。
自分の事で手が一杯だった俺には、そう言える事がすごいと思った。
そう言って笑う彼女は、まるでヒマワリのようだと思った。
いつも太陽を求め、誰かをその暖かさで照らしている花。
誰よりも高く、太陽に近づこうと背を伸ばす大きな花。
そんなイメージが心に浮かんだ。
「ひまわり…か。」
「えっ?」
あの明るく笑う黄色い花を思い浮かべ、呟いてみた。
「いや、何となく思い出してさ…。」
「ひまわり。私の名前…。嬉しいです。」
「はっ?」
「ひまわり…。ふふ。」
がばっと起き上がった彼女は嬉しそうに俺を見つめる。
やばい。また勘違いモードに突入してる…。
「だから、名前じゃなく…おわぁ!」
「嬉しいです!」
いきなり彼女が飛びついてきた。
「こら、抱きつくな。うわっ!」
「祐一様、ありがとう御座います!」
なんだか、やわらかくてどこ触って良いんだか…。
振りほどく事も出来ないまま、何が何だか分からなくなってくる。
「ちょっと待て!離れろって!」
「祐一様、祐一様!!」
よほど嬉しかったのか振りほどくのに苦労するくらい抱きついてきた。
俺はどきどきしすぎてよく覚えてないんだけど…。
結局は俺の考えすぎで、ただの能天気娘かもしれない、なんて思ったりもした。
ランプの魔人「ひまわり」
その名前はそのまま決定してしまった。
ついでに行き場のないひまわりとの同居も決定したわけで…。
家族との問題、学校の問題。
そして、謎の魔人の女の子。
俺の悩みは尽きないけれど、ひまわりの笑顔を見ているうちにこの頃は、何とかなるさ、と思えてきた。
そんなわけで、家には今ドジで落ちこぼれな…だけじゃない、明るくてかわいい魔人が住んでいる。
|