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背番号しか知らなくて

作者:雪野ソラ
こちらの作品はNokkoさんとのコラボ作品となっております。※現在自サイトでも公開しています
かっこいい。
私はその後ろ姿をみて、確かに胸が高鳴るのを感じた。
夏の甲子園の県予選。田舎の高校である私たちの高校は、県予選でも吹奏楽部総出で応援に来ることになっている。
9回裏。5対0、2アウト。誰もが私たちの高校の負けを確信し、応援に来ていた私たちでさえ、諦めのムードが漂っていた。
たった一人の選手を除いて。
その選手が誰なのかはわからなかった。だけど、バットを片手に立つその姿は私の目にはキラキラ輝いて見えた。
彼は諦めていない。もう、この状況をひっくり返すことはできないと、誰もが思っているにもかかわらず、彼の後ろ姿は諦めてなんていなかった。選手が諦めていないのに、どうして応援に来ている私たちが諦めていいのだろうか。
――そんなわけない。
私は大きく息を吸い、そして彼の背中を少しでも押せるように、そう願いながら音を奏でた。もしかした ら、その音は吹奏楽部の中で浮いていたかもしれない。それでも、構わなかった。ただ、あの人を応援したい。私はその一心で演奏を続けた。
そして、球場に快音が響いた。


時間はあっという間に過ぎてしまい、季節は秋を迎えようとしていた。
あの日以来、ふとした瞬間に思い出されるのは試合後の彼の笑顔。

「応援、ありがとうございました」

結果は5対1。その1点は彼の打ったホームランだった。
選手はみな目を真っ赤にさせながら、無愛想な顔で次々とお礼の言葉を言った。
そんな中で、彼だけは笑顔だった。正しくは、泣きながらも笑っていたのだ。それがどういう感情からなのかは私にはわからなかった。だけど、その表情を見たとき、応援ができてよかった。確かにそう思った。

「ちゅう、もう下校時間よ」

先輩に声をかけられて、初めてそんな時間になっていることに気づいた。私は慌てて楽器を片付けて、部室を出る。
徒歩10分の家路。やっぱり思い出されるのは彼の笑顔とあの後ろ姿ばかりで、思わず重症だな自分と苦笑いを浮かべていた。
あれから、ひと月ほど経って気づいたのは彼が一体誰なのかわからないということだった。彼について分かることは彼の背番号だけ。顔に見覚えがなかったから2年生か、3年生だとは思うのだが、それを誰かに頼んで確かめられるほど私に勇気はなかった。これが甲子園ならテレビや新聞で選手の名前がわかったかもしれない。そんなこと、勇気のない私への言い訳にしかならないけれど。
そんな彼と話すことになったのはそれから数日した、放課後のことだった。

「ちゅう、って君のこと?」

部活が休みの日。なんとなく、楽器に触れたいと思った私は部室を訪れていた。
突然知らない声が聞こえて慌てて振り返る。

「は、はい。私のことですけど」

誰も来ないと思っていたため、思わず声がうわずる。
だけど、振り返った私に待っていたのは、それとは比べ物にならないほどの驚きだった。

「よかった、出会えないかと思ったよ」

ふぅと息を吐きながら扉の前に立っていたのは、あの彼だった。

「これ、吹奏楽部の部長さんから」

そう言って手渡されたのは、昨日部室に置き忘れていた楽譜。

「あ、ありがとうございます……」
「いいよ、俺もパシられただけだし」

私がそうですか、と小さく呟くと、彼はにこっと笑った。その笑顔に胸がきゅっと締め付けられる。どうか、顔に出ていませんように。私はひたすら祈った。
そんな私の思いに気づいているのかいないのか、彼はさらに表情を柔らかくする。

「君、ちゅうって本名?」
「あ、いえ。チューバを担当してるので部長さんがそう呼び始めただけで……」
「へぇ、あの楽器チューバって言うんだ。君、すごいね。そんなちっちゃい体であんなおっきい楽器演奏しちゃうんだから」

