後の祭り
「我が国の第六王女との婚約を両国の会談もなしに独断で破棄し、それだけでなく衆目が集まる公の場でありもしない罪をでっち上げ糾弾した事はこちらでも調べはとうの昔についているわけだが。さて、そちらはどう答えるおつもりか。まさかとは思うが、私(王)にまでそちらの国の子爵令嬢の証言のみで今回の件を押し通そうとは考えまい?そもそも第六とはいえ、我が娘は王女だ。何故それを配慮されずに子爵令嬢の話しが通るのか、甚だ疑問だ」
トゥラナード国よりチルベタンへと文が渡り異例とも言えるような速さで各国の首脳が集められ、やがて重々しく口を開いたトゥラナードの王がチルベタンのもの達を睨むように見据え、そう放った。
余談であるがトゥラナードの王は岩のような男である。日々政務の合間に肉体を鍛えあげ、己の命を狙う輩を自分で排除する事も稀ではなかった。その体からは歴戦の猛者どもと同じようなオーラを纏い、鋭くも重い眼光は見据えるだけで生き物を威圧した。
……そんなわけで、トゥラナードの王と向かい合ったものらは暫し口を閉ざして震えるしかできなかった、らしい。
勿論、そんなどうしようもない理由から相手が黙り込むなどとはトゥラナードの王も思いはしなかった為、真実を突きつけられ余程ばつが悪い思いをしているのだろうと考えていたが。
いずれにしてもトゥラナードの王に相手が臆したのであればそれでこの場はトゥラナードの独壇場だ。
優位に事を進められるだけでなく、理不尽な行いもまかり通せる。
否、王は最初からそれを狙っていた。
「答えられないか。では話を進めよう。今回の件、私はそちら側からの戦線布告として受け取った。我が娘への冒涜、即ちそれは私への侮辱と同等のようなもの。なれば私の答えは一つのみ」
何者にも発言を許さず机に拳を打ち付ける。
怒りか、喜びか。その拳は震えていた。
「トゥラナード現国王よりチルベタン国に告げる。明朝、我が国はそちらに攻撃を開始する。これは私の、そして我が国の総意だ。我が国を蔑ろにしたその報い、確と受けるがよい」
王に与えられた質素な部屋の内で、彼女は窓際に椅子を置き外を眺めていた。
窓際など暗殺者に狙われやすい位置に、と窘める者も今日はいない。いるのは控えめなメイドと部屋の出入り口にいる護衛のみ。
ぼーっと、今頃行われているだろう会談を思い考えを巡らせては小さくこみ上げた欠伸をかみ殺した。
「あの方はまだ幼稚なままでいらっしゃるのかしら」
真実の愛を見つけたとはしゃいで、一人盛り上がって婚約を破棄しようと動き自分を排除しようとした男。
そんなマヤカシなどで国と国との関係を悪化させるような振る舞いをするだなんて、自分には信じられなかった。
正妻を持たず、側室ばかりの王の数多くいるうちの子どもの一人。愛を向けられる事は元より期待していない。自分は駒だ。国と王の為に動く事を求められた駒。
今回のこの婚約だとて、父の権力をより際立たせるために練られた政の一環だ。少しばかり力を持ちすぎたチルベタンを制するか、或いは内部より腐敗させるか。
姫を一人やるだけでそれなりの効力はあるのだ。捨て置くなどすれば機嫌を損ねるやもしれない、だが構い過ぎれば情報が横流しになる恐れも出よう。だからこそあちらの王は私の扱いに困っていた。
それらを知らぬ王子だけだ、私を粗雑に扱ったのは。環境のせいか元々の性質のせいかは知らぬが、幼い時より傲慢だった。
私の顔色ばかり両親が気にするのが気に食わなかったのか新調したばかりのドレスに紅茶をかけられたり、背後よりいきなり髪を切られた事もあった。どちらも一歩間違えば大変な事になっていた。
一国の姫に怪我を負わすなど。それこそ父を喜ばせただろう。
正当に怒り、国を潰す理由ができるのだから。
あれは娘息子を傷付けられて感情を乱す王(我が父)ではない。戦いを好み、血腥いやりとりを好み、敗れた兵の前で狂ったように笑いながら女子どもを陵辱し拷問にかけ死に追いやる。野蛮で独裁的で血も涙もないような悪漢そのもの。
私達姉妹の婚約や結婚の多くは和平の為でなく新たな火種をつける為のものでしかない。夫となったものと間に不和を起こしてこいというのが父から貰った唯一の言葉だ。
遠い国より、人質として王(父)に嫁いでいらした姫君が産み落としたエルナお姉様。エルナお姉様は年の近い私を毛嫌いせず、本当にお優しくしてくださった。
けれど7つの時にギルデ国に嫁がれた。
ギルデの王はその色狂いで名が轟いていた腐敗した国。しかし放蕩をしてさえ尽きぬ豊富な資源を抱えていて、父に目をつけられた。エルナお姉様は賢かった。
それ故、あの王に誠心誠意尽くしているフリをして全て我が国のものとしてこいと。
西の国より王(父)の力を恐れつつ、その力に目が眩んで懐柔しようと姫を遣わしたイニシャ国の特徴を色濃く継いだ美しさを持つトセ様。
トセ様の母様はトセ様を産み落とし、自分の地位を確固たるものにと憚らず口に出した事で王の怒りを買い切り捨てられた。それ故にかとても小心で、大人しいお姉様だった。
蜂蜜を溶かしたようなミルク色の髪。儚げに微笑むそのお顔がとても好きだった。トセ様は11の時トトバへ嫁がれた。
トトバはとても良いお国だと評判だった。四季があり、それぞれの季節に花が咲き乱れ、土地に住む人々も大らかでとても豊かだと。一体何が父の気に障ったのか、或いは気に召したのか。
トセ様はあちらの王族の方々に受け入れられ、暫くは幸せに暮らしていたという。父や私達へ日々の過ごし方や季節の花々など。こちらへ送られてくるものらなどからもトセ様の喜びを感じとれて私も嬉しかった。
しかし、トセ様は死んだ。父が命じた事をやり遂げたからだと知ったのはトトバの国の事を聞いた時だ。
トトバの王宮で毒を盛られる事件が頻発していたと。最初の被害者はトセ様の侍女。そして貴族の子女たち。それからトセ様、その後に前王妃様。皆死ぬほどではなかった。
しかしトセ様は身籠っていたお子が流れてしまい、塞ぎ込み、自室に篭るようになってしまったと。あちらの王も悲しまれた。お子を失くしたトセ様を励まし、通う日々が続いたがそれは唐突に終わった。
トセ様が賊に襲われたのだ。浚われ、そして二目とは見れない姿とされ打ち捨てられ死んだ。
荒らされた室内、そしてトセ様のあまりの姿にあちらの国の王は狂ってしまった。そこからはもう話せない。私もどうなってしまったか知らないから。トセ様はとてもお可哀想な方だ。もしかしたら……いや、私達姉妹は誰が一番などといえた立場ではない。
アイロ様、トートリア様、ジュナ様。他の姉様も、そして私も。
誰として救いは齎されなかった。
私が外に出ていた間、また一人か二人ほど妹が増えたと聞く。曰く、王がその子供らに才を見出しまずは大公の養子としたあとに正式に王家の姫の仲間入りを果たすと。
まだ、王は王国を広げる事も血を流させることも足りないらしい。
せめて妹たちだけは、と祈ったところで出戻りという捨て駒もいいところと言った私が何をしてあげられることもないけれど。
これ以上の犠牲は、どうかありませんよう。どのような神でも構いません、お願いしたく思うのです。