その言葉に私は驚いた。まさか、先輩が私のことを知っているとは思ってもいなかった。
その事実が嬉しすぎて、私は何も言えなくなってしまった。

「頑張ってね」

私が固まってしまっているあいだに、彼はそれだけ言い残して部室から出て行ってしまった。私の硬直が溶けたのはそれから5分以上経ってからのことだった。
今日のことで気づかされたことは一つ。

私、本気で彼のことが好きなんだ。

「ちゃんと……伝えたいな」

それが、人生初の告白を決意した瞬間だった。

私がその想いを実行に移したのは、さらに一週間ほど経ってからのことだった。
場所はベタに校舎裏。あまりにもベタすぎるとも思ったが、野球部の部室が近くにあるためこの場所を選ぶしかなかった。
結局、部活の先輩に聞くことができたのは彼の名前だけだった。
だから、呼び出すには直接話しかけるしかない。そのため、部活終わり、部室から出てくることを狙って声をかけることにした。

「あの、すいません。片瀬先輩ですよね」

我ながら情けない声だったとは思う。それでも、ちゃんと彼に伝えたかったから。

「そうだけど、俺によ―――」

彼が答えきる前に、周りにいた野球部員が騒ぎ始めた。

「君、ちゅうちゃんだよね。やば、可愛い」
「先輩ばっかのとこによくきたね」
「ちゅうちゃんとか名前可愛い」

もう、何を言われているのかわからなかった。ただ、からかわれてるなということはわかった。このあだ名では仕方はないとは思うけど、思わず涙目になってしまう。

「お前ら、騒ぐな。ごめんね、部員がうるさくて。それで、俺に何のよう?」

先輩が苦笑いしながら私に歩み寄る。

「あ、あの」

声がうまく出ない。でも、この状況になって言えずに終わるなんてことだけはしたくなかった。
一回だけ深呼吸して、私は先輩の顔をみつめた。

「好きです。県予選の時からずっと若狭先輩のことが好きです」

一息で吐いた言葉は、案外あっけなく口からこぼれた。
反応が怖くて若狭先輩の顔を見ることができず、私は俯く。あぁ、振られてしまうんだ。これで、私の恋もおしまいだ。泣きそうになるのを必死でこらえて、先輩の返事を待つ。
と、周りから冷やかしのコールが飛んだ。

「ちゅうちゃんでしょ、その子。なら、ちゅうしちまえよ」

似たようなセリフが野球部のあちこちからコールされる。
私は顔がさらに赤くなるのがわかった。こんな時に、私のあだ名のせいで冷やかされるなんて。

「あぁ、もう。お前らうるさい。黙れ」

先輩の怒鳴り声が響いても、野球部はからかうのをやめない。
私がどうしていいのかわからずたたずんでいると、くそっ、という呟きとともに不意に腕を引かれた。

「行くぞ、後ろ乗れるか?」

状況がよく飲めないまま、自転車の後ろに乗せられる。そのまま先輩は周りの声を無視してしばらくこぎ続けた。

「まだ、返事言ってなかったな」

しばらくしてから、思い出したように先輩が言う。

「県予選の時にさ、9回裏。君の音に励まされたんだ。みんな、諦めムードの中君の音だけが応援してくれてた」

おかしいよね、あの距離で君の音だけが聞こえるなんてことないはずなのに。先輩が照れたように呟いた。

「あのときからずっと君のことが気になってた」

先輩の言葉に私の心臓はパンク寸前になっていた。

「好きだ、サキ」

告白に続いて紡がれる私の本当の名前。
好きな人にちゃんと名前呼ばれたら、こんなに嬉しいんだな。
今の嬉しさを伝えたくて、私はギュッと先輩の背中に抱きついた。

その時、初めて先輩の耳が赤くなっていることに気がついた。
先輩も、同じ気持ちでいてくれてるんだな。
私は、今の幸福感にすがるように、さらに腕の力を強くした。


始まりは彼の後ろ姿から。
背番号しか知らない。それはあまりにも頼りない始まりだったかもしれない。
だけど、私たちは確かにあの時に恋に落ちたんだ。
※一応書いておくと、自転車の二人乗りは法律違反ですので、よいこのみなさんはマネしないでください!

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